第19話
更新遅くなってしまって、大変申し訳ありません!
突発的に忙しくなり、中々時間がありませんでした。
ストックは用意していないため、度々こうなるかと思いますが、お付き合い頂けると幸いです。
はた迷惑な客人たちが帰ると、瞬く間に部屋の中が静かになった。緊張状態が解け、疲れを隠しきれない侍女たちが、いつもよりも緩慢とした動作で片づけを行なっている。
シアは彼女らに一段落したら休むように言い、自分も1人寝室へと下がっていった。
人の手を借りることなく髪をとき、楽な格好に着替えると、寝台に腰掛けた。日が暮れ、薄暗くなりつつある部屋で、ただぼんやりと時を過ごした。
しばらくして、壁の向こう、隣の部屋に誰かが入って来たようだった。耳を澄ますと、微かな話し声が聞こえる。おそらく、使いを頼んでいたシュリが戻ってきたのだろう。
彼女には、あの茶缶の中身を調べるために出ていた。今はすごすご帰った彼らが、冷静になってからまた難癖をつけてこないように。後々に文句も言わせぬように、彼の連れの男も同行させた。
いずれ、完全なえん罪だったと証明されるだろう。
全くもって、毒など検出されるはずがなかった。あれは、シアがわざわざ用意した物だから。
いつか何かしてきた時のために備えておいた。
あれはもう、仕込んだ何者かにとっても扱いに困る厄介品でしかなかった。いつ、不用意に誰かが被害に遭うかもわからない。毒の存在が発覚するかもわからない。
それは、もはや時限爆弾。いつか何か起こすのに、いつどこで誰が巻き込まれるか、全く制御できない。そして、それによってどこから自分へと足がつくともしれない。
逃げるか、回収するか。2つに1つ。
その結果が、あれなのだろうか。
欲張りすぎたのか、一部が暴走したのか。図らずも、相手の弱みを握るはめになった。この状況は、余りありがたくない。
さて、今後はどうしようかと考えたところで、シアの身を睡魔が襲った。シア自身が考えていたよりも、心身は疲労を訴えていのだろう。シアは、そのまま柔らかな毛布の隙間に身を埋めた。
柱の陰からくすくすとした笑いが、シアへと向けられる。聞く者を不快にさせる、悪意ある笑い声。振り返れば声は止んで、何事もなかったかのような風景が映る。
それに気付いたのは、あれから少し経って。
警備に立つ兵の数が増え、物々しい雰囲気が周囲に漂う。手慣れたものは変わることなく働いているが、慣れていないものは戸惑いを隠せずにいた。それが、さらに穏やかならぬ空気を作る。
その中で、少しずつシアにもの言いたげな視線や、敵意ある眼差しが向けられるようになった。振り返っても、その途端嫌な視線は逸らされて誤魔化される。
放っておいても収まることはなく、むしろ悪化していった。
あからさまになる頃には、シアの耳にも事情が届いてきた。たちの悪い噂が城内で広まっていたがゆえだった。
曰く、シア妃がライオネル王を弑そうとしている、と。
また、幾度となく暗殺者を差し向けただとか、毒蛇を仕込んだだとか、毒入りの茶を出したなど、シアの悪行は多岐にわたる。
そうした噂が、そこかしこで囁かれ、信じられていた。普段であれば一蹴されるような噂の種ではあったが、真偽の入り混じった話だけにここまで広まったようだ。
シアが歩けば、蜘蛛の子を散らすように逃げるか、一挙一動を見逃すまいと監視していた。中には、シアの悪口を聞こえるように話したり、公然と批判する猛者も現れた。
だからといって、シアは部屋に籠ることもなく、いつもと変わることなく過ごしていた。いや、むしろ、積極的に外に出ていた。
しかし、いい加減に事態を憂慮し、手が入るのも当然だった。
若い事務官が、膝をついてライオネルからの命を伝える。
シアが気分を害すのを防ぐためか、回りくどく美辞麗句のはさんだ話を要約すれば
「外出禁止、ですか……」
と言うことだった。
事務官が申し訳なさそうに頭を下げる。その姿は、嵐に身を縮こませる亀のようであった。ヒステリックに怒り、嘆かれるとでも思っていたのだろうか。
シアは、少しばかり困ったような表情で話を聞いていた。
「これも妃殿下の身をお守りするため、陛下が妃殿下を思っての措置でございます。何卒ご理解を……」
「わかっています。多少の不自由は、致し方ありませんね」
「申し訳ありません。それと、しばらく陛下もお忙しくなりますので、それで……」
男は酷く言い難そうに口ごもる。
「陛下はしばらくこちらにいらっしゃれない?」
シアが小首を傾げて言葉を先回りすれば、男は焦ったように弁明しだす。
文句をつけるつもりもないシアにとっては、やや滑稽な姿ではあったが、止めることなく気の済むまで喋らせる。
本意ではないやら、多忙やらとの言い訳の大半を聞き流し、適度なところで口をはさむ。
「別に何をと言うつもりはありませんわ。私のために陛下を危険にさらすわけにも、お仕事を疎かにさせるわけにもいきませんもの」
「ご理解いただけて何よりです。どうか、ことが終わるまでお静かにお待ちください」
安堵の表情を見せて、礼儀正しく去りかけたその背に声をかける。
「ところで、先日の犯人は捕まったのですか?」
男は、驚いたように固まる。答えられないのか、答えたくないのか。
申し訳なさそうに、シアは謝った。
「ごめんなさい、少し気になっただけなのです」
「……いえ、お気になさらず。ただ、未だ調査中でして。詳しくはお話しできませんが、そう長い間ご不便はおかけいたしません」
「そうですか」
最後にシアが労いの言葉をかけると、彼は礼儀正しく去っていった。