第4話「願い」
「お会計、終わりましたよ」
出入り口に置かれていた繊細な飾りで彩られた鏡を覗き込むと、寝具を買い揃えたときのカイルのような満足げな笑みを浮かべていたことに少し照れる。
「カイル?」
「勇者様と同じ名前の子猫なんですね」
「はい」
店内にいるはずのカイルに声をかけたはずなのに、反応を返してくれたのは店員さん。
慌てずに、冷静な声色を装う。
変に動揺してしまったら、黒猫のカイルは勇者カイルが化けた姿だと気づかれてしまうかもしれない。
「世界を救ってくれた勇者様のお名前は、縁起がいいかなと」
「今年は、カイルという名前が流行りそうですね」
子猫に変身するという魔法を使ったこともあり、物が多い店内でカイルの姿を見つけるのは苦労しそうだと思ったときのことだった。
「カイル、帰りますよ」
彼は、窓際にいた。
窓に顔の跡が残りそうなほど、外の景色を食い入るように見つめている。
「いつかは花いっぱいの宿屋で、お客様をお迎えしたいですね」
カイルの聴覚が私の声を拾ってくれたらしく、黒猫カイルの耳がぴくりと反応を示してくれた。
「終わったか?」
「こちらは」
「お疲れ」
くるりと尾を揺らしながら、黒猫カイルは私の肩へと飛び乗った。
自分の足で歩きたい気持ちはあっても、歩く速度のことを考えてのことかもしれない。
「次は、どこ行きたい?」
「食料品を取り扱っているお店に……」
話題は、花の話にならない。
わざと会話の内容を別のものに誘導されているのか、本当に花への興味がないのか。
カイルの気持ちを汲むことができずにいると、店の外で花売りの少女がぽつりと長椅子に腰かけている様子が目に入った。
「売れ残りますね」
花への興味は失ってしまったかもしれないけれど、街の様子について話すくらいなら許されると思って話題を振ってみる。
「切り花の命は、そんなに長くありませんから」
花売りの少女がある程度の魔法の使い手だとすれば、ほんの少し花の寿命を延ばすことは可能かもしれない。
でも、カイルの言う通り、最終的に枯れた花々はゴミ行きへとなってしまう。
「やっぱりな」
「何がですか」
「綺麗っていう一時の感情で、人は花なんて買わない……」
「カイルは、どうしたいですか」
本当に避けたい話題だったら、カイルは私の肩から飛び降りればいい。
でも、小さな子猫は、その選択を選ばなかった。
「今は、他人のことを考えずに」
一瞬だけ視線は逸らしたけど、琥珀色の瞳は魔法使い見上げてくる。
「カイルの人生に、お花は必要ですか」
私としっかり目線を交えたあと、カイルは再び花売りの少女に目を向ける。
「お金がたくさんあるのなら、花を買い占めることも可能です」
籐で編み込まれた籠の中には、鮮やかな花々が詰め混まれている。
でも、この都市では、花の彩りは周囲の喧騒に紛れてしまう。
花になんて興味がないと言わんばかりに、大勢の人たちが花売りの少女の前を足早に通り過ぎていく。
「カイルがやりたいのは、花を買い占めることですか」
花売りの少女は確かに存在しているのに、誰もが彼女の存在に目を留めない。
「違う」
カイルは、はっきりと言葉にした。
「アトリ、力を貸してくれないか」
黒猫カイルの瞳の向こう側に、勇者カイルを見た気がした。
それは気のせいでもなんでもないとわかってはいるけど、黒猫カイルと勇者カイルが重なった瞬間に頼もしさのようなものを抱いた。
(カイルがいるだけで、世界が鮮やかになっていく)
右手の人差し指を差し出す。
すると、彼は黒猫の前足を掲げてくる。
「ハイタッチ、ですね」
「頼んだ」
「お任せください」
私が笑みを向けることに成功すると、カイルも口角を上げて穏やかに頷いた。
「すみません」
太陽の光が都市全体を明るく照らし、青空がどこまでも広がっていくように思えた。
もう太陽が絶望という名の闇に覆われることのない都市の片隅で、ひっそりと呼吸を繰り返す彼女に声をかけた。
「魔法花を取り扱ってるなんて、珍しいですね」
「お姉さん、魔法使い……?」
「魔女の帽子がなくて、ごめんなさい」
魔法花は別に悪さをする花の総称ではなく、輝きが増すように魔法の力で調整された花のこと。
魔法の力がなくても花は美しく咲くことができるのに、大昔の魔法使いは花の美しさに手を加えてしまった。
そんな歴史があっての今があるけれど、一般の人からすれば魔法花は不気味な美しさを放っているとも言えるのかもしれない。
「戦争が終わったのに、少しも売れなくて……」
籠の中には、魔法で輝きを増した花々が敷き詰められている。
まるで青い炎のように燃え盛る花や、星屑のようなキラキラとした光を放つ花びらを持つ花が私を出迎える。
「魔法花を売ってるということは、ほかのお花の取り扱いはないということですか」
「あるけど……全部、うちに置いてきちゃった」
「魔法花の方が、高く売れますものね……」
花売りの少女の気持ちもわからなくはない。
魔法花と普通の花を販売したとき、魔法花の方が単価が高い。
大都市で売るのなら高価な魔法花という案も間違ってはいないけれど、この都市では分が悪いということらしい。
「お金持ちの人なら、魔法花を買ってくれると思ったんだけど」
まだ十六、十七歳のような見た目の少女だけれど、花売りという立派な商売をしている以上はしっかりとした考えを持っていた。
「お姉さん、買ってくれない?」
「私、お金持ちに見えます?」
「あー……」
花売りの少女が、とても残念そうな表情で私を見てくる。
それだけの格好をしてるのだと自覚はあるからこそ、早めに女神様からいただいた洋服は新調したいと思う。
「ですが、お買い物をしたいと思って、お声がけしました」
花売りの少女は驚きながらも、ゆっくりと視線を上げた。
その瞳には、お金を持っていないことへの警戒心と少しの期待が浮かんでいる。
「花の種を、定期的にいただけませんか」
少女は一瞬、ぽかんと口を開いた。
その姿が恥ずかしかったのか、すぐに口を閉じて少し戸惑った様子で答えた。
「かなり上等な魔法花とお見受けします。普通のお花の質も高いのかなと」
「ええ……両親の腕は確かだけど、店を構えるほどの余裕がなくて……」
花売りの少女の言葉に、肩に乗っている黒猫は興味をそそられているようだった。
「定期的に購入することで、多少の利益になるとは思うのですが」
「でも、種から育てるなんて手間……」
「その手間を、買いたいと思ったんです」
売り物の花ではなく、種を買いたいという物珍しい客を相手にしているのに、花売りの少女は笑みを浮かべた。




