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年下彼氏と恋するには

作者: yuriha
掲載日:2025/11/29

1.夕暮れの中の出会い


 歩道橋の上で、支倉結(はせくらゆい)はたたずんでいた。

 休日が終わろうとする日曜日の夕暮れはただでさえ気持ちが沈みがちになってしまうのに、さっきの出来事のせいで結の心はもっと沈んでいる。


「ごめん、友だちに戻ろう」

 そう告げてきたのは、中学時代から付き合っていた桜井貴彦(さくらいたかひこ)だった。

 桜井は中学へ入学した頃からとても気の合う異性の友だちで、2年生に上がる頃に告白されて付き合い始めたのだ。

 彼は先生やクラスメイトたちにも頼りにされる人柄で、結にもいつも優しく接してくれていた。

 結にとっては初めての彼、初めての交際、自分なりに心を開いているつもりだったのだけど。

「結とは少し距離を感じるんだ。友だちの関係を乗り越えられないのかもしれない」

 ためらいがちに桜井はそう言ったのだ。


「自分から告白してきたくせに」

 思わず本音が漏れる。

 歩道橋の下では赤信号で停車していた車やトラックが、青になると同時に一斉に走り出していく。

 エンジン音にかき消されるなら、いま口に出しても大丈夫だろう。

 結はスーッと息を吸うと、「ばかっ!!」と叫んでやった。

 すると、「す、すみません」と後ろから謝罪の声が聴こえた。

 振り向くと、中学生らしき少年が結のそばに立っていた。

「あの、足元に僕の手袋が…」

 風で飛ばされたのか、黒い手袋の片方が結の立っている靴横に転がっている。

「あ…気づかずにごめんなさい。どうぞ」

 結は手袋を拾うと軽く汚れを払ってから、少年に差し出した。

「ありがとうございます」

 受け取りながら少年はペコリと頭を下げる。


「………」

「………」

 お互い沈黙が流れる。過ぎ去る様子のない少年を、結はじっと見た。

 中学生で幼い顔をしているのに身長は結よりも高い、スラリとした細めの体形の少年だ。

 寒がりなのか青色のマフラーを首にしっかりと巻いていて、結が拾った手袋もゴソゴソとはめた。

「さっきの、聴いてました?」

 気まずくなって結が尋ねると、少年は結を見つめてからコクンと頷く。

「聴こえちゃいました…すみません」

 悪くないのに、少年はまた謝る。

「ずっと、そこに立っていますよね。30分くらい」

「そ、そんな前から見てた?」

「いえ、その…この歩道橋ってあまり立ち止まる人がいないので。もしかして…と思いまして」

 車通りの多い道路の上にある歩道橋で、立ち止まった結が身を投げるのではないかと少年は思ったらしい。

「そんなふうに見えてたんだ?あはは、実は彼氏に振られちゃって」

「そうですか。それで、ここでずっとタイミングを見て…」

「いや、だから飛び降りようなんて思ってないから!」

 少年の早とちりに結は慌てて否定する。

「振られたくらいで身投げしてたら、命がいくつあっても足りないでしょ」

「まぁ、そうですね」

「でもそのくらい深く落ち込んではいたの。帰り道にいつもここを通るから、なんとなく景色を見てたら夕日がキレイだなって思って」

「そうですね。今日は夕日がとてもキレイだ」

 沈みゆく夕日を見つめて少年はふと笑う。その表情はとても穏やかで優しくて、結はドキッとした。

 2人は太陽が沈むまで、互いに何も言わずじっと空を見つめていた。



2.あれから


「おはようございます、結さん」

 12月16日、朝7時。

 いつものように歩道橋で声をかけられ、結は走ってくる少年の方に視線を向けた。

「おはよ、楓くん」

 小走りで駆けてきた白瀬楓しらせかえでは、結の顔を見るとにこりと笑う。相変わらず爽やかな少年だ。


 あの日から、結は楓と度々ここで顔を合わせるようになり、やがて連絡先を交換するようになった。

 中学3年だという楓は、もうすぐ高校受験だ。そして結は3月には高校を卒業する。

「受験勉強は順調?」

「はい。結さんはもう大学が決まっているんでしたっけ?」

「と言っても、付属だから高校のお隣りだけどね」

「よかった。それなら今よりも会える機会が増えそうです」

