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第7話「夢」

「……一緒にご帰還された方は?」

「一応、生存者はいる」


 星空の静けさを崩さないように、彼は穏やかな声で言葉を紡ぎ続けた。


「かといって、生存者の一人と結婚って流れにはならないから」

「ふふっ、そうでしたね」


 その言葉を最後に、私たちは言葉もなく夜空を見上げていた。

 言葉では表現できない美しさと平和な時間を共有できていることが嬉しすぎて、言葉が必要ないときもあるのだとカイルから教えてもらう。


「生存できたからこその幸福……知ってもらいたい」


 カイルの言葉に呼応するように、風が木々を揺らす音が心地よく響いた。

 自然の風ですらも、異世界から転生してきた勇者様の味方をしているかのような演出。

 魔法使いとして、ほんの少し嫉妬する気持ちがあるのも事実。


「ゆっくり飯を食べたり、星を眺めたり、自分の手で植物を育てたり……生きてれば、なんだってできるってことを知ってほしい」


 でも、カイルなら、まるで物語のような奇跡を起こし続けることができるんじゃないか。

 そんな期待が生まれてくるのも、また本当のことだった。


「体験してもらうための宿屋……いいかもしれません!」

「確かに、スローライフには最適な環境下が揃ってるな」

「この村に逃げ込んできて、正解でしたね」

「偶然にもな」


 カイルの横顔をちらりと見つめ、前世では起きることのなかった奇跡が積み重なっている意味を噛み締めていく。


「実は俺、夢があって……」


 深い息を吐きながら、言葉を探していくカイル。

 スローライフ生活を送りたいと言っていた彼は、はっきりと夢を口にできていた。

 けれど、今は自分の夢を口にすることを躊躇っているように思えた。


「その夢に、私も混ぜてください」


 星明かりと月明かりに見守られているせいなのか、カイルが傍にいるせいなのか。

 自分の中に優しい気持ちが生まれてくるのが分かって、その優しさはカイルの心を守りたいという気持ちへと繋がっていく。


「まだ、何も言ってないんだけど」


 苦笑いと言えるかもしれないけど、カイルは柔らかな声と表情で笑ってくれた。


「でも、うん。なんか、アトリなら笑わないで聞いてくれるって思った」


 魔法使いヴァレミとして生きていた頃は、勇者カイルの夢を聞く機会なんてあるはずもなかった。

 でも、人生をやり直すことで、私はカイルの夢を聞く機会を得た。

 あり得ない、あり得ないの連続は、私の心を表情を次から次へと喜ばせてくれる。


「自分の手で、花を育てたい」


 星明かりと月明かりに見守られながら、カイルは自分の中で大切に育ててきた夢を言葉にした。


「育てた花を、亡くなった人たちのために」


 カイルが花を、ゴミと称した理由が分かってしまった。


「まあ、俺の自己満足なんだけど」


 遺族にとって、勇者から送られた花がどういう意味を持つか分からない。

 感激のあまりに涙を溢れさせる遺族もいれば、家族を救ってくれなかった勇者がくれた花なんて……と、ゴミにしてしまう遺族もいる。

 遺族の気持ちが見えてこないからこそ、カイルは自分の夢を自己満足と称した。


「魔王の討伐に成功したって、失われた命が数多くあるのも事実だろ?」

「……そうですね」


 勇者に帯同した魔法使いヴァレミ()も、その一人。

 私は決して悲観的になることなく、小さな笑みを浮かべながら彼の言葉に応えた。

なぜなら、カイルの瞳が未来を向いていたから。


「蘇生魔法が存在しないなら、俺にできるのは花を供えることくらいしかできないなって」


 彼が悲観的になってもいないのに、私が口角を下げるわけにはいかないと思った。

 彼の瞳が星の光が映り込んだような輝きを魅せたからこそ、私は涙を堪えて無理矢理にでも口角を上げてみせた。


「とても、とても……」


 魔王との戦争で亡くなった人たちのために、そんなことを思ってくれていた人がいることを初めて知った。


「とても」


 勇者に帯同した魔法使いその一で人生は終わるはずだったのに、花を供えたいと思っている人と巡り合うことができた。


「素敵な夢だと思います」


 輝く星たちに目を向けていた私たちの視線が重なり合って、二人で一緒に口角を上げて笑った。


「まあ、偉そうなこと言っておきながら、自己満足なわけですけど」


 大切なのは、遺族がどう思うか。

 それを分かっているカイルなら、この先どんなことがあっても乗り越えていけるかもしれない。

 でも、私は彼の夢に手を添えたいと思った。


「まずは宿屋を、花でいっぱいにしないとな」

「カイル」


 花を育てるという行為に、未来への不安が付きまとうなんて変な話かもしれない。

 でも、カイルの未来を託した花々に、不安という感情だけを与えるということはしたくない。


「私も、その旅にお供してもよろしいでしょうか」


 彼の手を取る勇気はないけれど、気持ちだけは彼の手を取るくらいの勢いで彼と接していく。


「花が咲く時期は、大忙しですね」


 カイルの許可を得ずに話し続けていることが不安になってきたせいか、自分の口が早口になっていくのが分かる。

 名残惜しそうに星空へ最後の視線を向け、私は宿屋に戻るために歩の向きを変えようと試みる。


「アトリ」


 手を取り合っているわけではない。

 手が触れ合っているわけでもない。

 それなのに、カイルに名前を呼ばれると胸が熱くなってくるのを感じる。


「大忙しになったら、それはスローライフって言わない」


 風が吹き抜ける。

 私がこの地を踏みしめたときに感じた草原の香りが漂ってきて、また新しく今日から人生の生き直しが始まるんじゃないかという予感に駆られる。


「俺たちらしく、俺たちのペースで」


 家の扉が静かに閉じられ、草の匂いを感じられなくなった。

 それなのに外壁と屋根の修繕が未完成のせいで、夜の空気だけは宿屋の中に入り込んできてしまうところは残念に思ってしまった。


「俺の夢、一緒に叶えてくれたらうれしい」


 そんな残念さすら笑顔に変わってしまうのは、自分が一人で生きていないからだと思った。


「喜んで」


 勇者のお供その一は、決して勇者カイルには手が届かないまま命を終えた。

 でも、今の自分には、必ず言葉を返してくれる存在がいる。

 カイルが傍にいてくれることの幸福を知ることで、心が大きく満たされていくのを感じる。

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