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護華の花  作者: 紗々雪
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第17話

あけましておめでとうございます。

本年も拙作にお付き合い頂ければ幸いです。


「で、それは何なのでしょうか?」


 シアが静かに問いかけると、グスタフは白けたような顔をした。

 怒って取り乱すか、真っ青になって押し黙るか。そうした反応がくるだろうと思っていたのに、予想外に冷静に返され、グスタフは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「とぼけても無駄ですぞ。どうやら、これには毒が入っているようですな。陛下は、こちらでよくお茶をしているとか。これで一体何をするおつもりだったのでしょうな?」

「何をと言われようとも、わからないものはわかりませんわ。本当に、それに毒が?」

「ならば、お見せしましょう」


 部屋に残されていたワゴンから、銀のスプーンを手に取り、それを缶の中へと入れる。中身をぐるぐるとかき混ぜ、取り出したスプーンを高く持ち上げ見せつける。

 部屋中の視線が、男の頭上のスプーンに注がれた。

 銀は毒に反応し、その輝きを曇らせる。古くから毒殺の危険のある王侯貴族は、好んで銀の食器を揃えたものだ。今でも簡易的な毒発見機として使われている。

 小さな缶に毒が入っているというなら、銀のスプーンは変色するはずであった。当然、グスタフもそのつもりで行なった。

 皆がその銀のスプーンを呆けたように見つめた。

 奇妙な沈黙が流れた。


「それで?」


 沈黙を破ったシアの声は冷ややかだった。

 グスタフもおかしいと悟り、訝しげに周囲を見回す。女の差すような視線と、男の驚愕の表情。

 やはり、何かがおかしい。男は、腕を下ろしてスプーンを見る。

 綺麗に磨かれ、輝く銀のスプーンがあった。曇り1つない表面に、自分の驚愕した表情が映り込んでいた。

 グスタフは動揺し、危うくスプーンを落としそうになった。

 なぜだ。おかしい。こんなはずじゃない。これには確かに毒が入っているはずなのだ。

 焦る心を抑え、考えられる可能性や解決策を考える。


「茶だ。茶を入れろ、今すぐ!」


 居丈高な命令に動く者はいない。女たちからの冷たい視線にさらされながら、大声で同じ命令を繰り返す。

 仕方なくシアが、シュリに茶を入れるように頼んだ。

 シュリが手慣れた手つきでお茶を入れている間も、グスタフは何かと口うるさい。監視するように、シュリの手元をじっと見つめる。

 普段よりもさらに時間をかけて入れられたお茶に、グスタフは先程と同じようにスプーンを入れてかき混ぜる。

 始めはゆっくりと、慎重に。そして次第に、手つきは荒々しくなり、カップの端からは濃い色の液体が零れだした。

 執拗に、何度も何度も、カップの中をスプーンは回る。

 鬼気迫る勢いでカップをかき混ぜるその様子に、否応なしにも緊張感が高まる。

 皆が遠巻きに見守る中、男はずっと一心不乱にかき混ぜ続ける。


「それぐらいでよろしいのでは?」


 それを止めたのは、シアの一言だった。

 男は震える手で、スプーンをカップから取り出した。欠片の変化も見逃すまいと、隅々まで確認する。

 だが、その努力もむなしく、何の変化も見ることはできなかった。

 男は乱暴にスプーンを戻し、頭をかきむしった。


「このスプーンが悪いのだ!」


 ようは、このスプーンに非があり、そのせいで毒が検出されないのだと言い張る。

 その言い分に呆れながらも、シアは別の銀のスプーンを持ってこさせる。当然ながら、結果が変わることはない。

 なおも吠えるグスタフに、それで気が済むならと様々な銀食器を用意した。しかし、それでどうにかなるわけもなく、無駄に侍女たちの仕事を増やしただけだった。


「銀が反応しない毒なのだ。そうに違いない」

「それなら、飲んでみればわかるでしょう? 必要なら私が飲みましょうか?」

「それは、おやめ下さい」


 シアがそうカップに手をかけると、その手をシュリが止めた。


「私が飲みましょう」

「駄目だ。きっと解毒剤を仕込んでいるのだろう」

「そこまで仰るのでしたら、あなたのお連れ様も一緒にいかがでしょうか? それならよろしいのでは?」


 シュリの提案にグスタフは頷き、連れてきた内の1人に飲むように指示を出す。指名された男は驚き、嫌だと主張する。

 銀は反応しなかったといっても、少なくとも自分たちは毒入りだと信じているものだ。それを飲めと言われて、素直に飲めるはずもない。男は、必死になって拒絶する。

 なおも強くグスタフに命じられ、男は引き攣った声で喚いた。


「話しが違う! その茶缶から、毒が検出されるから、それで王妃を捕えるはずだと聞いたのに。それなのに、全然違うじゃないか!!」

「知らん! 私だって知らない、こんなはずじゃなかった!!」

「俺達を騙したのか!?」

「うるさい、黙れ!!」


 男2人が醜く言い争う。

 もう1人の男は茫然とそれを見つめ、シュリは我関せずといった風情だ。若い侍女たちは、怒鳴り合う男たちに怯えた目を向けながら身を寄せ合い震えていた。

 言い合いは続く。

 時間がたてばたつほど、内容は薄くなり、騙した騙していない水かけ論が永遠と続いていた。

 シュリもシアも止めるでもなく、そのやり取りを見つめ、その言い争いはしばらく続くかと思われた。


「……どういうことでしょうか?」


 感情を押し殺した低い声が、2人の息つく合間に落とされた。

 その声に周囲に目もくれず言い合っていた男たちが、我に返って息をのむ。そして、ゆっくりとその声の主へと振り返った。

 感情が振り切れ、恐ろしいほどの無表情になったダリアが、冷たく男たちを見据えていた。


「妃殿下を捕える手筈とは何でしょうか? あなた方は何を企んでおられるのです?」

「た、企んでいるとはなんだ! もしや、私を疑っているのか!?」

「そうは申しておりません。ただ、余りに気になる言葉が聞こえたものですから。それで、なぜあなたは、それに毒が入っていると始めから御存じなのでしょうか?」

「……答えられん。容疑者であるお前たちに、そうした情報を言えるわけがなかろう」


 ダリアの言葉に、グスタフは先と変わらぬ勢いで怒鳴り返す。しかし、自分が零してしまった言葉の意味を問われると、急に口をつぐみ一切答えようとしない。

 言葉を変え、質問を変えても「答えられない」の一言だけで、当然というように回答を拒絶する。

 未だに己が一番偉いと言わんばかりの態度に、静かにダリアの苛立ちが溜まっていくのがわかる。

 ピリピリとした雰囲気が、部屋の中を充満した。



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