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きみは天使  作者: 奥汰由乃
【1】 好きな人に
5/11

4 ◆ 月が地球に近づいている

前回のたこ焼きを作ってみよう編に引き続き、今回はたこ焼きを食べてみよう編です←

「かわいい」をやたら連呼する祐樹にご注目。


 こんなことってありえるんだな、と、俺はぼんやり思う。


「ねぇ。せっかくだし、あっちのほうで食べない?」

 有栖川真梨花が、本殿ほんでんのほうを指差して言った。夕日に照らされた参道さんどうに立つ彼女は、きらきらとまぶしく輝いてみえる。

 有栖川が、あの有栖川真梨花が、たこ焼きが四パック入ったビニール袋を片手にさげ、目の前でふわふわと微笑みながら俺に話しかけているのだ。あいかわらずパーフェクトにかわいい、俺が好きな彼女が、だ。

 もしかして、これ夢か、夢なのか。だったら覚めないでくれ、お願いだからもう少しだけ。最終的に有栖川の顔がどろどろと崩れて岡元になったりしても怒らないから、もう少しだけこの夢を――

「周防くん?」

 有栖川が不思議そうな顔をして聞く。どんな表情をしていても変わらずかわいい。い、いやいや、そうじゃなくて。

「あ。本殿のほうはもうすぐ閉門だから、このへんで食べたほうがいいんじゃないかな」

 俺は言った。参道のつき当たりにある数段の石段を上り、木造の門をくぐった先に本殿と呼ばれる建物はある。

 本殿とは、いわば神社がまつる神様の『家』のようなもので、賽銭箱が設置されている拝殿はいでんに隠れるようにしてその真裏に建てられている。お守りやおみくじを販売している社務所もその側にあり、門の向こうは境内で最も神聖かつ重要な領域といえた。

 そしてその門は、毎日ほぼ日没とともに閉じられることになっている。閉門の直前には、どのような意味があるのかは知らないけれど和太鼓がどんどんと打ち鳴らされるのだが、その音が丁度、境内に響き渡っていた。

 「そうなんだ。じゃあ、ここで食べよっか」

 残念そうに言って、有栖川は近くのベンチに腰かけた。それからビニール袋からたこ焼きを一パックとりだし、俺に差し出す。俺がついさっき焼いて、舟に詰めたたこ焼きだ。

 


 もう閉店だし、余っても捨てるだけだからさ。

 有栖川に、俺はそう言って残っていた四パックのたこ焼きを全て押しつけた。もちろん、まだ店じまいまでには少し時間があり、ほかに客が来ないとは限らない。

 けれどすっかり舞い上がっていた俺は、なぜか気付けばそうしてしまっていたのである。はじめは困ったような顔をして遠慮をしていた有栖川も、俺の『捨てるだけだから』という言葉を聞いてしぶしぶ受け取ってくれた。

 「もう閉店って事は、バイトもおしまい?」

 そのうえ、金までいらないと言い出した俺に無理やり一パック分の代金六〇〇円を握らせたあと、有栖川が聞いた。そろそろ上がりだよ、と俺は答える。

 「じゃあ……もし、周防くんが迷惑じゃなかったら。このたこ焼き、一緒に食べていかない? こんなにたくさん、一人じゃとても食べきれないし」

 そう言って、にこりと微笑む有栖川。瞬間、胸が高鳴った。それを狙って大量のたこ焼きを彼女に渡したわけではなかったけれど、思わずガッツポーズ、そのうえグッジョブ俺、と自分に囁く。

 まだシフトが終わるまで少しあったが、店長に頼み込んで早く上がらせてもらうことにした。店長は美少女を接客する俺の浮かれた様子を後ろから見ていたらしく、左手の小指をぴんと立てて「おい、あの子、お前のコレか、おい」などと茶化してくる。なんかその表現、古いっすよ店長。さらに、「あのたこ焼き代、今日の給料から引いとくかんな」との業務連絡。抜け目ないっすね、店長。



