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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者と魔王

勇者の剣

作者: 紫堂 涼

勇者の真実 その後


※先に勇者の真実をご覧下さい。今作のみでは理解不可能かと……



 ───唐突に『それ』は訪れた。


 するりと身体の内から抜け出した力。それが形と成った瞬間、己が魔王と呼ばれる存在に変わった時と同じように全てを受け入れていた。


 ───カランと堅い音を立て、静寂に満ちた広間に転がり落ちたそれを見、傍近く控えていた存在が痛ましそうに目を伏せた。



「時が来た」

 感慨も無く、己が破滅を告げるそれを手に取り、今代の魔王………ノアールと名乗る男は、その剣を定められた場所へと魔力を注ぎ込み、転送する。

「ノアール様……」

 長い時をノアールの傍近くで過ごした存在が、否定するように首を振る。青年の姿を取りながらも、その存在はただの力が意思を持った存在。幾度も目にしているはずの光景だろうに、その心を痛める存在に、ノアールが薄く笑みを刷く。

「もう、飽いたのだよ。人を殺す事にも、存在()る事にもな……」


 憎しみを抱き続ける事は難しい。長い時をかけて凝った憎しみも、長い時をかけて次第に薄れていった。とうに自身が憎んだ存在そのものが無いというのに、憎しみを抱き続けていくのには限界があった。


 手のひらを返したように、尊敬から嫌悪へと向ける言葉を変えた王も。花束を石礫に変え投げつけてくるようになった少女も。豪勢な食事から水さえも与える事を厭うようになった侍女も。愛情から侮蔑へと視線を変えた姫も。神のように崇め、縋ったはずが……見下し、蹴りつけてくるようになった民も。

 誰も彼も、彼が幽閉されている長い時の間にその生を終えていた。

 それを判っていながらも、凝りに凝りきった憎しみを人間にぶつける事しか出来なかった。自身が憎しみの目を持って睨みつけた相手の顔に挿げ替え、次々と人間を虐殺していった。

 己の憎しみを知らしめるように、───そして、この憎しみが薄れてしまわぬように。


 だが、そんな行為にも限界はあったという事だろう。自ら率先して人を屠る魔王。歴代にも数少ないその行為に酔いしれ、次々と街道を赤く染め行きながらも………結局は乾ききった心が癒える事など無かった。

 瞳を抉り、手足を引き千切り、首を捥ぐ。魔力を使えば容易いそれを、わざわざ己の手で行いながら浮かべる笑みには、一切の感情が無かった。愉悦も、興奮も、酩酊も───何一つ。


 ノアールの感情はあの日から凍りついたままで、こうして終わりが見えてしまえば単純な生だった。───勇者として、精霊を殺戮し……魔王として、人を殺戮する。

 所詮は単なる殺戮人形でしかなかった───。


 

 魔力とともに放り投げたものが、無事正しき場所へ据え置かれたのを感じる。

 それがどの様な場所で、自分が塵を放るが如く扱ったそれが、どれほど恭しく扱われ、世界の希望を一身に負うのか……よく、知っていた。

「俺は、選ばれたくなどなかったよ」

 ポツリと呟いたその言葉は、長年聞いていたものとは色を違えていた。ハッとしたように見上げてくる青年に、ノアールは……否、人であった頃はノアだったか。ノアは寂しげな笑みを浮かび上がらせた。


「人間の世界には、どれほど時が流れようとも消えて無くならない定めがあってね───」



 魔王の力強く、人々が苦しみに喘ぐ時、それを憐れに思う天より授けられし宝───聖剣。

 世が人々の涙に沈み、魔の力が世に満ちし時、それは天空より(きた)る。(それ)は神々より遣わされし存在。魔を祓い、邪を清める。

 数多の聖なる焔にて鍛えあげられしその刃は朽ちる事無く、唯一の主を見定め……その者にのみその身を委ねる。

 真の主が聖剣を得し時───世は、救いの光を見るだろう。


 

「剣が、神より遣わされし時、全ての民は王宮へ向かい、剣の試練を受けるべき───誰が決めたんだろうね、こんなもの」

 嘲るように言いながらも、ノアは理解していた。………この言葉を人に与えたのは、歴代の魔王のうちの誰かだろうと。


 魔王と成りし存在が、その生を諦めた時───唯一の生きる糧である憎しみを薄れさせてしまった時、魔王の身体から作り出される存在(もの)。精霊の王と成りし存在を唯一消滅させる事かなう存在。

 少しでも早く、己の存在を消してしまいたかったのだろう………。そして、自分もまた。


「お別れですね、ノアール様……」

「先に消えるのは、お前達だろう?」

「私共は、朽ちる事の無い存在です。貴方様が消えて後、新たな魔王が現れし時、我々もまた再び形を得ます」

「だが、そのときは今のお前じゃないだろう?」

「……それも、そうですね」

 新たに生を得るたびに作られる擬似人格。自我を持つ故に強い精霊も、王を消滅させる力を持つ剣の前では赤子に等しい。消滅した欠片が自然に寄り集まり、前と同じ姿形(なり)をしながらも、その自我は新しいものであった。

「まぁ、すぐに追いかける。待っていろ」

「ええ……お待ちしてます。ノアール様」


 魔王と……否、勇者という名の生贄に祭り上げられて以来、浮かべることの無かったノアの笑みに、僅かに目を見開きながらも嬉しそうに青年も笑む。

 魔王の居城に、久方ぶりに和やかな空気が流れる。───魔王代替わりの風物詩とも呼べるそれを知らないものはここにはいなかった。終わる事を前に、ようやく己を取り戻すことのできた男は、そっと目を閉じる───


 新たな剣の主となる者が、少しでも早く己の許に辿り着く事を………救いの手など伸ばさない、神にさえ祈って───




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[良い点] 読みやすい。 [気になる点] ないです。 [一言] すごくわかりやすい内容でした
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