第14話
更新遅くなりまして、申し訳ございません。
しばらくの間は多忙につき、更新が今まで以上にゆっくりになります。
静かな庭に、シアの笑い声が小さく響いた。
くすくすと楽しげな声は、暫くの間響き続けた。
本来であれば、こうして笑声を上げるなど姫君として大変よろしくない。王侯貴族の子女ともなれば、淑女教育として叩きこまれるものだ。
当然、シアも幼いころから淑女教育を受けてきた。また、それ以上に、自分自身を律してきた。
どんな時でも微笑みをたたえ、悠然と事にあたった。
身を守る壁を作るがごとく。
実のない嫌味も、見当外れの妬みも、不本意な同情も笑顔で乗り切ってきた。海千山千の貴族たちを笑みの1つでかわしてきた。
ひとしきり笑い、ようやく止まると、シアはライオネルの表情を窺った。
ライオネルは、シアの反応に動じた様子もない。先と変わることなく、シアから少し離れたところに立ってこちらを見ていた。
シアは悪戯っぽく問いかける。
「本当にわかりますか?」
「大体はな」
「本当に?」
「さすがにずっと見ていればわかる。見分けられるようになったのは、手紙を届けたときからだったか」
事もなげに言ってみせる。
彼には、きっとその意味はわかっていない。
ふふふ、と笑みを零しながら陶然とライオネルを見つめる。
「なんて素敵なのでしょう。私たち、とてもよい夫婦になれると思いませんか」
「そうか?」
「ええ、だってこれほど素敵なことはありませんわ」
「俺は、お前を幸せにはしてやれない」
久々に聞いた妻を否定する言葉にも、シアは笑みを深めるだけだ。
「かまいませんよ。してもらおうとは思いませんし、今でも十分に幸せです」
「それでいいのか?」
「はい。私は自分で幸せになります」
シアはそこまで言うと、ふと気付く。
気付いてしまえば可笑しくて、また、笑い声を零した。
「どうした?」
「ふふ、私たちって似たもの夫婦だと思いませんか?」
「は?」
「相手のことは否定するのに、きっちりと自分の主張は押し通そうとするところとか」
そう言うと、ライオネルは憮然とした表情を作る。
シアは、良い夫婦になりたいとライオネルに近づく。拒絶されても、さらりと受け流して押し迫る。
対してライオネルも、始めからシアを遠ざけようとする。歩み寄ってはきているものの、未だに根柢は変わらない。
シアとしては、このままでもかまわないような気はする。でも、心のどこかで「もっと」と望む声が聞こえる。
もっと、ならばどこまでだろうか。
相手の心を望むのだろうか。しかし、それは不誠実だ。
だって、シアは夫を愛していないのに、夫にそれを求めるのは間違っている。
「――いい加減戻るぞ」
焦れ出したライオネルが踵を返す。それでも律儀にシアの歩幅に合わせて歩く夫の後ろをシアは上機嫌に追った。
私室に戻り、いつも通りにお茶を飲んでいると、ふと思い出したようにライオネルが話し出した。
「花は好きか?」
唐突な問いに、シアはきょとんとする。
答えのわかりきった質問だ。何の話をするのだろうと、疑問に思いながら肯定する。
ライオネルも答えにはさして注意を向けず、話しの続きを進める。
「西側の庭で、珍しい花が咲いたらしい」
「まあ、何の花しょうか?」
「名前は忘れたが、海の向こうの島国から来た花だと聞いた」
「島国から……。素敵です。どんな花でしょう? 気になりますわ」
まだ見ぬ花に想いを馳せる。
遠い島国。話しには聞いたことはある。海によって隔てられ、物理的に閉ざされたその国は、この大陸とは大きく異なる独自の文化を築いていると。
その新奇な品々は、数がわずかなこともあり、高値で取引されるという。
海のない公国には、まず入ってこない。
見たこともない、情報もあまりないだけに、想像も興味も刺激される。
「見に行くか?」
ライオネルの提案にシアは目を丸くした。
こんな風にライオネルから誘いをかけてくることは珍しい。というより、今まであっただろうか。
「私をお誘いですか?」
「そのつもりだが。嫌か?」
「まさか、そんなことありません」
首を振って否定した後に、満面の笑みを向ける。
「お誘いいただけて、とても嬉しいです」
「いつがいい?」
「いつでもかまいませんが、早い方がいいでしょうね」
「なら、明日でいいか?」
「はい、楽しみにお待ちしています」