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護華の花  作者: 紗々雪
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第12話


 いつかと同じようにあの若い商人が向かいに座り、目の前には様々な商品が並べられていた。

 ただ先日と違うのは、義理の娘でもあるアンジュがシアの隣に座っていることだろう。そして、テーブルの上の商品も前回とは顔ぶれががらりと変わっている。

 赤、白、黄色、青。色とりどりの布地が海を作り、その隣には種々の裁縫道具が金属特有の輝きを放っている。


 なぜ、こんなことになっているのかというと、数日前にアンジュがシアの部屋に押し掛け頼み込んだことが由来していた。



 ライオネルの一人娘であるアンジュは、親しみやすい快活な少女である。一般的な淑女教育に限らず、乗馬や武術をも習熟している。レイフォード曰くお転婆娘、ライオネル曰くじゃじゃ馬らしい。

 一見相性は悪そうだが、2人はそう間も置かず打ち解けていた。今では、度々お茶を楽しむ間柄でもある。

 アンジュが話してくれる帝国の慣習や貴族の関係は、こちらに来たばかりのシアにはありがたかった。お返しにと、幾つかの国の年頃の王子や貴族嫡男について話し、やがて話題は美容や流行、お菓子など好き勝手に移り変わる。

 そうして、シアとアンジュは穏やかに家族とも友人ともいえる関係を築いていった。


 ある日、そんな彼女がシアに泣きついてきた。


「お願いします! 本当に、シア様が頼りなんです!!」


 お茶の用意をしてアンジュを迎えたシアは、いきなりの出来事に首を傾げた。

 今日のお茶会は、いつも事前に連絡をくれるアンジュには珍しく、いきなりの申し出であったことは確かだ。だが、数時間前に言付けをもってきた侍女に変わった様子はなかったように思う。

 だからこそ、何事かと困惑する。


「どうしました? 私でよろしければ、力にはなりますよ」


 2、3歩アンジュに近づいて、そっと顔を覗き込む。一瞬あった視線は逸らされ、言い難そうに口をもごもごと動かす。

 とりあえず席を勧めて、シアはアンジュが話し出すのを待った。お茶を一口飲みながら、アンジュにもお茶を勧める。アンジュがカップに口を付け、ほっと息を吐くと零すように話し出した。


「私に、刺繍を教えてほしいんです」

「刺繍ですか? 私でよろしければお教えしますが、既に今教えてくださっている方を押しのけては、致しかねますわ」

「それは大丈夫です。ご迷惑はおかけしません」

「なら、お引き受けしましょう」


 シアが請け負えば、安心したようにアンジュは笑う。

 いつも明るく笑っている彼女に珍しく、部屋に来てから今初めて笑顔を見た。

 それがアンジュの刺繍に対する苦手意識、もしくは腕前を表しているようで一抹の不安を覚える。


「どのようにお教えしましょう? と言うよりは、どこまでできますか?」

「これは、前に課題として作ったものなのですが……」


 と、明後日どころか明々後日の方を向いたアンジュが、布を差し出す。視界の端の彼女の侍女まで斜め下を見ているのは気のせいだろうか。

 広げて見れば、白い布地に刺繍が施されている。モチーフは赤い大輪の花。布地の中央に大きく描かれ、本来なら華やかに咲き誇っているであろう。

 しかし、それは引き攣り、歪み、萎み、何とも形状しがたいものへと変貌していた。真紅の刺繍糸のせいで、おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。

 何と言っていいのか。いや、何かは言った方がいいだろうと思っても、シアの口から出るのは意味のない単語ばかりだった。


「これは、また、なんとも……」

「すみません」

「大丈夫ですよ、基礎はできているようですし」


 そう、基礎はできているのだ。刺し始めの部分は、1針1針丁寧に縫われているのがきちんと見てとれる。ただ、段々と集中が途切れ、1針が大胆になり、それによってずれた構図を無理に直そうとしてさらに歪むという悪循環に陥っているのだ。

 この程度なら、隣で誰かが見ていて適度に手助けなり、休憩なりを入れれば問題ないだろう。

 そうシアが伝えても、苦手意識があるのかアンジュは落ち込んだままだった。

 あまり宥めたり励ましたりは得意ではないがと思いながら、シアは思いつく限りの言葉をアンジュに投げかける。

 基礎はできているからすぐに上達する。私もできる限りお教えします。誰にでも苦手なものはあります、私にもどうしても不得手なものはありますよ、と。


「ええ、あるんですか!?」


 予想外に食いつかれ、シアは驚いた。

 あっという間にアンジュの落ち込みはどこかへ行ったようだが、食いつかれたものがもので素直に喜べない。


「ありますよ、苦手なもの」

「何ですか?」

「秘密です。そうですね、刺繍が上達して1つきれいに完成させられたら教えましょうか」

「そんな、無理です」

「頑張りましょうね」


 アンジュは若干不満げではあったが、気分が浮上したなら問題ないだろう。

 さて、どんなものを作ろうかとカップに口づけながら思案していると、アンジュが元気よく言った。


 じゃあ、商人を呼びましょうと。



 始めは何も新しく買わなくても、と思ったが楽しそうに選ぶアンジュを見ればその気は薄れる。目的をもって、楽しくできればそれに越したことはないだろう。

 あれやこれやと手に取るアンジュに、シアは時折口をはさみながら商品を眺める。そして、ちらりと顔を上げれば先日にもあった男の顔がある。

 アンジュの様子も見つつ、彼は顔を上げてシアに笑みを向ける。


「いかがですか? 布も糸も、良いものばかりですよ。もちろん、裁縫道具も一流の職人が愛用する一級品になります」

「今回は結構ですわ。どれも間にあっていますもの」

「そうですか、残念です。――あ、先日の茶葉はいかがでした?」


 突然に引き合いに出されたもの。この前の茶葉。

 そっと顔を伏せて心から申し訳なさそうな顔を作る。


「ごめんなさい。どうにも匂いが気になってしまって」

「そうですか、それは申し訳ありませんでした」

「いえ、お気になさらないでください」

「では、参考にさせていただきます。次は香りを改善したものをお届します」

「楽しみにしていますよ」


 相手の表情、反応から話題に出した意図は読み取れない。

 本当に、シアの評価を知りたがったかのように見えるし、探って来たかのようにも思える。

 気にはなるもののアンジュの前で突っ込みすぎるわけにはいかなかった。


 きょとんとした顔をしているアンジュに、おまけを貰ったのだと簡単に説明する。そのまま、目についた品に誘導する。

 アンジュはまたテーブルの上に目を向け、楽しそうに選んでいく。


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