幼なじみ彼女との夫婦度診断、最後の一問だけ重すぎる
「黎。トマト」
昼休み。俺の弁当箱を覗き込んだ藤枝小春が、当然のように手を差し出してきた。
「見れば分かる。赤くて丸い」
「そういう確認じゃない。寄越しなよ」
「彼氏の弁当から嫌いなものを強奪する彼女がいるか」
「嫌いなら問題無いでしょ、何を被害者ぶってるの」
小春は俺の返事を待たず、箸でミニトマトをつまんで行く。
代わりに、自分の弁当からブロッコリーをひとつ置いてくる。
「待て。なぜ増えた」
「野菜の収支を合わせたのよ」
「弁当の中の野菜に収支という概念を持ち込むな」
「偏食家の健康管理には必要」
「高校二年生の彼氏を生活習慣病予備軍みたいに扱うな」
向かいの席でパンをかじっていた榊原莉央が、深々とうなずいた。
「今日も夫婦やってるねえ」
「やってない」「付き合ってはいるけど、夫婦ではない」
俺と小春の否定が重なる。
「そういうところなんだよなあ」
莉央の隣で紙パックの牛乳を飲んでいた森田まで訳知り顔をした。
俺と小春は幼なじみで、家が隣で、物心つく前から一緒にいる。
付き合い始めたのは三か月前だが、莉央いわく「交際歴三か月、夫婦歴十二年」らしい。まったくもって意味が分からない。
「……というわけで、こんなものを用意しました」
莉央が机の下から一枚の紙を取り出した。どういうわけだろうか。
上部には、丸っこい字体でこう書かれている。
『新婚さん向け! ふたりの夫婦度チェック』
「どこから出した」
「家庭科室の古雑誌」
「なぜ持ち出した」
「先生に許可は取ったし」
「手続きだけは堅実だな」
小春が紙を受け取り、眉を寄せる。
少々検分したが、要するに『お互いの考えていること・思っていることを当てまSHOW』というタイプのモノらしい。
さながら古代の道楽、コロッセオで戦うニンゲンを上から眺めるようなモノだ。
「新婚さん向けでしょう。私たちには関係ない」
「大丈夫。事実婚みたいなものだから」
「高校生に適用する言葉じゃない」
っていうか、たぶん用法も間違えていると思う。
しかし結局のところ、小春は紙を俺との間に置いた。
こういう診断を一番くだらないと言いそうなくせに、始まると最後までやるタイプなのだ。
「第一問。相手の好きなおにぎりの具は?」
「鮭」
「昆布」
同時に答える。正解。
「第二問。相手が朝、最初にすることは?」
「二度寝」
「カーテンを開ける」
また正解。
「黎、二度寝は行動に含めていいの?」
「一度起きてから寝てるんだから立派な行動だ」
「立派ではない」
「小春はカーテン開けて朝日に敗北して、三秒くらい目を閉じるよな」
「見てたの?」
「窓が向かいだから見える」
「朝から幼なじみ彼女を観察……」
「莉央、その言い方をやめろ。防犯上の相互監視だ」
「付き合う前から?」
「防犯上の相互監視だ」
小春が無言で俺の脇腹をつついた。
第三問。
相手が怒ったときの対処法。
「放っておく」
「プリンを渡す」
俺たちは同時に答え、互いの顔を見た。
「俺、プリンで機嫌直してたのか」
「自覚なかったの?」
「もっとこう、誠意ある謝罪とかで解決してるものかと」
「謝ってるわよ。その謝罪のあとにプリンがあるから」
「じゃあやっぱりプリンが本体じゃねえか」
単純すぎるだろ、俺。反省の余地がある。
しかし、小春への反撃の余地もある。
「ちなみに小春は放っておくと、自分の中で勝手に反省会を始めて十五分で戻ってくる」
「……二十分よ」
「そこ訂正する必要ある?」「誤差じゃね?」
莉央と森田が同時にツッコミを入れつつ、採点係でもないのに丸を書き込んでいく。
「怖いくらい当たるね」
「積み重ねた年月が違うんだな」