 「……おいしい」

 「ん?」

 たこ焼きを一つ、口に入れた有栖川がつぶやく。

 「すごく、すっごくおいしい! こんなにおいしいもの、はじめて食べたかも」 

 有栖川の頬が赤い。お世辞なんかじゃなく、本当にそう思ってくれているみたいだ。いつも落ち着いた雰囲気の彼女が、いやにはしゃいだような様子をみせているのが珍しく、同時にうれしい。

 「あちっ」

 二つ目を頬張った瞬間、そう言ってせだす有栖川。そりゃ熱いよ、できたてだから。っていうか、そんな子どもみたいにがっついちゃうくらい美味かったのか、たこ焼き。

 「そんなにあせって食べなくても大丈夫だよ。まだたくさんあるんだし」

 「えへへ……だって、本当においしいから」

 照れたように笑って彼女は言う。いつでも隙のない有栖川らしくない、普段は見せないような表情だった。思わず、どきっとする。

 「……もしかして、はじめて食べるの? たこ焼き」

 「あ、うん。実は、そうなの」

 うちの店のたこ焼きの味にはそこそこ自信はあったけれど、それにしても有栖川のリアクションが普通ではないのでまさかと思ったら当たっていたらしい。

 たこ焼きを食べたことがないなんて変わってるな。まあ、家庭環境とか、食わず嫌いとか、人それぞれいろいろあるんだろうけど。

 「ここのバイト、長いの?」

 「あ、ああ。もう、一年半になるかな」

 「そっか。だからあんなに手際いいんだね。プロみたいでびっくりしたよ。周防くんだってすぐにわからなかったくらい」 

 感心したように彼女は言う。有栖川のような長所だらけの人間に褒められると、なんだか自分がものすごくエラくなったような気分になる。ところで、たこ焼きのプロって何だ? ああ、つまり店長みたいなのの事か。うーん、そう考えると、ちょっと微妙。

 「そういえば、今日はどうしてここに? あ、もしかして。有栖川さんも縁結びのお願い?」

 この神社は恋愛成就で有名で、そのせいか参拝客にも若い男女が多い。俺と同じ学校の生徒もちらほら見かけるけれど、十中八九が恋愛関係のお願いで神社を訪れているようだった。

 「あ…………うん。そう」

 少しの沈黙のあと、なぜか有栖川は目を泳がせて答える。聞いて欲しくないことだったのか、それとも照れているのか、よくわからない。

 ああ、やっぱり好きな人、いるんだ。まさか俺、なんてことはないよな。いや、だけど。コンビニの事といい、今日の事といい、本当に全て単なる偶然なのだろうか。

 そんなことを考えながら有栖川の笑顔を見つめていて、俺はあることに気付いた。

 「あ……」

 「どうしたの?」

 「有栖川さん、鼻」

 そう言って、自分の鼻を指差す。有栖川の鼻に、ソースがついてしまっていた。ほんと、子どもみたいだ。なんだか微笑ましくて、思わず笑い声がもれる。

 「え……えっ?」

 俺の言いたいことが伝わったのか、彼女の上気していた頬がもっと赤くなる。それからたこ焼きを一旦ベンチに置き、学生鞄から水色の携帯用鏡を取り出すと、俺から顔をそむけて何かこそこそやりだした。

 「と……とれた、かな?」

 うん、とれた。くるりと俺のほうを向き、ひどく恥ずかしそうに尋ねる有栖川に、笑い混じりに答える。恥ずかしそうな顔も、ほんとにかわいい。もう、ヤバいくらいにかわいい。

 そんなやりとりもつかの間、なんだか俺の顔の下半分を見つめて、有栖川が落ち着かない様子を見せはじめた。上目遣いにこっちをちらちらと見て、何かを言い出そうか迷っているようである。あれ、これって、もしかして。なんか、すごく嫌な予感が――

 「周防くん。青のり、ついてる。歯に」

 「えっ……嘘、マジ?」

 申し訳なさそうにそう言って、有栖川は携帯鏡を俺に差し出した。笑っちゃいけないと思ってるんだろうけど、必死に笑いをこらえてるの、バレバレですよ。っていうか、青のりって、俺。好きな子の前で、歯に青のりって。