 楓はサラリと嬉しいことを言う。結と同じ高校を希望しているとは聞いていたが、受験はまだなのにもう受かる気持ちでいるらしい。

 歩道橋から15分ほど歩くと、駅前にたどり着く。結はいつもこの駅から電車に乗って4つ先の駅近くにある高校へ通っているのだ。

「じゃあ、勉強がんばって」

「結さん」

 結が改札へ歩こうとすると楓が引き留めた。ふわりと首にマフラーを巻いてくれる。

「今日は冷えるから、これ使って」

 さっきまで楓が首に巻いていた青色のマフラーだった。ほんのりと温もりが残っている。

「え、でも楓くん寒がりだったはずじゃ…」

「学ランの下に重ね着してるから平気。それに自主練代わりにまだ走るから」

 楓は手を振ると走り出してしまった。人混みに消えていく楓を見送ると、結はまた改札へと体を向ける。


「ふっ、ふっ、ふー。見たわよ!」

 改札の前でそう声をかけられて結はギョッとする。親友の白瀬沙月しらせさつきだった。

「びっくりした!沙月かぁ」

「わが弟ながら、いい気遣いだったわ。私の教育のたまものね」

 沙月はニヤニヤしながら結に笑いかける。

 沙月は楓の姉で、あの日の出会いのことを話したときに「それ、うちの弟かも。同じこと話してた」と教えてくれたのだ。

 その接点もあって、あれから楓とは話す機会が増えたように思う。

 2人は話ながら改札を通って、ホームへの階段を上がった。電車に乗る列に並ぶと北風が冷たく吹いて、楓が巻いてくれたマフラーがありがたかった。

「まぁ、優しいよね。楓くん」

 結がつぶやくように言うと、沙月は自慢げに笑った。

「子どもの頃から、女の子には優しくしなさいって私や母がうるさく言っていたからよ。中学に入って急に背が伸びて、なんだかモテモテになっちゃったみたいだけど」

「あはは、わかるかも」

「姉の私から見ても我が弟は真面目でいい子よ。それに比べて、あいつはこんないい加減な奴だったとは思ってもみなかったけど!」

 沙月は隣りの列にチラリと視線を向けた。結がそれをたどって隣りを見ると、同じ高校の桜井貴彦が手を振っていた。

 沙月はツーンとした態度で気づかないふりをする。仕方なく結が手を振り返した。

「甘いよ、結。あんな奴なんかに手を振らなくていいのに」

「まだ怒ってるの、沙月?もう気にしてないよ」

「男女の友情なんて、私はないと思っているからね」

 別れたのに友だちでいられるなんて…と、沙月はあきれ顔だ。

「いいんだよ、これで」

 別れたからと言ってもクラスは同じだし、進学する大学も同じだ。関わりをなくす方が難しいのだから、何もなかったように接するほうが楽でいい。

「だったら、楓はどう?」

「え…?」

「年下でもよければ、楓はオススメよ。姉の私が保証する!」

「沙月ってば、無理して慰めなくていいよ。もう大丈夫だから」

 結がまだ傷心だと思って、沙月はそう言ってくれているのだろうと思った。


 中学、高校と一緒だった桜井貴彦とは腐れ縁だった。

 ずっと一緒にいるのが当たり前だったから、これが恋なのか結自身わかっていなかったのだが告白してきたのは桜井だった。

 手を繋いだりキスをするくらいの健全な交際が続き、4年付き合ってきた先月に別れを切り出してきたのも桜井だった。

『結とは、やっぱり友だちの方が合ってるみたいだ』

 そうして友だちに戻ろうと言われたことに結も納得はしていたが、その後すぐに桜井に新しい彼女ができたと知った時はなぜか涙が溢れて止まらなかった。

「恋ってなんだろう…」

 周りの女の子たちは恋バナに話題を咲かせるが、結にはそのときめきがよくわからない。だが、桜井と付き合っていた時は毎日が楽しかったのは事実だ。

「あんた、小学生みたいなこと言って」

 沙月が呆れたように笑う。

「深いこと考えないで、いいなと思った人と付き合ってみたらいいんじゃない?結は可愛いから出会いがたくさんあるよ」

「そういう沙月だって付き合っている人いないじゃない」

「あたしは理想が高いの。そのへんで妥協しない主義だから」

 明るく言う沙月に結は吹き出して笑ったのだった。



3.近くて遠い存在


「楓くん、待って」

 改札口で、そう呼ぶ女の子の声がして結はハッと振り返った。

「ちょっと話があるの。少し時間ちょうだい、お願い!」

