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護華の花  作者: 紗々雪
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第15話

 ライオネルと連れだってやって来たそこは、他の庭とは随分と様子が違っていた。

 各所に武骨な岩が置かれ、見慣れない草木が並ぶ。岩は大きいものでは大人の腰ほどまでの高さがあり、小さいものでも人の頭ほどの大きさはある。

 明らかに、シアが知っている庭とは異なる様式に雰囲気の庭だった。知らない植物も気になるし、岩などの自然物を使った様式も気になる。

 しかし、そんなものはよりもある一点に目が釘付けになる。

 ふわりふわりと、優雅に薄桃の花弁を散らす木に。

 髪を掻き乱すほどに、強く風が吹くと一層艶やかに舞い踊る。髪を押さえながら、視界を埋める桃色に感嘆の息を漏らす。


「見事なものだな」


 傍らに立つライオネルの言葉に、目の前の光景から目を離すことなく頷く。


「本当に。とても綺麗です。何でしょう、他の花と違う美しさがありますね」

「ああ。咲いているのもいいが、散る様子もまた一興だ」

「珍しい庭です。木々だけでなく、様式などもあちらのものなのですか?」

「らしいな。彼の国の庭園を真似てのことだと聞いた。気になるなら、幾つか彼の国の文化を記した本があるはずだから、読んでみればいい」

「ええ、ぜひ」


 花弁を散らす木に近づいて行く。

 幹は細く、背も低い。この木がまだ若い木なのだろう。何本か同じ種類の木が植えられているが、どれもまだ若木だ。

 全体を見ると、調和は取れているもののどこか味気なく物足りない。何もしていない個所も多く、未だこの庭は未完成のように思えた。

 ライオネルに問いかけると、その通りであった。


「この庭は、何年か前に城の一部を改修した時に新しく作った庭でな。あっちの国の文化を取り入れた庭にしようと意気込んだのはいいが、気候も風土も違うせいで難航しているそうだ」

「それは、完成が楽しみですね」

「何年かかるかわからんがな。まあ、この辺りは客を招くわけでもないからかまわんが」

「人を入れないなんてもったいないですわね。でも、こうして独占できるのは魅力的です」


 木の下で手を伸ばせば、成人男性ほどの高さのこの木になら、枝に容易に手が届く。

 そっとつまんで引き寄せて、その姿を間近で観察する。可愛らしい5枚の花弁が枝を覆っているが、よく見ればわずかに葉が姿を覗かせていた。少し顔をのぞかせた、新芽が愛らしい。

 散りきる前にこの光景を見ることができて良かったとしみじみと思う。

 誘われなければ知ることも見ることもなかった。シアは、心の中で誘ってくれたライオネルに感謝した。

 だが、もうすぐ散りきってしまうと思うと物寂しい。

 視線を横へと向けると、木の根元に寄り添うように置かれた岩の上に、綺麗なまま落ちた花が1輪残されていた。花弁が欠けることなく、汚れることなく、そのままの形を保って落ちた花を手に取る。

 今日、この日の思い出にちょうどいいかもしれない。

 大事そうにその花を手に持ち、急かすことなく待っていてくれたライオネルの傍に戻る。


「その花をどうする?」

「押し花にでも、と思いまして。せっかくお誘いいただいて、こんな素敵な光景を見られたのですから、思い出になるものが欲しいとは思いませんか?」

「そういうものか?」

「そう言うものですわ」


 鼻歌でも飛び出してきそうなほど上機嫌に、シアはライオネルの後を追った。

 先程までいた場所を抜けてしまえば、見慣れた木々ばかりが目に入る。まるで先程の光景は夢幻かのように思えた。しかし、シアの手の中には、まごうことなき現実であった証があるくるくると手の中で弄べば、先程の光景を思い起こさせるようだ。

 歩いている間にも、見知ったとはいえ様々な花が咲いていたが、余韻を楽しむために手元の葉なだけを見ていた。

 だからこそ一瞬、ライオネルが足を止めかけたことにシアは気付いた。

 右手にはすぐのところに城の壁があり、左手には花壇が備えつけられ、その向こうに木立が見える。護衛や侍女たちも視界の隅に控えており、シアの目には特に変わったところはないように映る。

 問いかけてみようかとも考えたが、止めた。勘違いかと思えるほどわずかな出来事であり、今は何でもなかったかのように歩いている。


 シアの前を太い腕が遮った。

 素直に従い足を止めると、数歩前の壁に矢が突き刺さった。立ち止っていなければ、シアかライオネルのどちらかが被害に遭っていただろう。

 すぐさま矢の飛んできた方、木立へとライオネルが向き直る。腰の剣に手をかけ、薄暗い木の影を睨みつける。

 その背にそっと手を添えた。

 再び矢が放たれたが、さっきよりも随分お粗末なものだった。

 2人から大きく外れた壁に矢は当たり、刺さることなく地に落ちる。


「何奴!?」

「曲者だ、捕えろ!」


 警備兵たちが怒声と共に走り出す。しかし、すでに向こうは逃げ出していた。

 邪魔しないようにと、少し離れたところから警護していたのがよくなかったのだろう。彼らが襲撃地点についた時にはもう、犯人はシアの目からは見えない所へと去っていた。

 慌ただしく動く人から目を離し、矢の刺さった壁を見る。少し触れてみても落ちない程度には、壁によく突き刺さっていた。それから、落ちた矢に視線を移す。

 身を屈め、落ちていた2撃目の矢を拾う。矢自体は何の変哲もない、特徴もないありふれた矢だ。ただ、矢じりには何かが塗られているらしく、金属だけではない不穏な光り方をしていた。

 矢じり部分に丁寧にハンカチを巻き、指示を飛ばしているライオネルのもとへと戻る。

 丁度、指示を出し終えたライオネルが振り返った。そのまま矢を渡す。


「毒が塗られているようです。そこから、犯人につながればよいですが」

「そうなれば御の字だろう。――お前は部屋に戻れ。兵に送らせる」

「わかりました。陛下もお気をつけて」


 言いながらも踵を返して、襲撃現場へ足を向ける。その背に一礼して、護衛の兵に連れられ、部屋へと戻った。


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