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幼なじみ彼女との夫婦度診断、最後の一問だけ重すぎる

作者: 御子柴 流歌
掲載日:2026/07/14



「黎。トマト」


 昼休み。俺の弁当箱を覗き込んだ藤枝小春が、当然のように手を差し出してきた。


「見れば分かる。赤くて丸い」


「そういう確認じゃない。寄越しなよ」


「彼氏の弁当から嫌いなものを強奪する彼女がいるか」


「嫌いなら問題無いでしょ、何を被害者ぶってるの」


 小春は俺の返事を待たず、箸でミニトマトをつまんで行く。


 代わりに、自分の弁当からブロッコリーをひとつ置いてくる。


「待て。なぜ増えた」


「野菜の収支を合わせたのよ」


「弁当の中の野菜に収支という概念を持ち込むな」


「偏食家の健康管理には必要」


「高校二年生の彼氏を生活習慣病予備軍みたいに扱うな」


 向かいの席でパンをかじっていた榊原莉央が、深々とうなずいた。


「今日も夫婦やってるねえ」


「やってない」「付き合ってはいるけど、夫婦ではない」


 俺と小春の否定が重なる。


「そういうところなんだよなあ」


 莉央の隣で紙パックの牛乳を飲んでいた森田まで訳知り顔をした。


 俺と小春は幼なじみで、家が隣で、物心つく前から一緒にいる。


 付き合い始めたのは三か月前だが、莉央いわく「交際歴三か月、夫婦歴十二年」らしい。まったくもって意味が分からない。


「……というわけで、こんなものを用意しました」


 莉央が机の下から一枚の紙を取り出した。どういうわけだろうか。


 上部には、丸っこい字体でこう書かれている。


『新婚さん向け! ふたりの夫婦度チェック』


「どこから出した」


「家庭科室の古雑誌」


「なぜ持ち出した」


「先生に許可は取ったし」


「手続きだけは堅実だな」


 小春が紙を受け取り、眉を寄せる。


 少々検分したが、要するに『お互いの考えていること・思っていることを当てまSHOW』というタイプのモノらしい。


 さながら古代の道楽、コロッセオで戦うニンゲンを上から眺めるようなモノだ。


「新婚さん向けでしょう。私たちには関係ない」


「大丈夫。事実婚みたいなものだから」


「高校生に適用する言葉じゃない」


 っていうか、たぶん用法も間違えていると思う。


 しかし結局のところ、小春は紙を俺との間に置いた。


 こういう診断を一番くだらないと言いそうなくせに、始まると最後までやるタイプなのだ。


「第一問。相手の好きなおにぎりの具は?」


「鮭」


「昆布」


 同時に答える。正解。


「第二問。相手が朝、最初にすることは?」


「二度寝」


「カーテンを開ける」


 また正解。


「黎、二度寝は行動に含めていいの?」


「一度起きてから寝てるんだから立派な行動だ」


「立派ではない」


「小春はカーテン開けて朝日に敗北して、三秒くらい目を閉じるよな」


「見てたの?」


「窓が向かいだから見える」


「朝から幼なじみ彼女を観察……」


「莉央、その言い方をやめろ。防犯上の相互監視だ」


「付き合う前から?」


「防犯上の相互監視だ」


 小春が無言で俺の脇腹をつついた。


 第三問。


 相手が怒ったときの対処法。


「放っておく」


「プリンを渡す」


 俺たちは同時に答え、互いの顔を見た。


「俺、プリンで機嫌直してたのか」


「自覚なかったの?」


「もっとこう、誠意ある謝罪とかで解決してるものかと」


「謝ってるわよ。その謝罪のあとにプリンがあるから」


「じゃあやっぱりプリンが本体じゃねえか」


 単純すぎるだろ、俺。反省の余地がある。


 しかし、小春への反撃の余地もある。


「ちなみに小春は放っておくと、自分の中で勝手に反省会を始めて十五分で戻ってくる」


「……二十分よ」


「そこ訂正する必要ある?」「誤差じゃね?」


 莉央と森田が同時にツッコミを入れつつ、採点係でもないのに丸を書き込んでいく。


「怖いくらい当たるね」


「積み重ねた年月が違うんだな」


「お前は何目線なんだ、森田」