 白瀬楓に頼み込む女の子は、楓と同じ学校の制服姿だった。その子の後ろに、控えめに立っている別の制服の女の子もいる。

「えっと…5分くらいしか時間ないけど。それでいいなら」

「ありがとう!こっちへ来てくれる?」

 女の子は楓を駅の隅の方へ連れていくと、もう1人の女の子と2人にさせて場所を離れていく。

「告白、かな」と思いながら、結は改札を出て歩いた。

 いつも楓と待ち合わせている駅前の公園のベンチに座ると、さっき見た光景を思い出す。

 沙月が言っていたように楓はモテるのだと実感する。

「結さん」

 すぐ近くで楓の声がして、結はドキッとした。

「わっ…びっくりした。楓くん、もういいの?」

 いつの間にか楓が目の前に立っていて、結は思わず口走ってしまう。

「もしかして見てました?」

「や、その、偶然!ちょうど改札口を通ったから。ごめんね」

「謝らなくていいのに。ここは寒いから行きましょう」

 楓は結の手を取ると立ち上がらせて歩き出す。いつもしている手袋はなく、楓は手を繋いだまま自分の制服のポケットの中に入れた。

「結さん、手冷たいですね。待たせてしまってすみませんでした」

「そんなに待ってないよ。それより…繋いだままだけど」

 結が顔を赤らめて小さな声で言うと、楓はクスッと笑った。ポケットの中で握る手にキュッと力を込める。

「イヤですか?」

「い、意地悪な聞き方だよね、楓くん」

「イヤじゃないなら、このままでお願いします。結さんの手が温かくなるまで」

 それだけ言うと楓は黙った。歩幅を結に合わせて歩いてくれて、こういう所も優しいんだなと気づく。

 着いた先は商業ビル施設の中にある映画館だった。



 2時間近くの上映が終わると、結と楓は近くのカフェに入った。

 カフェオレを飲みながら、結はさっき観た映画のパンフレットを出してパラパラとページをめくっていく。

「どうでしたか、映画?」

 楓が訊く。

「よかった、すごく感動しちゃった。女子に人気って言われているのもわかる気がする」

「結さんにそう言ってもらえてよかったです。知り合いにチケット貰ったものの、僕はこういう恋愛映画って観に行くのは少し苦手で」

「沙月とは行かないの?」

「姉と恋愛映画へ行くなんて、それこそないですよ。お前に足りないのはこういう所だって、ずっと説教されます」

 その様子が思い浮かんで、結は笑った。

「この俳優さん、最近とても人気だって学校でもみんな話してるけど、楓くんも知ってる?」

「ええ、まぁ…よくテレビに出ていますから」

 楓の少しそっけない様子に、興味ないのかなと結は思う。

「沙月は実はファンですよ。彼が出ている番組は全部チェックしているほどの筋金入りです」

「知らなかった!沙月、そんなこと今まで話したことなかったから」

「あ、じゃあこれは内緒で。僕がバラしたと知ったら恐ろしいことになりそうです」

「わかった、内緒ね」

 まずい、という顔をした楓に結はまた笑ってしまう。

「そろそろ帰りましょう。送っていきます」

「うん。でも送らなくても大丈夫だよ。まだ20時過ぎだし、楓くんが遠回りになっちゃう」

「夜道は危ないですから、送ります」

 もう一度強く言われて、結は頷いた。


「あら、結。おかえり」

 家の前に来ると、ちょうど飼い犬の散歩から帰ってきた母と出くわしてしまった。

「お母さん…」

 楓と一緒にいる姿を見られて、楓のことをなんて紹介しようかと思い悩んでいると。

「初めまして、白瀬楓と言います。姉の沙月がいつもお世話になっております」

「ああ、沙月ちゃんの弟さん?どうもこんばんは」

 母が愛犬のポメラニアンを抱き上げて楓に軽く会釈をすると、楓は深々とお辞儀をした。

「今夜は結さんを遅くまで連れまわしてしまって申し訳ありません。今後は遅くならないよう気をつけます。では、僕はこれで失礼します」

「ご丁寧にありがとう。気を付けてね」

 母が言うと楓は頷いた。

「楓くん、送ってくれてありがとう」

「うん、またね。結さん」

 結がお礼を言うと、楓は優しく笑った。帰っていく後ろ姿を見送りながら、母は感嘆する。

「まぁ~、しっかりした子ねぇ。いくつなの?」

「中学3年生…」

「いいわね、年下彼氏。お母さん、応援しちゃう」

