第23話
「このままでは、あなた様は間違いなく殺されます。そして、ご実家にも何らかの制裁が与えられます」
はっきりと断言したテッドに、シアは驚きに目を丸くした。
「冗談でしょう? みんな、今までのお話は悪趣味な冗談でしょう。止めてください」
「冗談ではありませんよ。誓って、嘘は言っておりません。信じてください。私はあなた様をお助けするために、お話ししているのです」
懇願するように男に言われ、1歩後ずさる。
困惑気な表情が、ゆっくりと慄きに変わった。落ち着きなく辺りを見回し、うわ言のように無意味な言葉を呟く。
ようやく落ち着いても、首を振るばかりだった。
「そんな、あり得ません。私は、間違いなく陛下の妻となりました。殺されるなんて……」
「王妃の座は、あなた様を守っては下さらないでしょう。陛下にとって、帝国にとって敵とみなされれば、排除されてしまう」
「そう簡単にできないはず。私に何かあれば、兄が疑問に思い、調べるでしょう」
「城の中は、所詮は王の懐です。いかようにも取り繕うことができる。噂を真実にすることも、その証拠を作ることも。場合によっては、死因を偽ることだって簡単でしょう」
シアは俯きながら、彼が突きつける現実から目を背ける。
「でも、陛下は私にもお優しかった」
「陛下のことを信じたいお気持はお察しします。彼の王は身内に優しくても、敵には容赦ない。今はまだ身内でいれるからこそ」
「そんな……」
「敵となってしまった以上、もう、時間も選択肢も多くは残ってはいません。――死にたくは、ないでしょう?」
テッドがシアを見ると、思いつめた様子で両手を握りしめていた。
あの手の中には、先程渡したものがあるはずだ。女性の手の中にすっぽりと入る大きさの小瓶。その中には苦労して手に入れた毒が入っている。
シアは男の視線を感じながら、努めて哀れっぽく男を見上げる。
「私は、どうすればいいのです? あなたは私に、どうしろと言うのです?」
自分から切り出すつもりはない。相手もわざわざこんな面倒な形で呼び出したのだから、曖昧に濁して終わらせることはないとわかっている。
シアは、手の中のガラスの小瓶を見やる。香水瓶のような洒落た造りの瓶の中には、瓶と同じ透明な液体が入っていた。
「それを飲み物にでも」
あまりにあっさりとした言葉に、シアは無言で瓶にまた視線を移す。
「心配はいりません。私たちは一蓮托生。あなたが疑われれば、私も疑われることでしょう。だから、疑いがかかることないようしたつもりです。
それは、無味無臭。ですが、効果が表れるまで最低でも丸1日かかります。それだけによっぽどのことでない限り、盛られたなどと気付かれないでしょう。まず、自然死にしか見えません」
シアの一挙一動に、男は視線を送る。重大な秘密を打ち明けた後のような期待と不安を込めた目で。シアはしばらく無言を貫いたまま、動くこともなかった。
そのまま服の裾に小瓶を隠す。
途端に男は安堵したように、笑みを見せた。
自室に戻ったシアは、早々に着替えていつもの格好に戻っていた。気心の知れた者しかいないのをいいことに、長椅子にだらしなく仰向けに寝そべる。
手にした小瓶を光にかざす。それを見つめる顔には、何一つ感情らしいものは浮かんでいない。真剣なようでもあり、興味なさそうでもある。
後片付けをこなしていたシュリが、部屋に戻ってきた。
「本当にやるおつもりですか?」
「まさか。明らかに泥舟とわかっている舟に、わざわざ乗りこむ人はいないでしょう?」
「では、どうしますか? 今回のことを素直に報告しますか?」
「したところで、どうにもならないでしょうね。きっと彼は、あそこにいないことになっているんでしょうし」
少なくともテッドは、王妃の部屋に手紙を仕込み、兵を引かせるほどの人脈をもっている。なら、シアが騒ぎたてたところで、誰かに別の場所に一緒にいたと嘘の証言をさせることなど造作もないことだ。
結果、騒ぎたてたことろでシアがどこからか毒を持ち込んだことだけが取沙汰になる。
「人脈も、人望もないと何もできませんね」
シアは独りごちた。
最も人望も人脈もある夫は、今何をしているだろうか。何を考えているだろうか。何がしたいのか一番わからないのは、ライオネルかもしれない。
ぱったりと会わなくなったくせに、娘が面会するのは止める気配がない。それどころか、シアのことを調べている様子もない。むしろ、シアのことを疑っていないように思えた。
だからだろうか。不自由を強いられても、シアはライオネルを恨もうという気は全く起きなかった。
いっそ、男の言うとおり手紙でも書いて会いに行こうか。そして、目の前で堂々と毒を盛ったら、どんな反応をするだろうか。そんな悪戯心がわき上がる。
そんなことを考えていると、シュリが水を差すように口を開いた。
「良い報告と悪い報告がありますが、お聞きになりますか?」
シアはそのままにこにこと首肯する。
「ええ。じゃあ、良い方から聞きましょうか」
「テッドとグスタフの背後関係と繋がりがわかりました」
簡潔に説明するシュリの声を聞いていた。だが、結局のところ、面白みの欠片もない良くある話だった。
功績をたてないと爵位返上の崖っぷち貴族と、大損を何とか取り戻さないといけない商家の当主候補。手を結んだはいいものの、足並み合わずといったところだ。
「後は、悪い方ですが。――アンジュ姫様が、先程の話しを聞いていたようです」
「えっ」
さすがに驚き、苦い表情をするしかない。聞かれて困る話しかしていなかった。
シュリは話しを続ける。
「聞いていたのは、前半部分だけのようです。遠かったので、恐らく私たちとは気づいていないでしょう」
「前半となると、アンジュ様のお母様のくだりよね」
「はい、物騒な話になる前に去られました」
「遠かったのなら、ちゃんとは聞かれていないでしょう。……そうね。アンジュ様も王族なのだから、不用意な行動はなさらないと思うわ」
シアはそう結論付けた。
だが、シュリの頭には不安が残る。思い当たることがあるのだ。
前にアンジュが愚痴を零していた時、シアは「自分で動くこと」を話した。言った本人は気づいていない。しかし、アンジュはその言葉が心に残った様子だった。
シアも男たちも予想しなかった、もうひと騒動が起こる予感がした。