第6話「ゆとり」
「マーポッカの出汁粉と、塩こしょう……」
不慣れな手つきだからこそ、炒め飯を焦がさないように気を遣う。
(マーポッカの出汁粉があるなんて……)
鳥型モンスターのマーポッカを出汁に使うことがあると知識にはあっても、実際にマーポッカを狩って、捌いて、と言う工程を行うのは料理人くらい。
一般家庭の人たちに出汁というものは無縁だと思っていたけれど、平和な世の中では出汁粉という新たな調味料が開発されたことに感嘆の声を上げてしまう。
「火力、火力……」
冷たいご飯を鍋に投入すると、一気に火力が増した。
料理人が炒め飯を作るとご飯が一粒一粒ぱらぱらと分離していくらしいけれど、そこまでの技術が私にあるはずもなく。
でも、人に食べてもらうご飯ということもあり、具材と調味料が均一に混ざり合うように慎重に仕上げていく。
「ん、美味しい」
勇者カイルは宿屋を盛り上げる仲間とはいえ、お客様という立場でもある。
お客様に提供するご飯ということもあり、味見はしっかり。
満足いく仕上がりになった炒め飯を皿に盛りつけていると、鍋の中に用意していた卵と海藻のスープが炎魔法の力を借りて温まったことを確認する。
「出汁を使ったスープ……」
スープの味つけといえば、塩こしょうと醤油くらいしか存在しない。
それをスープと称していたくらい、魔王との戦火のさ中は美味しい食事というものとは無縁だった。
「今なら、コンソメも作れちゃうかも」
もちろん稼がなければ、生きていくことはできない。
お金を稼ぐための時間は消費してしまうけれど、平和になった世界でなら今料理に時間をかけることができる。
時間がかかって仕方がないと言われていたコンソメだって、本物のマーポッカから出汁を取ることだってできるようになった。
(これが、スローライフなのかな)
できないと思っていたことが、できるようになった。
手早く作って、急いで食事をしなければいけなかった戦争は、もうどこにも存在しない。
(カイルの世界には、素敵な言葉があるんだね)
ますます異世界への憧れが強くなったような気もするけれど、今は遠い未来で女神様と再会することを考えなくてもいいと思った。
「よしっ」
朝食は簡素的なものを用意したけれど、夕飯はがっつりと食べることができるように工夫してみた。
マーポッカの出汁粉を使って旨味を増した炒め飯。
作り置きのトマトと焼きナスのサラダ。
たまごと海藻のスープ。
これらでカイルの栄養をすべて調整できているのかも分からない料理普通レベルの私は、外で作業しているカイルを呼びに行くために宿屋の出入り口の扉へと向かった。
(まだ作業してる)
スコップの音で、ざくっ、ざくっという土を掘り起こしている音がする。
どこから手を付けていいかもわからない庭からではなく、カイルの体力を回復させるのに役立ったホーピスクローバーが育っていた花壇近くから手を付けている。
数日前に花壇の草取りを終えたことで、種を植えやすくなっているはず。スコップで土を掘る音は止まない。
「カイル、できました……」
相変わらず、ぎぃぃという音が鳴る扉を開ける。
すると、そこには花壇で作業しているカイルだけでなく、満点の星空とはこういうものだと示すお手本のような美しい夜空が私を待っていた。
「すごい星の数ですね……」
「こっちも褒めてくれ」
「褒めてもらうための作業ではありませんよね」
「おっ、さすがは相棒」
花壇の前にしゃがみ込んでいるカイルは、種をひとつひとつ丁寧に並べていた。
月明かりと星明かりだけでも十分に作業できる量の光が降り注いでいることに驚きながらも、ゆっくりと作業中のカイルへと近づいた。
「今、帰る……」
「待ってますよ」
きっとここでカイルを放置していくと、彼は作業が終わるまで宿屋の中には入ってこないと思った。
「魔法がある限り、何度でも温め直せますから」
「出来立てを食べないのかって怒るかと思った」
「だって、魔王様との戦争のさ中は、冷たいご飯が当たり前でした」
「食事を温めてもらうために、魔法使いの元に人が殺到したっけ」
魔王討伐部隊の戦闘を行くカイルと、魔王討伐部隊の後方の後方にいた魔法使いヴァレミとでは、食生活にも雲泥の差があると思っていた。
でも、それぞれの食事事情に、それほど大きな変化はないのだと教えてもらう。
「そんなに人が殺到したら、魔法使いが魔力切れ起こしちゃいますよね」
「禁止って言われてることほど、人はやりたくなるよな」
「だから、魔法使いは本領を発揮できなかったのでは?」
「言えてる」
最後の種を蒔き終えたらしく、カイルは顔を上げた。
自分に付いた土を払いながら立ち上がり、私と一緒になって星が空で輝く様子を眺める。
「昔は、星を眺める余裕もなかったですね」
「ただただ、前を向いてきたからなぁ」
星の観察をしている場合ではなく、宿屋では作りたてのお夕飯が私たちを待っている。
でも、魔王を討伐するときには一緒にいなかったはずの私たちの会話が噛み合っていくことに、大きな喜びを感じる。
動かさなければいけない足も、思わず止めてしまう。
「でも、今は星を眺める余裕がある」
「カイルのおかげですね」
「みんながいてくれたからだよ」
カイルは、そんな嬉しい言葉を向けてくれる。
でも、実際は勇者カイル一人でも魔王を討伐することはできたのではないかと言われるほど、カイルの力はほかの魔王討伐部隊の力を凌駕していた。
「俺、前世では、すっげー弱虫だったから」
勇者一人でも問題ないと言われていた旅路。
「プレゼントした花が捨てられたの見て、泣いちゃうくらい」
異世界側にもプライドというものがあったらしく、転生者一人に旅路を任せることはできないという理由から勇者カイルには数えきれないほどのお付きが用意された。
「だから、隣に誰かがいてくれるって、すっごく心強かったんだよ」
カイルはいつもの爽やかな笑みを浮かべながら、過去の戦禍に向けて感謝の気持ちを言葉に乗せていく。