「お前は何目線なんだ、森田」
問題はさらに続いた。
相手の苦手な教科。
よく使う口癖。
コンビニでつい買うもの。
落ち込んでいるとき、そっとしてほしいか、話を聞いてほしいか。
どれも、ほとんど迷わなかった。
というか、小春が俺のことを把握しすぎていて若干怖い。
「黎は緊張すると右手の親指を触る」
「待て。俺も知らんぞ、それは」
「今やってるでしょ」
あ。
「……これは違う。親指の位置確認だ」
「一日に何回見失うの?」
そんなこんなで、診断結果は九十八点。
「すごい! 『あなたたちは理想の夫婦です』、だって」
「だから、夫婦じゃないっての」
「二点はどこで落としたの」
「……そこ気にするんだ、小春」
若干気にはなるけども。
そんなこんなでちょうど予鈴まであと五分。
莉央が紙を畳もうとしたところで、森田が裏面に気づいた。
「まだ最後の一問あるぞ」
「もういいんじゃない?」
「ここまで来たらやる」
小春が即答した。
妙なところで完走欲が強い。
森田が設問を読み上げる。
「十年後、あなたは相手と、どんなふうに過ごしていたいですか」
——急に重い。
さっきまで好きなおにぎりの具を聞いていた紙が、いきなり人生設計に踏み込んできた。
教室の騒がしさが、少しだけ遠くなる。
「これは飛ばそう」
莉央が珍しく気を遣った。
だが、小春はすでにペンを持っていた。
「別に。書くだけなら」
平然とした声だった。
だったら俺だけ逃げるのも格好がつかない。
紙を半分に隠し、互いに見えないように書く。
十年後。二十七歳。
仕事をしているのか、どこに住んでいるのか。そんなことは分からない。
ただ、小春がまったくいない未来を想像すると、妙に静かすぎる気がした。
「せーので見せてね」
莉央の合図で、紙を開く。
俺の答え。
『今みたいに、くだらないことで言い合いながら飯を食っていたい』
小春の答え。
『今みたいに、くだらないことで喧嘩しながら一緒にご飯を食べたい』
「…………」
「…………」
ほぼ同じだった。
莉央も森田も黙っている。
普段なら百倍は騒ぐくせに、こういうときだけ空気を読むな。余計に恥ずかしい。
小春が、少しだけ視線を伏せた。
「……だって、十年後も、ふつーに好き嫌いしてそうだし」
「たしかに、お前は十年後も人の弁当にブロッコリー入れてそうだな」
「入れないと食べないでしょう」
「まあ」
喉が妙に乾く。
「小春が隣にいるなら、たぶん食うよ」
言ってから、自分で何を口走ったのか理解した。
小春の耳が一気に赤くなる。
「……私も」
小さく息を吸ってから、小春は俺を見る。
「黎の隣なら、十年後も――」
「はい終了!」
俺は紙を奪い取った。
「ちょっと、まだ言ってる途中」
「九十八点で十分だ! 百点は教育上よろしくない!」
「なにその採点基準」
「そもそも十年後もトマト処理係を続けさせる気か。労働契約として重大な問題がある」
「では福利厚生として、ブロッコリーを支給します」
「現物支給にも限度があるだろ」
「年二回、プリン賞与」
「前向きに検討します」
「入社するんだ」
莉央が吹き出し、森田が机を叩いて笑った。
ようやく教室の音が戻ってくる。
「じゃあ結婚式の余興、私たちが夫婦漫才やるね」
「呼ばない」
「そもそも結婚しない」
また、俺と小春の声が重なった。
そのあと一秒だけ目が合って、どちらからともなく逸らす。
「……少なくとも、今は」
「……うん。今はね」
「おーい! また急にラブへ戻るな!」
莉央の悲鳴みたいなツッコミに、俺たちは揃って弁当箱を閉じた。
十年後のことなんて分からない。
けれどたぶん、そのときも俺たちは、こうして必死に話を逸らしている。
隣同士で。