「付き合ってないから。偶然知り合って、それが沙月の弟だったの」

 家の玄関に入りながら結が慌てて否定すると、母は愛犬の足の汚れをタオルで拭きながらクスッと笑う。

「そんなこと言ってると、あっという間に他の女の子に持ってかれちゃうわよ~。年下だけど素敵な男の子だもん」

 母の言葉に結はドキッとする。

 今日、楓に告白をした女の子の姿を思い出した。楓はそのことについて何も言わなかったから、結はずっと心に引っかかっていた。

「楓くん、なんて返事をしたんだろう…」

 気にはなったが聞けない。

 そもそも自分は楓とどういう関係なのだろうと、改めて考えても答えは見つからない。

 その日を最後に、翌日から楓と会えない時間が増えていくことで結の不安は広がっていったのだった。



4.クリスマスのプレゼント


 2学期の終業式が終わって、結は沙月と駅前にあるイタリアンのお店でランチをしていた。

 当たり前のように結の隣りに座っている男に、沙月は不機嫌で冷たい視線を送っている。

「なんであんたがいるのよ、桜井」

「偶然会った仲だろ。いいじゃん、俺も混ぜてよ」

「はぁ~…明日はクリスマスだって言うのに気分が台無し」

 沙月の言葉に動じず、

「ほら、沙月。パスタきたぞ」

 と桜井は店員から料理を受け取ると沙月の前に置いてくれる。

「結もほら。俺はここのハンバーグを楽しみにしてたんだよなぁ」

 結にも沙月と同じサーモンのクリームパスタを置いてくれると、桜井は手を合わせてから自分が注文したハンバーグを食べ始めた。

 結とはあんな別れ方をしたものの、今でもこうして優しく接してくれている。

 沙月はそれ以上、桜井に文句を言う気が失せたようでフォークを手に取った。

「そういえば、桜井。あんた彼女いたじゃない。こんな所で他の女子とランチ楽しんでいていいの?」

「いいの、いいの。気にすんなって」

 結も気になっていたことを沙月が訊くと、桜井は口に入れていたハンバーグをゴクリと飲み込んでから答えた。

「俺、別れたから」

「は?」

「えっ!」

 沙月と結が同時に驚いた。

「まだ2ヶ月も経ってないでしょ」

「んー…なんかワガママが多いっていうかさ。毎日電話しろだの、メッセージ送れだの、とにかくめんどくさくなった。ちょうど冬休みに入って会わずに済むから助かったよ」

 あっさり話す桜井に、沙月はまた呆れ顔になる。

「女の子はね、好きな人に構ってほしいの。ずっと自分のことを想っていてほしいって言うか、ふとした時に連絡がほしいって思っちゃうものよ」

「へえ~、沙月はそうなんだ?」

 桜井が茶化すように言うと、沙月はムッとする。だが、悪気はないのだろう。桜井は言葉を続けた。

「長い付き合いだから知ってるけど、沙月は口は悪いけど女の子らしい所あるよな。なぁ、結?」

「うん。沙月、とっても可愛い」

 クスクスと結が笑うと、沙月はめずらしく顔を赤く染めた。

「もう、結までからかって。さっさと食べてショッピング行くわよ」

「はーい」

 結より先に桜井が返事をすると「ショッピングまで付いてくる気?」と沙月は顔を引きつらせたのだった。


 食事を終えて店を出ると、商業施設のビルの階上へエスカレーターで上がっていく。

 クリスマスムードもピークを迎え、あちこちの専門店ではセール開催中だ。

「今年は屋上にツリーとイルミネーションがあるんだって。夕方になったら点灯するから見に行きましょ」

 沙月の提案に結はコクンと頷く。

「沙月、何か欲しいものない?クリスマスプレゼント、私から沙月へあげたいな」

 結がそう言うと、沙月は結をギュッと抱きしめた。

「わぁ、嬉しい。じゃあ、あたしも結にあげる!」

「俺も俺も!2人にプレゼントあげるよ。みんなで交換しようぜ」

 桜井は結と沙月を雑貨屋へ引っ張っていくと、ピンクと水色の2枚のハンカチを選ぶ。

「これ、卒業式で使って。俺のハンカチが結と沙月の涙を受け止めてあげるからさ」

「なにそれ、気持ち悪い」

 そう言いながらも沙月は楽しそうだ。結もつられてクスクスと笑った。

 それぞれラッピングをしてもらい桜井が渡してくれると、「ありがとう」と結は素直に受け取った。

 別れてから、こんなふうに友だちとして楽しく過ごすのは久しぶりだった。

