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きみは天使  作者: 奥汰由乃
【1】 好きな人に
4/11

3 ◆ 天使のような微笑みを

まさかのたこ焼き編に突入……というのは嘘です、すぐに本編にもどります。

 突然だが、たこ焼きをおいしく焼くコツをご存知だろうか。

 まず、鉄板は煙がでるまで熱すること。ただし火はあくまで中火でなくてはならない。十分に温まった鉄板に、カロリーなど気にせず思い切って多めの油を引くことも重要である。

 さらに生地は水を少し多めにして、まず半量を注ぎ、タコ・紅しょうが・ネギ・天かすなどの具をいれたのち、穴から溢れるほどの量を鉄板全体にいき渡るよう一気に注ぐこと。

 ここで鉄板がじゅーっとおいしそうな音を立てる、ここ大事。メモる人はメモっといてね。なぜかと言うと、ちゃんと熱した鉄板に注がないとあとで生地がこびりついて大変だからだ。

 そして何を差し置いても重要なのは“返し”、これである。返しの道具といえばプロが使うような金串が思い浮かぶところだが、初心者だったら菜ばしのほうが意外と返しやすいので、無理に用意する必要はない。

 あとは生地のふちが白く焼けてきたら、余計な肩の力を抜いてさっさと端から返していくこと。油が多めに引いてあるから、ふちを軽くこするようにするだけで面白いくらい簡単にクルリとひっくり返る。

 たこ焼きの『外はカリッ中はとろっ』は、はっきり言ってこの返しの手際のよさで決まるといっても過言ではな……――

 「ねー。ところでその顔、どしたの?」 

 俺の華麗な『返し』さばきを黙って見つめていたクシナダさんが、上目遣いに尋ねた。猫のようにつんと釣り上がった目が、なんとなく高圧的だ。目線の向くほうを見る限り、どうやら俺の右頬の痣について聞いているらしい。

 放課後、高校の側にある『天堂地主神社』の境内にあるたこ焼き屋でバイトをしている俺は、今日も一人せっせと大量のたこ焼きを焼いていた。店は神社の参道さんどうに建てられた休憩所兼売店の中にあり、平日の夕方でもそこそこの数の人がたこ焼きを買っていく。境内にこじんまりとした森があるこの神社は市街地のオアシスとも言え、参拝だけではなく犬の散歩やジョギングなど、さまざまな目的で多くの人が立ち寄っていくのだ。中には、美味しいと密かに評判になっているうちのたこ焼きを買うためだけにわざわざここを訪れる人もいる。 

 「ああ。これは……」

 一人さびしく開講していた脳内料理講座を一時中断させて、クシナダさんの質問に答える。

 「好きな子を身を挺して守ろうとしたあと、です」 

 もっと直接的に言えば、好きな子の水着姿の盗撮を友人とたくらみ、しかし途中で罪悪感に苛まれて手のひらを返したかのようにその友人を裏切って、それに逆上した友人に衝動的に殴られたあと、である。

 「えー! 何それ何それ、祐樹くんって好きな子いんの? え、誰誰誰?」

 身を乗り出して食いついてくるクシナダさん。食いついてくるポイントがそっちで良かった、と胸をなでおろす。ところで、鉄板に近づきすぎると油が撥ねて火傷をするって、何度注意すればわかるんだこの人は。

 脱色された明るい茶色の髪と、金のリングピアス、瞬きのたびにばさばさと上下する付けまつ毛、サイズが大きいのかいつも少し肩からずり落ちているパーカー。何というか、『いますぐにでもHIPHOPダンスを踊りだしそう』な容姿をしている彼女は、なぜか俺のバイト先であるたこ焼き屋の前でよく一人ぶらぶらしている。

 ちなみに、変わった苗字が印象的でいつのまにか名前を覚えてしまったが、どのような漢字をあてるのかは一度も聞いたことがないので知らない。

 「……興味、あるんですか」

 「めちゃくちゃ、ある」

 そう言ってクシナダさんは俺を睨む。もしかしたら睨んでいるつもりはないのかもしれないけど、目力があるのでなんとなくそういう印象を受けてしまう。はっきりいって、ちょっとコワい。

 「い、言ってもわからないと思いますよ。クシナダさんの知らない子だから」

 「なにその言い方ぁ。同じ学校の子? かわいいの? 仲いいの?」

 さらに食いついてくるクシナダさん。クシナダさんはいつも、なぜか人の恋愛話に異常な興味を示す。女子って、誰でもそんなものなのかもしれないけど。

 俺はクシナダさんが聞くとおりに正直に、いや時には若干オブラートに包んで、最近恋愛感情を自覚し始めた彼女の話をした。容姿端麗、成績優秀。運動神経も抜群だし、性格もごく良い。話しながら彼女のあまりの完璧さを再認識して、なんだか現実に存在している人間の話ではないような気さえしてきた。有栖川真梨花には、それくらい隙がない。

