きみを守る
絶対にきみを守る、と、まるで恋愛ドラマのように芝居がかって胡散臭い台詞を、昔誰かに言ったことがある。
まだほんのガキだった頃だ。今の俺だって客観的に見ればガキだという気はしないでもないけど、とりあえずそれは置いておいて。
テレビの戦隊ものか何かに触発されて、守るべきヒロインをもつヒーローになりたいとでも思ったのだと思う。まだ風呂にも一人で入れず、油断すれば寝小便をすることさえあったくらいに幼くて何も出来なかったくせに。いや、それだけ幼かったからこそ、そんな夢を抱けたのかもしれない。
彼女の黒髪がつやつやと綺麗だったことだけ、覚えている。俺はある時泣きじゃくる彼女の手を握って、こういったのだ。
俺が絶対にきみを守るから。だから大丈夫。
そんな言葉を軽々しく口にする俺。上手く想像できず、そしてあまりに今の自分と遠くかけ離れているように思えて軽いめまいさえ覚える。
あの女の子、誰だったんだろう、思い出せない。必死に自分の記憶に検索をかけるが、手がかりになりそうなものさえ見当たらない。
ただ思い出そうとすればするほどなぜか悲しい気持ちになった。そんな恥ずかしい台詞を平気で口にできた愚かなのか勇敢なのか判断の難しい幼児の俺と、現在のぱっとしない自分との落差があまりに大きかったからなのか、それとも彼女もいない今の俺にはそういう言葉をかけられる異性がまるで思い当たらなかったからなのか、理由は分からない。ただ、なんだか軽くつねられたように、体の奥が鈍く奇妙に痛む。
きみを守る、そう言ったら。たしか彼女は、うれしそうに笑ったんだ。
果たして、俺は。幼い俺は、本当に彼女を守れたんだろうか。
守れなかったからこそ、今のような自分になったのかもしれないな。
そう思って、自然に口角が上がる。それから、自嘲的な笑いがこみ上げた。
けれど、笑っていてもなお、その奇妙な痛みは消えなかった。