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護華の花  作者: 紗々雪
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第9話



 茶会が終わった後、シアは義姉への返事を書いていた。すぐに書かなければ、心配して手紙をくれた義姉にも、わざわざ届けてくれたライオネルに悪いと思った。

 生活も落ち着いてきており、元気にしていると。至って何事もなく過ごしているから心配はいらない、と当たり障りないことをしたためる。

 その手紙をダリアに渡した一方で、その陰で書いた紙きれをシュリに託す。

 シュリは片づけや世話など部屋でやるべきことを行なってから、何気ない顔で退室していく。室内に残っている他の侍女たちは、それに気に留めることなく自分の仕事をしている。

 後は、返事を待つだけ。


 返事は予想よりも随分早かった。

 翌朝、身支度を整えている間にシアの手の中に紙切れが忍ばされる。そこには端的な用件だけが書かれていた。

 手のひらの中で隠して読み、内容を頭に入れる。渡されたときと同じようにしてシュリに返すと、とりあえず朝食を取るため歩き出す。


 食堂でライオネルらと食事を取った後、シアは侍女に用事を言いつけて返した。その際、自分は遠回りして庭を散策しながら戻ると伝えた。

 シアはシュリを連れて、渡り廊下から庭に下りるとゆっくりとした足取りで歩く。時折、花や鳥に目を奪われたように立ち止りながら進んでいく。やがて、戸の開いたテラスを見つける。

 周囲に誰もいないことを確認すると、開いた戸へと身を滑り込ませる。



 日を取りこみ、明るく照らされたその部屋。

 長椅子に座り、足を組んでいた待ち人――レイフォードが出迎える。


 シアはシュリに預けていた茶缶を受け取り、下がらせると当たり前のように向かいに座った。そして、目の前のローテーブルに茶缶を置く。

 レイフォードが缶を手に取り、まず外観を見る。缶自体に何もないとわかると、缶を開けて中を確認する。


「毒ですから、気を付けてくださいね」


 シアがそう注意を促すと、眉根を寄せて険しい目で先ほどと同じ動作を繰り返す。

 その表情がライオネルと重なり、思わず親子なのだと実感する。顔はそれほど似ていないが、一緒にいる時間は長いがためか、こうした時の表情は実によく似ている。

 今はまだ若く未熟でも、将来は剛と柔を備えた抜け目ない王になりそうだ。柔の面に気が緩んだ隙のうっかりが命取りになるのだろう。


「どこから?」


 厳しい声で問われて、手に入れた経緯を説明する。


「試供品、もらいもの。証拠としては弱いのが痛いな」


 レイフォードの言葉に頷く。


 城に出入りする者には必ずチェックが入る。ましてや王族と直接会う者には厳しい検査が行なわれる。

 しかし、つきあいの長い商人ともなるとその限りではない。数々の商品の1つ1つを確認するのは非効率的であるため、刃物などの目につく危険物でなければノーチェックだ。

 正式に買ったものについては、取引として記録が残り、物によっては危険がないかの確認がある。しかし、あのように貰いものという形だと記録も残らず、確認もない。

 つまり、毒があってもそれが誰の仕業かわからない。証言と状況証拠に頼ることになり、罪に問うのは難しい。


 シアは用意してあった茶器でお茶を入れ、静かに啜る。考え込んでいる様子のレイフォードは、目の前に置いたお茶にも気付いていないようだ。

 ライオネルといい、レイフォードといい、あの兄にしたって自分の考えに没頭すると目の前の人間をそっちのけにするのは男の性なのだろうか。とはいえ没頭できるのも、シアをある意味信用している証だと待ち続ける。


「標的はシア様と父上のどちらか、あるいは両方か」

「彼の言葉だけとらえれば陛下狙いと考えるのが妥当ですが、それにしてはお粗末すぎるでしょう。いくらなんでも自分自身で試しもせず、毒見もせずに陛下に出すなんてありえません」


 いや、そこまで考えるのは自分だけかもしれないと、シアは思った。普通の子女は毒見のことは知っていても、どのように行なわれているかなど知るはずもない。それでも、不用意に自分や夫に安全が不確かなものを出すだろうか。


「それで失敗して疑いがかかっても罪には問われない自信があった。もしくは、危ない橋を渡ることを厭わないほど追いつめられていたか。――目的は、王ないし王妃の暗殺。あるいは、仲を引き裂いて戦争を誘っているのか」

「どちらもあり得るでしょうね。王を弑せば、必ず大なり小なり国が揺らぎますし、私を殺しても王妃の席が空き、公国の台頭を阻止できる。後者であれば、両国の力を大いに削ぐことができる」

「内にも外にも、そういったことを企む人間は多いでしょうね。表向きはどうであれ、潜在的な敵は多いですから」


 天を仰いでレイフォードは言った。苦り切って吐き捨てるような、それでいて仕方がないと諦めているような。そんな口調と表情であった。

 兄もこうした顔を見せることがあった。では、夫もこういう顔をするのだろうか。

 レイフォードは顔を正面に戻すと、真面目な表情でシアに問う。


「どうしますか? 商人を捕えたとしてもおそらく白を切られ、何の解決にもならないでしょう。むしろ、こちらが気付いていることを知られて事態を悪化させかねません」

「ええ、もちろん、このまま泳がせましょう」


 手を合わせてにっこりと笑みを浮かべて見せれば、レイフォードが軽く目を見張る。

 危険だと反対されるだろうか。でも、シアは簡単に折れるつもりはない。

 レイフォードの視線を微笑みで受けながら、シアは言葉を続ける。


「レイフォード殿下には毒の解析と人物調査をお願いします。私は、何も知らないふりをしますわ」

「ちなみに、父上には何も伝えなくてよろしいのですか?」

「時が来たらお伝えしましょう。それまでは、こちらでできることをすべきだと思います」


 意外にもレイフォードは反対することなく受け入れる。

 レイフォードは茶缶を持って立ち上がり、「何かあれば連絡します」と言って部屋から出ていく。


 尤も、ここがライオネルの懐である以上、いずれ彼の耳にも入ることになるだろう。暗躍する者を放っておくほど甘くも愚かでもないだろう。

 シアがライオネルに伝えない理由はただ1つ。自分の命を他者に任せる気は毛頭ないからだ。

 伝えれば、ライオネルはシアの知らない所でことを解決させる。シアにそれを気取らせることもなく。シアに何も教えることもなく。


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