第3話「花」
(復興するにも、お金がかかる……)
人口が多ければ多いほど、都市の復興に潤沢な資金を注ぐことができる。
それだけ多額の税金を納めているから、復興作業が優先されると言われれば、それまでの話。
でも、あらためて平和になった大都市の美しさを目の当たりにすることで、世界は平等にできていなかったということに気づかされた。
「アトリ、この店は?」
魔王との戦時中は自分のことで精いっぱいで、市民の生活に気が回らなかった。
でも、心に安らぎを得るための宿屋を経営するとなれば、商売相手になるターゲット層というものにも気を遣わなければいけないのだと気づかされる。
「アトリ」
「あ、すみません」
魔法以外のことで商売を始めることの難しさに頭を抱え、きっと眉間に皺を寄せていたのだと思う。
黒猫カイルは足を止め、琥珀色の瞳で私を見つめてくる。
「この店、どうかなって」
「お……お高そうですが……」
雑貨屋さんと思われるお店の看板には、きらきらと輝くクリスタルらしきものが装飾されている。
魔王討伐部隊の後方の後方の後方にいたような魔法使いにとっては縁遠いお店を提案され、私は素直にいいですねと首を縦に振ることができずにいた。
「寝ると食べるって、生きていく上での基本だと思う」
「それは間違っていないと思います」
恐らく魔王との戦時中での物資不足という状況下では、最も戦力となる勇者カイルに潤沢な物資が与えられてきた。
そのときの経験があるせいか、カイルの言葉には説得力があった。
「食事が美味いってことに越したことはないけど、食事って、客が持ち込むこともできるなって」
「あ」
宿屋というネーミングに囚われて、経営者が宿屋経営のすべてをまかなって、お客様をもてなすものとばかり考えていた。
「寝具って、持ち歩きできないだろ」
「確かに……」
「上等な寝具を用意できんのは、経営者であるアトリの特権なんだよ」
目の前にいるのは黒猫カイルということもあり、カイルはおおらかな態度で大きく伸びをした。
「利用料金は、そのとき考えようぜ」
「っ、カイルっ」
黒猫カイルは器用に扉を押すと、カランと優しい鈴の音が響いた。
「いらっしゃいませ」
店員さんですらも格式高い印象を与えてくるものだから、お金が貯まったら真っ先に衣服を新調しようと決意を新たにする。
「このお店で最高級の寝具を五部屋分、配達でお願いします」
「かしこまりました」
魔王を討伐した際に得た報奨金は、死ぬまで何もしなくても食べていけるだけの額があるらしい。
(死ぬまで、何もしなくてもいい……か)
それが、幸せなのか。
それが、本当の幸せなのか。
答えに詰まらせるのも事実で、この問いには人の数だけ答えがあることにも気づいている。
(それだけの活躍をしたって、わかってるけど)
勇者カイルにとって、真の幸せとはなんなのか。
隣にいる彼に問いかけてみたくなったけど、最高級の寝具を手にできるとわかった彼はとても満足そうな笑みを浮かべている。
そんな深刻な話をしている場合ではないと、口を慎む。
「あ」
配達の手続きを行っている間、ふと視線を外へと向けた。
窓の向こうでは、花売りの少女が赤いマントを風に揺らしながら、街ゆく人々に声をかけていた。
「カイル、花売りですよ」
相棒の黒猫に話しかけたところで、不審に思う店員は誰一人いない。
魔法が存在することのありがたさを噛み締めながら、花売りが抱えた籠の中身に心をときめかせる。
「花売りって、花屋みたいな?」
「そうですね。店舗を構えたり、露店を出しているのが花屋。ああやって店舗を持たずに花を売り買いする人を、花売りと呼んでいます」
窓を凝視するように見つめると、彼女が手にした籠には色鮮やかな花が詰め込まれているのが確認できる。
花売りの少女が売り買いしようとしている花々を見つめてはいるものの、彼女が手にした籠から一向に花は減っていかない。
「……いいな」
ぽつりと言葉を漏らしたのは私ではなく、カイルだった。
口数少ないという設定でいくはずが、カイルは率先して言葉を漏らした。
「買っていきますか?」
優しい力加減で唇を噛むカイル。
花に未来への希望を託しているのかなってことが伝わってくるけれど、お金の使いどころをカイルはカイルでしっかりと考えているようだった。
「いや……生花は、持ちが悪い」
「魔法で、少しは寿命を延ばすこともできますが」
「結局は、ゴミになるだろ?」
「その意見に反論はできませんが……」
黒猫のカイルは窓を見つめることをやめて、ぴょんと窓際から去ることを選んだ。
雑貨屋に置かれた瓶詰にされた魔法石や乾燥させたハーブを眺めている姿が寂しげに見えたため、元配下としてカイルのお供をする。
「私は、お花、好きですよ」
「最終的に、ゴミになんのに?」
花をゴミと称する割に、黒猫カイルの肩はうなだれているように見える。
「咲いていた頃の思い出や、誰かからいただいたという想いが残れば、いつか来る別れも寂しくないのかなと」
カイルにとっては綺麗事かもしれないけれど、私は何ひとつ嘘を吐いていない。
自分の考えに恥じることなく、自分の気持ちがはっきりと伝わるように、彼の背後から声をかけていく。
「次の花に出会うために生きるのも、なんだかスローライフっぽくないですか」
スローライフという言葉の使い方が合っているのかという判断はできなくても、時間に囚われずに花を育てる楽しみがあるのもいいと思った。
「命あるもの、いつかは寿命を迎えます。でも、命は繋がっていくものですから」
緻密な細工が施された掛け時計で時刻を確認しようとしたとき、私は店員さんに声をかけられた。
小さなポーチを取り出して、勇者カイルの報奨金から寝具の支払いを済ませていく。
見知らぬ女が、勇者カイルの財産に手をつけているという噂が流れたらどうしてくれるのか。
そんな疑問や不安が浮かび上がってくるものの、なんとかなるんじゃないかって気持ちにさせられるのは伝説の勇者様が傍にいてくれるからかもしれない。