 桜井はふざけた事を言いながらも気遣ってくれているにちがいないと思った。

「結、あたしからはコレ」

 いつの間にかプレゼントを選んでいた沙月が、キラキラと輝く石のスマホストラップを見せる。透き通った石が3つ付いていて、その先には赤色の石が光っていた。

「わぁ、キレイ」

「これ、誕生石なんですって。結はガーネットでしょ?」

「うん。それなら私も沙月にエメラルドを贈ろうかな」

「いいね、お揃いにしよっか」

 そうして2人はラッピングしてもらうと交換をして受け取る。

「いいプレゼントが見つかってよかったな」

 桜井が言うと、結と沙月は目を合わせてから紙袋を差し出した。

「あんたにも、あたしたちからプレゼント。勘違いされても困るから、ラッピングはしてないわよ」

「みんなお揃いのストラップだよ。桜井くんはルビーだね」

 桜井は驚いた様子ながらも受け取ると、袋の中を開けて嬉しそうにする。

「沙月、結、ありがとう。マジで俺、嬉しいんだけど!」

「中学からの付き合いの友だちとして、よ。でもあたし、男女の友情なんて信じてないから。ちょっと、わかってるの?」

 沙月の言葉を聴いているのかいないのか、桜井はさっそく自分のスマホに取り付けるとポケットにしまう。

「大事にするよ」

 意外なほど喜ばれてしまって沙月も悪い気はしないのか、少し微笑んでいた。そして、結の手を引いて屋上へのエスカレーターに乗る。

「そろそろ点灯するはずだから、早めに行きましょ」

「うん」

 結は返事をしながら、そっとポケットに包みをしまった。それを後方にいた桜井はじっと見ていた。



5.イルミネーションの前で


 17時。辺りはすっかり暗くなりつつあって、屋上庭園の中央には大きなツリーが光っていた。

 周囲の木々にもイルミネーションが点灯し、あっという間に人だかりも増えてくる。

「結、写真撮ろうよ」

 沙月に言われて、結は景色がキレイそうな場所を選んで沙月と横に並んだ。もちろんカメラマンは桜井だ。

「おーい、楓!」

 遠くから、よく知った名前を呼ぶ声が聴こえた。パシャッと写真を撮ってから結は、声がした方を振り向く。

「どうしたの、結?」

 隣りにいた沙月も気づいて、その目線を追った。

「先に行くなって!捜したぞ、楓」

 明るく声をかける少年の先に、白瀬楓がいた。暗がりで表情はよくわからないが、その少年に返事をする様子はない。

「楓くん、待って。先に行くんだもん、歩くの早いよ~」

「ホント、少しは待ってくれてもいいじゃん」

 その後ろから2人の女の子たちがバタバタと走ってくる。結はドキッとした。先日、駅で見かけた時に楓と一緒にいた女の子たちだった。

「…そっか。付き合うことになったのかな」

 結が悲しそうに呟くと、沙月は結の手を引く。

「あっちへ行こ」

 最近結の様子がおかしかったのはあいつのせいかと気づくと、弟の楓がこちらを見ないうちに移動することにした。

「どうした、知り合いでもいたか?」

「う、ううん。違ったみたい」

 桜井に訊かれて結は歩き出す。顔が青ざめて、胸がドクドクと音をたてていた。

 あの子、お似合いだったな…と駅で見かけた光景が頭から離れない。なぜこんなにショックを受けているのかもわからなかった。

「人が多くて酔っちゃったのかもね。もう帰ろう」

 沙月の提案に桜井は同意して、結の荷物を持ってあげた。


 エスカレーターに乗ろうとしたその時、

「結さん!」

 向こうから楓が駆けてくるのが見えた。

「見つかったか~。勘のいい子なんだから、もうっ」

 沙月がため息をつく。

「あの子も友だちと来てたのかもね。どうする、会ってく?」

「…約束、してないから。邪魔しても悪いし」

 2人の会話を聴いていた桜井は、近くに来た楓の存在に気づく。

 自分と別れてから、結は年下の男子と会っているという噂は聞いていた。それがコイツか、と桜井は理解した。

「結さん、お久しぶりです。最近、時間が合わなくて、朝も会えなくてすみません」

 楓が申し訳なさそうに話しかけると、結の姿を隠すように桜井が立ちはだかった。

「結になんの用?」

 軽く睨んでやると、楓の表情が硬くなった。楓は目線を桜井に移すと冷ややかな声で答える。

「どこの誰かは知りませんが、邪魔です。そこをどいてください」

