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護華の花  作者: 紗々雪
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第13話


 テーブルをはさんで、互いににこやかに笑みを交わしていた。

 あのお茶に入れられていた毒が、誰の意図によって入れられ、渡され、そして、どこまでの人がそれを知っているか、気付いているかはわからない。

 互いの笑みがいやに意味ありげに見える。

 そう思うのはシアだけか。それとも、相手もだろうか。

 いっそカマでもかけてみようかとも考えたが、リスクがありすぎると思いなおす。


 それ以上話を広げることなく流し、無難に別の話題を提供する。

 中身のない話しで程よく時間が過ぎたところで、未だに悩んでいる様子のアンジュに声をかける。


「アンジュ様、そろそろお決めにならないと」

「あ、すみません。つい、迷ってしまって」

「これあたりは使い勝手がいいですよ。後は、アンジュ様には赤や橙が似合いますから、そちらはいかがですか? 刺繍糸はセットのものがいいですよ」

「そうですね。――じゃあ、布はこれとこれ。糸はこのセットでお願い」

「はい、承りました。ご購入ありがとうございます」


 アンジュの決心がつくと、彼は残った商品を仕舞い、深々と腰を折って出て行った。

 シアとアンジュの目の前に残されたのは、アンジュが購入した品々だ。それも、アンジュの侍女たちがてきぱきと運び片付けていく。

 テーブルの上が粗方片付くと、次にはお茶とお菓子を並べられる。

 お互いお茶を口に含み、一息つく。


「とりあえず、今日は図案だけでも決めましょうか」

「はい、よろしくお願いします!」


 シアがアンジュに微笑みかけると、アンジュは元気よく返事をした。




 アンジュに刺繍を教えるようになって数日。

 彼女は毎日のようにシアの部屋に足を運んでいたが、今日は用事があるので来られないそうだ。

 ここしばらく、アンジュとライオネルの2人が代わる代わるやって来ていた。嫌なわけではないが、こうも急に人が来るようになると少々気疲れする。

 久々の自分の時間である。今日は、時間ができたらやろうと思っていたことをすると決めていた。


 昼食後、小休憩をはさんで庭へと下りる。服には汚れないように前掛けをつけ、手には厚手の手袋をはめれば、準備は万端だ。

 テラスから下ろしてもらっておいた鉢の前にしゃがみこみ、中に目を向ける。先日芽を出した護華が、そこに植わっているはずだった。瑞々しく葉を伸ばした芽はなく、今はしんなりと垂れ下がり、葉先は茶色く変色していた。

 溜息を1つ吐いて枯れてしまった葉をつまみ、根が土に残らないように1つ1つ丁寧に抜いていく。


「どうしましょうか」


 抜き終わってからシアはそっと、独り言ちた。

 枯れた原因もわからずに、また植えても同じことを繰り返すだけだろう。持ってきた種の数にも限りはある。しかし、季節的にも今を逃せば、次を植えるのは来年を待たなければいけない。

 悩んだのは少しの間だった。

 結局、もう一度植えてみることにした。

 そうと決まれば、何を変えようか。水、肥料、土。考えられるのは、その辺りだろう。とりあえず、土から変えてみようか。

 土の入れ替えは、中々に力と時間がいる作業だが、幸いにも手の空いていた庭師が手伝いを申し出てくれた。花ならばこの土がよいと、勧められた土を鉢の中へ入れていく。それが済めば、次は種まきだ。

 一通りの作業が終わり、水をあげているシアの背後から足音がした。

 わざわざ見ずとも誰だかはわかる。首だけで振り返れば、思った通りの人物――ライオネルがゆっくりとした足取りでやって来ていた。

 どうやら随分と時間が過ぎていたらしい。


「また、土いじりか?」

「趣味ですから」

「前は趣味じゃないと言ってなかったか?」

「そうでしたか?」


 くすくすと楽しげに笑えば、シアの対応にも慣れてきたライオネルはあっさりと流す。

 軽く土を湿らすとじょうろを置き、シアは鉢の縁を少し持ち上げて地面に落とす。それを2,3度繰り返す。


「何をしている?」

「浮いた土を沈めているんです」

「ほう」

「水を上げると土が減りますから。これだともう少し足さないといけませんね」


 そう言って、さらに鉢の中に土を盛っていく。ふちより少し下のところまで土を入れてならすと、立ちあがってじょうろに手をかける。

 しかし、手は空をきる。


「水をやればいいのか?」


 じょうろはライオネルの手にあった。

 シアが両手でやっと持てるじょうろを、ライオネル片手で容易く持ち上げる。力の違いに感心しながらも、ライオネルがそうした行動を取ったことに驚いた。

 相手の顔をまじまじと見上げれば、シアの返事を待つ姿が目に入る。


「はい。全体的に、まんべんなく、土をえぐらないように、お願いします」


 嬉々として笑いながら、シアが遠慮なく注文を出す。

 言われたとおりにやってくれるライオネルを横目に、汚れた前掛けと手袋を脱ぐ。脱いだものはそのまま侍女に手渡す。

 侍女が片付けに行ってしまうと、この場に2人きり残される。

 シアは自分の横顔に視線を感じて、ライオネルに振り向く。


「よく笑うようになったな」


 振り返ると同時にかけられた言葉に、目を丸くする。

 意味を吟味するように、しばし固まって動かないシアにライオネルが近づく。


「私、よく笑っていませんでしたか?」

「本当に笑ったのは数えるほどだろう。片手で足りるぞ」

「わかるのですか?」

「わからなかったが、見てればわかる」


 頬が強張っている気がする。今、自分がどんな表情をしているかわからない。

 泡が水面に浮かぶように、下から下から湧き起こる想いは何だろうか。

 久しく感じることのなかった高ぶりの赴くまま、顔の強張りは解けていった。


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