 問題はさらに続いた。


 相手の苦手な教科。


 よく使う口癖。


 コンビニでつい買うもの。


 落ち込んでいるとき、そっとしてほしいか、話を聞いてほしいか。


 どれも、ほとんど迷わなかった。


 というか、小春が俺のことを把握しすぎていて若干怖い。


「黎は緊張すると右手の親指を触る」


「待て。俺も知らんぞ、それは」


「今やってるでしょ」


 あ。


「……これは違う。親指の位置確認だ」


「一日に何回見失うの?」


 そんなこんなで、診断結果は九十八点。


「すごい! 『あなたたちは理想の夫婦です』、だって」


「だから、夫婦じゃないっての」


「二点はどこで落としたの」


「……そこ気にするんだ、小春」


 若干気にはなるけども。


 そんなこんなでちょうど予鈴まであと五分。


 莉央が紙を畳もうとしたところで、森田が裏面に気づいた。


「まだ最後の一問あるぞ」


「もういいんじゃない?」


「ここまで来たらやる」


 小春が即答した。


 妙なところで完走欲が強い。


 森田が設問を読み上げる。


「十年後、あなたは相手と、どんなふうに過ごしていたいですか」


 ——急に重い。


 さっきまで好きなおにぎりの具を聞いていた紙が、いきなり人生設計に踏み込んできた。


 教室の騒がしさが、少しだけ遠くなる。


「これは飛ばそう」


 莉央が珍しく気を遣った。


 だが、小春はすでにペンを持っていた。


「別に。書くだけなら」


 平然とした声だった。


 だったら俺だけ逃げるのも格好がつかない。


 紙を半分に隠し、互いに見えないように書く。


 十年後。二十七歳。


 仕事をしているのか、どこに住んでいるのか。そんなことは分からない。


 ただ、小春がまったくいない未来を想像すると、妙に静かすぎる気がした。


「せーので見せてね」


 莉央の合図で、紙を開く。


 俺の答え。


『今みたいに、くだらないことで言い合いながら飯を食っていたい』


 小春の答え。


『今みたいに、くだらないことで喧嘩しながら一緒にご飯を食べたい』


「…………」


「…………」


 ほぼ同じだった。


 莉央も森田も黙っている。


 普段なら百倍は騒ぐくせに、こういうときだけ空気を読むな。余計に恥ずかしい。


 小春が、少しだけ視線を伏せた。


「……だって、十年後も、ふつーに好き嫌いしてそうだし」


「たしかに、お前は十年後も人の弁当にブロッコリー入れてそうだな」


「入れないと食べないでしょう」


「まあ」


 喉が妙に乾く。


「小春が隣にいるなら、たぶん食うよ」


 言ってから、自分で何を口走ったのか理解した。


 小春の耳が一気に赤くなる。


「……私も」


 小さく息を吸ってから、小春は俺を見る。


「黎の隣なら、十年後も――」


「はい終了!」


 俺は紙を奪い取った。


「ちょっと、まだ言ってる途中」


「九十八点で十分だ! 百点は教育上よろしくない!」


「なにその採点基準」


「そもそも十年後もトマト処理係を続けさせる気か。労働契約として重大な問題がある」


「では福利厚生として、ブロッコリーを支給します」


「現物支給にも限度があるだろ」


「年二回、プリン賞与」


「前向きに検討します」


「入社するんだ」


 莉央が吹き出し、森田が机を叩いて笑った。


 ようやく教室の音が戻ってくる。


「じゃあ結婚式の余興、私たちが夫婦漫才やるね」


「呼ばない」


「そもそも結婚しない」


 また、俺と小春の声が重なった。


 そのあと一秒だけ目が合って、どちらからともなく逸らす。


「……少なくとも、今は」


「……うん。今はね」


「おーい! また急にラブへ戻るな!」


 莉央の悲鳴みたいなツッコミに、俺たちは揃って弁当箱を閉じた。


 十年後のことなんて分からない。


 けれどたぶん、そのときも俺たちは、こうして必死に話を逸らしている。


 隣同士で。


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