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きみは天使  作者: 奥汰由乃
【2】 きみの望み
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0 ◆ その天使はセシリアと呼ばれていた

 その天使はセシリアと呼ばれていた。




 名前の由来は誰も知らない。そもそも天使たちの名前――彼らは個体識別名とかしこまった言い方をするが――というのは、その天使が『発生』すると同時にいつのまにか名付けられ、そして自ら名乗る前にみなに知れ渡っているものだった。天使たちを発生させるのは言わずもがな神――天使たちは創造主と呼んでいるが――であるので、おそらくその個体識別名を決定しているのも神なのだろうと天使たちの多くは考えていたが、しかし中には、天使が発生した際に生じるコードの配列変更を数文字の人間の言語に変換して個体識別名として記録するようなシステムがこの世界にはあらかじめ存在するのではないかと考察する者もいた。

 セシリアは他の天使と異なり、その個体識別名のほかに『予言の天使』という発生以後に呼び習わされるようになった二つ名を持っていた。その名の通り彼女は非常に的中率の高い予言をする天使であったので、いつのまにやらそのような呼称が天使たちの間に広まっていたのである。

 未来を知るためには、『運命律』を解読する必要がある。しかし運命律の流れを完全に見通すことができる天使はセシリアの発生以前は一個体も存在せず、それどころかそれは神にすら困難な事であったため、未来の正確な予測というのはこの世界において実現不可能な事象なのだと天使たちの間では信じられるようになっていた。しかしセシリアはその例に漏れて、その発生から人間の時間に換算して約百年ほど経た頃から、運命律の流れを正確に読むことで神をも知り得ない未来を次々と言い当ててみせるようになったのである。彼女が約四二〇年前に地球の南半球で起こった大噴火を予言し的中させた際も、約二三〇年前に北半球の大陸で起こった国家を二分する大戦を予言し的中させた際も、天使たちは(そもそも滅多に感情らしいものを抱くことすらないというのに)非常に驚き、色めきたって彼女の噂話をし合ったものである。天使の能力には個体ごとに多少の優劣があったが、それでも神をも超えるほどの能力をもつ天使が、神が自ら図ったわけでもなく偶然に発生するなどというのは考えがたいことだった。ある天使は、ヒト発生以後世界が見舞われている大規模なエラーの影響でセシリアのようなイレギュラーが意図せず生まれたのではないかと予想し、また他の天使は、そのエラーを解消しようとする世界そのものの自浄作用が彼女を生み出したのではないかと想像したが、しかしその真相は誰にも、もちろん神にも、知りえないことだった。

 それゆえセシリアは、常に天使たちの間で最も注目される存在だった。彼女が少しでも目立った挙動をしようものなら、その顛末は驚異的なスピードで天使たちの間をくちびるからくちびるへと伝え広められていった。そもそも天使たちにはどうしてか、酷く噂好きな一面をもつ者が多いのである。天使たちが一様に無機質で起伏の少ない性格をしていることを鑑みると、ゴシップに下世話な好奇心を掻き立てられるような人間的な一面をもっているとは考えにくいので、むしろそれは『職務を遂行する上で少しでも役に立つと思われる情報は全て周囲の天使たちに伝え広めなければならない』といった義務感のようなものに忠実に従っているがゆえの行動と理解したほうが正しいのかもしれない。

 セシリアの発生以後、天使たちの間に尽きることなく語られた彼女にまつわる数多い噂のうち、彼らの興味を特に掻き立てた話題が二つある。そしてそれらは偶然にも、どちらとも二十年ほど前に広まった噂だった。

 一つ目は、セシリアがどうやら神から特殊な感情をもって接されているらしい、もっと言えば二人が人間で言うところの『恋愛関係』にあるらしいという噂。

 その噂を聞いて、天使たちの多くが創造主やセシリアには人間と同じように生殖の本能があるのだろうかと不思議に思った。恋愛とは、異なる遺伝子を持つ異性との間に子孫を残し、遺伝子をより多様にしていくことで生存の可能性を広げるという戦略に基づくヒト特有の行為であると天使たちの間では説明されていたからである。

 そして二つ目は――どちらかと言えばこちらの方がより強く天使たちの関心を引いたのだが――セシリアがこの世界が終わることを予言したという噂。

 正確に言えばそれは、将来的に世界を終焉へと導く可能性を孕んでいる人間が、近年この世界に生を受けるという予言だった。その人間の性別は男性で、地球上の現在『NIPHON』と呼称されている地域の何処か、おそらくは天使にゆかりのある土地、に数年以内に誕生するのだという。セシリアは、身体的特徴や両親が誰であるかは現段階では不明である、と前置きした上で、一つだけ既にわかっていることがあると語った。

 それは男の名前。その名はその地域においては比較的ありふれたもので、平凡すぎるというわけではないが特段珍しいというわけでもないため、残念ながら男の正体を特定する有効な手がかりにはなりそうもないということだった。

 その地域で一般的に使用されている文字で男の名前を表記すると、その複雑な造形が天使たちにはまるでコードの一種のように見えた。これは一体どのような意味をもつ名前なのかと尋ねる天使に、一体どこで伝え聞いたのか、セシリアは丁寧にこう解説した。

 この文字は樹木を表す。森の木々のように逞しく、根強く育って欲しいという意味が込められている。そしてその上に冠しているこれは、『かばい助ける』という意味をもつ文字。

 ただ強いだけではない、救いを求める他者に進んで手を差し伸べられるような優しい心をもった人物になって欲しいと、この名を与える人間はきっと彼にそんなことを望むのだろう、と。


 いつか世界を終わらせるかもしれない、その男の名は。

 



 その男の名は、『 祐樹 』と言う。


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