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中庭の天使  作者: kanon
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噂の転校生

天使、とは、私にとってはすごく魅力的な存在です。どんな姿で、どんな声なのか。とても手の届かない存在なのか、それとも身近な存在なのか、想像は尽きません。このお話の中で登場する天使が、みなさんの想像に近いのか、遠いのかとても気になります(笑)。

 噴水の水が、止まっている。全ての音が消えた空間は、シン、と静まり返り、時間さえも、止まったように感じた。三階建ての古い校舎に囲まれた中庭には、白いタイルが敷き詰められ、薄曇りなのに眩しいほど明るい。いや、まだ、夜明け前なのだろうか。微塵も、大気の動きがないことに、ふとそう思った。風も、まだ眠っているのだ。歩くと、まるで水の中のように、肌に抵抗を感じる。その感覚を楽しんでいたが、ふと、足を止め、辺りを見渡す。他に人の姿は見えないのに、校舎の壁に靴音が反響し、もう一人、誰かいるような気がした。

 しゅんは止まった噴水に近づいて行った。天辺に、白い、翼のある少年が、まさに今、降り立ったような彫刻。何て綺麗なんだろう。しばらく見とれていたが、ふと気がつくと、鏡のようだった水面に、波紋が広がっている。その同心円の中心に、真っ白な羽根が、浮かんでいた。咄嗟に見上げたが、羽根の主は飛び去った後なのか、それとも白く眩しい空に同化してしまったのか、その姿は見当たらなかった。俊はその小さな羽根を拾い上げ、ポケットから取り出した手帳に、挿んだ。




 舗装の悪い道路のあちこちに、空色の水たまりができていた。ようやく、梅雨明けらしいが、皆が期待していた清々しい晴天を通り越して、既に顔をしかめるほどの暑さ。いつからか、梅雨明けが真夏の始まりになってしまったことを、今、思い出した。自分の他に、傘を手にしている生徒がいないことに、今朝、天気予報を確認しなかったことを後悔する。きっとこの傘は、下校時間には持って来たことを忘れられて、置き傘になってしまうのだろう。そんなことを想像しながら、俊は校門をくぐった。

 今年の春、高校に入学して一変した生活も、制服とともに、徐々に体に馴染んできた。比較的、不真面目な生徒が少ない、公立高校。学力は標準的、制服も、ありがちなブレザーで、他の高校のそれと、大差なかった。ただ一つだけ、他校との差別化を図れるとしたら、嘘か本当か、校内の広い中庭に、天使が舞い降りたという伝説の噴水があることくらい。誰かの作り話には違いないけれど、この学校の歴史の古さや、ギリシア彫刻のような白い天使の像の見事さに、妙な信憑性を帯びて伝えられていた。

「見た?見た?」

 教室では、女子たちが異様に騒いでいて、聞き耳を立てなくても、容易にその内容が聞こえてくる。      

「カッコイイ、っていうか、キレイだよね、」

「天使だったりして!」

 俊は鞄の中身を机に移しながら、噂の中身を把握した。昔は今の倍ほども生徒がいて、ちょうど一階が一年生、二階が二年生、というように分かれていたのだが、生徒が減った現在は、一階に二年生の教室もある。そこに、転校生があったらしいのだ。自分のクラスの中の噂にも疎い俊には、違う学年のことなど知る術もないが、こうやって、近くで騒ぐ女子の会話から得た知識で、ようやく日常の会話についていくことができる。

「どうせ転校してくるんだったら、女がよかったよな、」

 友人の竜志りゅうじが声をかけてきた。席が隣同士で、クラスに一人も知った顔がないという共通点から仲良くなった彼は、最初、その竜の志という大層な名前に触れ、平凡な子供になってしまったことを後悔していると言って、俊を笑わせた。

「でも、ホントに綺麗な顔してたよ。制服着てるから男って解ったけど、」

 先日、校内を案内されている姿を、偶然見かけたという。どうやら、稀に見る美男子らしく、女子たちの声も、いつにも増して甲高かった。竜志はその騒がしい連中を横目に、

「まあ、俊も広い意味では、同類だけどね」

「……、気にしてるのに」

 予鈴が鳴り、俊は竜志を睨んで前を向いた。この顔のせいで、短髪が似合わない。今、一番の不満は、それだ。小さい頃は、女の子に間違われても何とも思わず、親戚や近所の人から、可愛い、可愛い、とチヤホヤされて、いい気になっていたが、成長とともに、それは確実に、コンプレックスに変わりつつある。

「はぁ……。せめて、背が高かったらな……」

 思わずそう呟いて、竜志に笑われ、俊は大きく、溜め息をついた。


 放課後、日替わりの掃除当番を終えて下駄箱に向かうと、雨の匂い。梅雨の雨雲はまだ残っていたようで、大粒の雨が乾いた地面をまだらに染め始めていた。置き傘にならずに済んだ傘を手に帰ろうとしたが、昇降口の庇の下に一人の男子生徒の姿があり、足を止める。今朝の晴天に騙された一人なのだろう。恨めしそうに空を見上げていた。俊が近づいて行くと、

「外に出た途端、降り出すなんて、」

 そう言って、困ったように笑う。見たこともないほど、綺麗な、容姿。一目で、噂の転校生だと、解った。

「……良かったら、一緒に帰りますか?」

 先輩と解っていた俊は、一応、敬語を使ってみた。

「ホント?ありがとう!」

 変に遠慮をすることもなく、嬉しそうに駆け寄ってくる。彼のほうが長身で、僕が持つよ、と、俊から傘を取り上げた。駅までの道を歩きながら、お互いの自己紹介をし、彼が川村沙輝さきという名前で、今日が初めての登校日だったことを知る。

「父が転勤の多い仕事で。これが初めてじゃないんだけどね、」

 うまく馴染めるかどうか不安で、天気予報を見る余裕がなかった、と語った。転校の経験がない俊にも、その緊張は解る。ついこの間、入学式で味わったばかりだったから。そう感じる必要は何処にもないのに、自分だけが余所者のような気分になる。沙輝はそれを、もう何度も経験しているのだ。

「実は、駅までの道も、ちょっと不安だったんだ。俊がいてくれて、ホントに助かったよ」

 駅に着き、彼はホッとしたようにそう言って、可愛らしい笑顔を向ける。初対面なのに驚くほど話しやすくて、これなら新しい環境にも簡単に馴染めるはずだ。俊は他人事ながら安心して、自分とは逆方向の電車に乗り込む沙輝を見送った。


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