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護華の花  作者: 紗々雪
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第1話

お気に入り、ご評価ありがとうございます。

この作品はスローペース更新になると思われますので、ご了承ください。

 肥沃で広大な領地を有する、ガルドオーク帝国。『獅子王』と謳われる現国王ライオネルは、臣民から慕われ、文武両道の王として知られている。

 彼には、成人間近の王子を含む3人の子がいるものの、妃はいなかった。6年前に30歳の若さで妃を亡くした彼は、跡継ぎがいることを理由に新たな妻を娶ろうとしなかったからだ。

 この度、そんな王に嫁ぐは、古き歴史をもつ公国の17歳の姫君。城の奥で病弱な母の世話を引き受け、社交界の場にはあまり姿を見せずにいる。それが逆に人々の好奇心をくすぐり、清廉な容貌とも相まって密かな人気を誇っていた。


 今日、2人の婚儀が人知れず行なわれていた。




 長旅の疲れを癒す間もなく、シアは婚礼の準備のために大勢の侍女に囲まれ、身を清め、婚礼衣装へと着替えた。

公国から持参したウエディングドレスは、特産品でもある最高級のシルクをふんだんに使用した、贅沢で上品な逸品だ。公国の姫として、生を受けたときからいつか来るこの日のために、桑の葉1枚1枚から絹糸の1本1本までを厳選して作られたもの。多くの人が途方もないほどの時間と手間をかけられたそれは、公国そのものを象徴するかのようだった。

それだけあり、最高級のものを見慣れているはずの帝国の侍女からも、感嘆の声が漏れるほどであった。


 鏡の前に立てば、顔にはくどくない程度に化粧を施され、艶やかな黒髪は丁寧に結いあげられていた自分が映る。その上には真珠を縫い付けたベールを被せ、銀のティアラで留められている。胸元には瞳の色に合わせたサファイアのネックレスをかけ、清純で美しい花嫁がそこにいた。

 着替えを手伝った侍女たちも、自分の仕事の出来栄えに満足し、口々に惜しみない賞賛を送る。


 とはいえ、どれほど美しく着飾ろうがそれを見る相手はほとんどいないのだが。


 1度閉じた目を、ゆっくり開く。

 穏やかな笑みを浮かべると、悠然と控えの間から出た。



 婚儀の会場となる神殿には、儀を取り行う神官と新郎となる王の2人だけがいた。

 王の子らも貴族もいない、静かな場はそれだけに荘厳な雰囲気をたたえている。


 彼の人にとっては2度目になる結婚は、必要最低限のものだけを取り行うことになっていた。

 式はするが貴族も王の子らも呼ばず、披露を兼ねた宴もなく。本当にただ婚姻を結ぶためだけにこの儀式が行なわれた。


 シアはライオネルの傍らに立つと、横目でその姿を盗み見た。

 初めて見る夫の姿。

 見上げんばかりに大きな背は、人ごみの中でもまぎれはしないだろう。シアの兄も長身の方だが、それよりも高い。さらに、儀礼着の上からもわかるほど立派な体躯は、必要なところに必要なだけ筋肉がつき、どこか肉食獣めいた印象を抱かせる。撫でつけられた髪はくすんだ金色で、同色の瞳は人を惹きつける強い意志が宿っている。

一目見ただけで獅子王の異名をとる理由がわかるかのようだった。


 彼女自身はこっそり見ていたつもりだが、気付いていたらしく不意にシアの方を見た。

 ほんの一瞬だけ、視線が交わる。

 互いに反応も言葉もなかった。交差した視線は自然な動作で前に戻される。


「それでは、始めさせていただきましょう」


 2人の視線を受けた神官が穏やかに告げ、粛々と婚儀は進んでいった。




 外は夜の帳が下り、多くの生き物が寝静まった頃。シアは1人、ほのかな燭台の明かりが灯された部屋で待っていた。

 婚儀は何事もなく済み、今はもう夜。今夜は、いわゆる初夜であった。


 豪奢な寝台の前に淑やかに立ち、夫となった王の来訪を待つ。先触れは受けているので、そう待つことなくやって来るだろう。

 程なくして、彼の人は現れた。教えられた通り、静かに首を垂れるシアの視界に大きな足が見える。

 しばしの間が空き、沈黙が下りる。

 先にそれを破ったのは、ライオネルの方だった。


「面を上げろ」


 深い渋みを含んだ、威厳のある声。

 シアが顔を上げれば、鋭い金の瞳と目があった。燭台の明かりを受けて深い陰影の作られた顔が、厳しい表情で己を見つめていた。


「始めに言っておく、俺がお前に望むことは何一つない」


 言い放たれた言葉には、表情と同じように厳しい響きが伴われていた。


「王妃としての役割の一切を、求めるつもりはない。世継ぎもいる、母親役もいまさら必要ない、女に不自由もない。妻も、母も、妃も、全てが間にあってる。

 何より、同盟だろうが、和睦だろうが、婚儀を結ぶ必要なんてなかった。

 だが、夫婦になった以上、責務としてお前を守ることはするし、不自由をさせるつもりもない。後は好きにしろ。不貞と散財以外は何でも好きにしていい」


 瞬き1つして、シアは穏やかに尋ねた。


「では、今夜はお戻りになられるのでしょうか?」


 シアが返した反応は予想外のものだったのであろう、やや面を食らったような様子を見せ、まじまじとシアを見つめた。


「どうなさいますか?」

「……ここで眠る」

「それでは、私はどちらで休めばよいのでしょうか?」

「いや、ここで休め」


 重ねて尋ねれば、ようやくライオネルが応える。

 さらに重ねて問えば、先ほど言われたこととかみ合わない答えが返ってきた。

 シアが首をかしげて見せれば、王は続けて言った。


「戻れば余計な勘ぐりをされるだろう。今夜はここで眠る。お前に触れる気はない。

ベッドは広い、端と端に寝れば触れることもない。同じ寝台で寝るのが嫌だって言うなら、俺がソファーでも床ででも眠れる」

「いえ、それには及びません。どうぞベッドでゆっくりお休みくださいませ」


 互いが寝台の端に腰掛けても、その間には随分と距離があった。言うほど端に寄らずとも、触れ合うことがないぐらいの大きさがある。

 ふかふかの布団の中にもぐり込めば疲れのせいか、すぐに睡魔が襲ってくる。自分に背を向けるライオネル「おやすみなさいませ」と声をかけるが返事はなかった。

 別段、返事など期待していなかったシアは襲い来る眠気に従って瞼を閉じた。


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