 「ふふっ……あははっ」

 有栖川が急に吹き出した。彼女に借りた鏡で確認すると、確かに前歯に青のりを貼りつかせたマヌケな俺がそこに写っている。そんなにおかしかったですか、俺の顔。いや、確かに間違いなく、かなりおかしいけどさ。

 「お互い様だね、これで」

 そう彼女はいたずらっぽく言って、さらにくすくすと笑った。口に手を添えて体を揺らすその仕草がやっぱりあまりにもかわいらしくて、俺は恥ずかしいのもつきぬけて何だかすっかり幸福な気分になる。有栖川とこんな時間を過ごせているなんて、本当に、文字通り夢みたいだった。



 「あ、月」

 たこ焼きを食べ終わった頃、有栖川が言った。夕日はほぼ沈み、あたりはだんだんと暗くなりつつある。いつのまにか門は閉じられ、参拝客もほとんどいなくなっていた。

 有栖川が、空を見つめたまま立ち上がる。視線の先を追うと、鎮守ちんじゅの森の向こうにいやに大きな満月が見えた。コバルトブルーに染まった空によく映える、美しい白色の月だ。

 「……きれい」

 思わずこぼれてしまった、という感じで彼女は呟く。有栖川の言うとおり、その月はどこか非現実的に思えるくらい、きれいだった。

 俺は、有栖川の後姿をみつめる。月が浮かぶ空を背景にして、彼女の姿もまるで夢の中のもののように美しく見えた。ふいに、俺に向けられた白いシャツの背中、その奥に、昼間見た痛々しい痣が隠されているのだということを思い出す。火事にでも遭ってできた痣なのだろうか。おそらく、できれば他人には見せたくないものだったに違いない。それを覗き見てしまった俺たちが、特に岡元が、最低の人間に思えてくる。

 ああ、こんなにムードのある状況なのに。昼間、俺が加担してしまった軽犯罪のことばかりが頭をぐるぐるとめぐって、なんだか集中できない。もう、本当に。アホの岡元の言うとおりになんてするんじゃなかった。

 「周防くん、あのね」 

 こちらを振り返って、彼女が言う。その口元には微かな笑みが浮かんでいるが、俺を見つめる瞳はあくまで真剣だ。何か、とても大切なことを伝えようとと息をつめている、その緊張感がこちらまで伝わってくる。

 「私、月がこんなにきれいだって、最近まで知らなかったの」

 「月が?」

 「そう。……私、守りたい人ができたの。だから」 

 有栖川は言った。守りたい人? 一体なんの話だ?

「まだ騒ぎにはなっていないけれど、月の自転速度がね、急激に遅くなりつつあるの。その影響で、だんだんと月が地球に近づいてきているし、潮の満ち引きも狂いはじめてる」

「あの……有栖川、さん?」

 自転速度? 月が地球に近づいている? 真剣な瞳で俺を見つめる有栖川を見返して、俺は戸惑った声をあげた。話が、全く読めない。

「ねぇ、周防くん」

 そんな俺をほぼ無視するように、有栖川が俺に呼びかける。微笑んでいたはずの口元がいつのまにか一文字に結ばれ、顔から表情がなくなっていた。

 急に、なぜか無性に不安になる。胸のあたりがざわざわとして、手のひらに汗がにじむのがわかった。

「周防くんが、今一番望んでいることって…………なんですか?」

 有栖川が言った。なんで敬語なんだ? そしてなぜ今、そんなことを聞くんだ?

 俺が、一番望んでいること。そんなの、決まってるじゃないか……――


 それに答えようと口を開いた俺の目に、人影が映った。有栖川の背後に、ぴたりと張り付くように誰かが立っている。有栖川よりも一回り背が高い金髪の女性で、外国人のように見えた。

 それを認識した瞬間だった。俺の視界は、まるでテレビのスイッチを切るみたいに、ぷつん、とブラックアウトする。目の前が暗くなり、意識がするすると遠のいていく。


 ――……周防くんが、今一番望んでいることって、なんですか?

 

 有栖川の声が、耳の奥でこだましていた。



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