 「ふーん。じゃあ、まだ一緒に遊びに行ったこともないし、それどころかまともに会話したことさえないわけだ。同じクラスなのに? それって、距離感ありすぎじゃない?」

 呆れたようにクシナダさんは言った。それは紛れもない事実なので、一言も反論できない。 

 「あの。……コンビニに、最近よく来るみたいなんです」 

 俺は言って、そしてすぐに後悔した。それは恋愛相談のようなもので、岡元その他の友人には何となく気恥ずかしくて話せないでいた話だった。

 「は?」

 ほとんど喧嘩を売っているような迫力で凄むクシナダさん。例によって、凄んでいるつもりはないのかもしれないが。

 「うちの実家、コンビニやってるんですけど。その店にその子が最近よく来るんですよ、家が近所だっていうわけでもないのに」

 「…………で?」

 「いや、あの。これって、脈あるんじゃないかなーと」

 「ないっしょ、はっきり言って」

 躊躇無くばっさりと切り捨てる、さすがクシナダさん。あまりに気持ちよく断言されてしまって、一瞬思考が停止した。そ、そんなにはっきり言うことないじゃないですか。まあ、たったそれだけのことで『もしかしたら脈があるのかも』なんて一人舞い上がっちゃってる俺がアホすぎるのかもしれないけど。

 俺はふと、今日岡元に言われた言葉を思い出す。

 「お前さ、有栖川に告白しろよ」

 岡元は突然言った。俺が屋上でSDカードを粉砕した直後、教室へ戻ろうとする途中のことである。

 俺がした事にずいぶんと腹を立てたり落ち込んだりしてそれまですっかり黙り込んでいた岡元が、やっと口をひらいて発した第一声がそれだった。

 「なに言ってんの、突然」

 「本気で好きなんだろ、有栖川のこと。じゃなかったら、あんなにムキにならないよな?」

 言われて、どきりとする。岡元が言う『好き』は、おそらく有栖川の容姿の良さに惹かれて彼女を半ばアイドルのようにもてはやしている男子たちが抱いている『好き』とは別の、もっと深刻な意味をもつ『好き』なのだろうと思った。

 何も言わない俺に、呆れたような表情で頭を二三度掻き、さらに岡元は続ける。

 「さっき俺、言ったじゃん。これから先、有栖川はどんどん遠い人になっていくし、だからチャンスは今しかないって。本気で好きなら告白しといたほうがいいんじゃないの、今のうちにさ」

 「何のために?」

 そう思ってしまう自分が情けなかったが、現に俺と有栖川の間には今のところクラスメイトであるという事以外何の接点もなく、俺は彼女と少しも親しくはない。当たって砕けるのが目に見えている、なのになぜ、わざわざ砕けにいかなければいけないのか。自然とそんな気持ちが湧き上がってくる。

「後悔、しないため。じゃない?」

 岡元は言った。おいおい、それがさっきまで女子の水着姿に鼻の下を伸ばし、そしてその水着姿の写真データを破棄した俺に本気でぶち切れて殴りかかってきた奴の言う台詞か?

 なんか妙に、かっこいいんだけど。

 「……正論だと思うけど。それをお前に言われるっていうのが、何か納得できない」

 俺は思ったままのことを言った。岡元もあながち自覚が無かったわけではないのか、明るく笑って「確かに」と答える。


「ねぇ。何考え込んでんの?」

 クシナダさんの声で、我に返る。いえ、別に。そう呟きながら、俺は焼きあがったたこ焼きを”舟”と呼ばれる木の皮でつくられた皿に詰めていった。

 告白、するのかな、俺。クシナダさんの言うとおり、はっきり言ってなんの脈もないのに、ほいほい当たって砕けに行くわけか。それを十分に理解していても、やはりどこかに「このままではいけない」という気持ちがあるのは、岡元の言ったことが確かに俺の心にひっかかっているからだろう。もしかしたら、岡元は家宝級の写真の数々をおじゃんにされた怨みを晴らすため、わざわざ俺を振られる方向性にもっていこうとあんなことを言ったのかもしれないが。

 そんなことを考えながら店のおもてに視線をやると、参道に敷かれた御影石が夕日に照らされて輝いているのが見えた。つまりそれは、神社の閉門の時間が近づいていることを意味している。閉門とともにこのたこ焼き屋も営業終了となるので、そしたら俺のシフトも終わり、家に帰れる。うれしいけど、今焼きあがったばかりのたこ焼きたちを閉店までにさばけるか、それが気がかりでもある。

 「一パック、もらえるかな」

 ふいに、正面から声がかかった。うつむいて作業していた俺は、一瞬それをクシナダさんの声かと思ったが、しかしその声は彼女のそれよりも繊細で、かつ女性らしかったので違うと気付く。

 まあ誰でもいい、一パックでも多く売れるならそれに越したことはないと思いながら、顔をあげると。

 「周防くん、上手なんだね。たこ焼き焼くの」

 そこに立っていたのは、有栖川真梨花だった。学生鞄をさげた制服姿の有栖川真梨花が、俺に天使のような微笑みを投げかけていた。

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