第11話
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シアの視界を埋めるのはライオネルの大きな背中だった。
声をかければ、掴まれていた手が解かれる。離れた感触、温もりに物寂しさを覚えて、シアは彼が触れていたところを撫でる。
ライオネルから状況の説明はない。自分で確認しようと視線を上げ、目の前の背からそっと覗き込むようして地面を見る。
そこには、既に事切れた蛇がいた。縄のような太さ。ぬめるように光る体表は焦げ茶と黒の斑模様。大きく開いた口内は毒々しいほど赤く、鋭い牙は絵具をべったりと塗ったよう白い。そして、落ちた首から生々しいピンク色が覗いている。
何とも不快な、絶妙なコントラスト。
口元に手を当てれば、ライオネルが動いてシアの視界から死骸を隠す。好き好んで眺めたいものではないため、素直に従い、1歩下がる。
ようやく自分を呼ぶ声に気付き、シアはそちらへ顔を向けた。
離れた場所で控えていたシュリが、己の名を呼びながら駆け寄って来ていた。シュリは、傍まで来ると素早くシアの体に視線を走らせる。
「ご無事ですか?」
「ええ、陛下がお守りくださいましたもの」
自分とシアの申告で確かめ、怪我はないとわかると、シュリは安堵したような表情を浮かべ体の力を抜く。次いで、慎ましやかにライオネルに頭を下げる。その所作におかしなところはなく、丁寧な態度なのだが、どこか慇懃無礼なように見えた。
しかし、ライオネルはそんなシュリの態度にも気にしたそぶりを見せなかった。
「主をお守りくださりありがとうございます」
「かまわん。――怪我はないな?」
後半の言葉は、シアに向けてだった。
シアの方に向き直ると、怪我の有無を確認する。シアが腕を擦っているのを見て、眉根を寄せる。そこは、ライオネルが掴んだ場所だった。
シアはライオネルが勘違させたかと思い、手を離して言外に大丈夫だと告げる。
「お助け下さりありがとうございます。私は何ともありません。それより、陛下にお怪我ございませんか?」
「ああ、ない」
「それは良かったです。この蛇は、いかがいたします?」
「警備の者に後で片付けさせる」
「それならば、私が呼んで――」
「陛下!?」
参りましょうか、と言いかけた言葉は第三者の言葉でかき消される。
その人物は3つの道の内、修練場に繋がっていると思われる方からやって来た。近衛の制服を着た2人組は、驚いたようにライオネルを見、傍にある蛇の死骸を見て険しい表情へと転じた。
そして王の陰に控えるシアには、怪訝な目を向ける。見知らぬ人間に向ける目であり、状況が状況だけに微かに敵意も含んでいる。
シアが瞳を伏せながらもかすかに微笑むと、顔を紅潮させ視線を逸らす。
近衛兵は頭を振って、厳しい表情に戻ると数歩前へ踏み出して口を開く。
「陛下、そちらの方は?」
「王妃だ」
「え、あ、妃殿下であらせられる?」
「そうだ。蛇が入り込んでいたらしい、襲われかけて切り捨てた。それは処分しておけ。他の兵や庭師にも注意を促し、他に危険なものは入り込んで入れは見つけしたい排除するよう伝えろ」
「はっ」
襲われたという言葉に驚き慌てかけたが、彼らはすぐに冷静さを取り戻し、与えられた職務を遂行する。余計なことを言わないのは、王に対する信頼と忠義ゆえか。
近衛との話が終わると、ライオネルはシアへと振り返る。
「戻るぞ。部屋まで送る」
「陛下、護衛を」
「すぐそこだ、途中には警護の者もいる。必要ない」
「……了解いたしました」
ライオネルは近衛の申し出を断ると、もう一度シアに部屋まで送ると言って、手を差し出した。
一瞬、その手の意味を測り損ねてシアの動きが止まる。微かな間を空けて、そっとその手に自分の手を重ねる。
歩き出す前に、近衛に向かって軽く頭を下げる。
「よろしくお願いしますね」
「い、いえ、こちらこそ不躾な態度を申し訳ありません!」
「気にしていませんから。では、失礼します」
直立不動の近衛に見送られ、2人は歩き出した。
繋いだ指先に、ライオネルの体温を感じる。
人前だけの振りかと思えば、ライオネルはシアの手をしっかりと握り丁寧にエスコートしている。
それがひどく意外だった。そもそも、彼からシアに触れてくること自体、婚儀以来なのだ。
その翌日も、翌々日も。何度もあったお茶の時にも、座るのは向かい側で互いに手を伸ばしたことはない。それを良いとも悪いとも思わなかった。
「怖くはないのか?」
唐突にライオネルがシアを一瞥もせずに問いかける。
「それは、襲われかけたことですか? それとも死体が? もしくは陛下ご自身が、でしょうか?」
「全部だ。危険も、死も、俺も怖いとは思わないのか?」
意地の悪い返しにも、きっぱりと返され、シアは思わず目を瞬かせる。
見上げた横顔からは、何の感情も読み取れない。少し悩んでから、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「そうですね、怖くはありません。襲われることも、死体も珍しくはありませんし。ましてや、陛下は助けてくださったのですから怖がる理由がありませんわ」
「女は目の前で剣を抜かれただけで怯えると思うが?」
「それが自分に向かっているならわかりますが、そうでないなら怖がる必要はないと思います。少なくとも陛下が意味もなく人を傷つけないと知っていますし、私は陛下に斬られるようなことはまだしていませんもの」
「まだ、か?」
「まあ、言葉の綾ですわ」
立ち止ったライオネルにならって、シアも足を止める。
林の小道を抜けて、いつの間にか見慣れた庭へと来ていた。私室のある宮への入り口はすぐそこだった。
「あの日言ったように、お前が王妃である限り、俺がお前を守ろう。無茶はするな」
そう言ってシアの髪をひと掬い撫でる。
シアが何かを言う前に、くるりと踵を返すとその姿はすぐに見えなくなった。