「結に用があるなら俺を通してもらおうか」

 桜井の言葉に楓は少し沈黙をした。

「ああ、もしかしてあなたですか?自分から告白したくせに、自分から振った元カレというのは」

 思い出したように言う楓の言葉に痛いところを突かれ、桜井はガクッと膝を付いた。

「な、なんでそれをっ」

「ごめーん、桜井。そいつ、あたしの弟なの」

 後ろから沙月が言う。

「お前、弟いたのかよ…てか、身内に変なことバラしてんじゃねぇ!」

「ごめん、ごめん。まさか会うことないと思って」

 まったく悪びれた様子なく沙月は笑った。

 そんなやり取りを見つめていた結は、桜井の前に出ると楓と向き合う。

「楓くん、お友だちが待ってるよ」

 震える声で結が言うと、楓は後方で待つ友人らをチラッと見てから結の顔を覗き込む。

「結さん、体調悪いんですか。顔が真っ青です」

「ううん、大丈夫。もう帰るから」

「それなら僕が送っていきます。あいつらに話してくるので…」

「ダメだよ。デート中でしょ。せっかくのイルミネーション、楽しんできて」

「え…?デートって」

 楓の言葉を最後まで聞かず、結は背を向けた。沙月は、やれやれ…とため息をつく。

「楓、結のことはあたしに任せて。今日はこのまま結を帰らせてあげてよ」

 2人の間に何かがあってこじれているのだと沙月は悟った。沙月に言われて、楓は諦めたように立ち去っていく。

「似てねーな、沙月と弟。性格が正反対じゃん」

 桜井が驚いたように呟くと、沙月は頷いた。

「親からもよく言われてるわよ。あの子の優しい性格が少しでも沙月にあればね~って」

「はぁ?お前の親、本気でそう思ってるのか?あいつ、結構したたかな奴だと思うけどな、俺は」

「どういう意味よ?」

「いや、男にしかわからんかもな。それより早く結を連れて帰ってあげよう。本当に気分悪そうだ」

 沙月の腕の中で、結はグッタリとしている。

「風邪、ひいちゃったのかしら。結のお母さんに連絡するわ」

 沙月は電話をしながら桜井と結の体を支えると、ゆっくりと歩き出した。結のコートに入れていたポケットからプレゼントがぽとりと落ちる。

「沙月、悪い。少しだけ結を支えてて。落とし物しちまった」

 そう言って桜井はそれを拾うと、自分の上着のポケットにしまいこんだのだった。



6.好きな気持ち


 12月24日、クリスマス。

 あれから結は熱を出して、自分の部屋のベッドで過ごすことになってしまった。

 午後になると熱は下がって、軽い食事なら食べられるようにはなった。

 ピコピコンとスマホの通知が届いて、枕元に置いていたスマホを手に取る。

【結、体調はどう?連れまわして風邪をひかせちゃってごめん】

 沙月からのメッセージに、結はクスッと笑う。

「沙月のせいじゃないのに」

【クリスマス、ゆっくり休んで寝てれば、きっとサンタがプレゼントを届けに来るよ】

 沙月らしい優しさに結は「ありがとう」のスタンプを送った。


 昨日は沙月と桜井にとても迷惑をかけてしまったと思い返す。

 それに楓にもーーーー

「楓くんに冷たい態度を取っちゃったな」

 心配そうにしていた楓の顔を思い出すが、すぐに女の子の存在が浮かんできて結はギュッと目をつむった。

 クリスマスが過ぎれば年末年始、そしてすぐ受験だ。自分と違って楓は成績がいいと沙月が言っていたから、心配なく合格するだろう。

 このまま、もう接点を持たず会わないでいればこの気持ちはすぐ忘れるだろうと考えていた。


 ピンポーン…

 家のインターホンが鳴った。

 結はハッと目を覚まし、いつの間にか眠っていたのだと気づく。部屋の掛け時計を見ると、時刻は17時を差していた。

「結、起きてる?」

 部屋のドアの向こうから母が声をかけてきた。

「うん、起きてるよ。なぁに?」

「お届けものよ」

 母はクスクスと笑うと、「さぁ、入ってちょうだい」と誰かに言っている。

 ガチャと開いたドアから現れたのは楓だった。

「お邪魔します」

「か、楓くん⁉ちょっと、お母さん!」

 結は枕元に置いていたマスクを慌ててかけると、乱れていた髪を手で整えながら母を睨んだ。

「お見舞いに来てくれたんですって。少しだけならお話していいでしょ。楓くん、帰る時は声をかけてね」

「はい、ありがとうございます」

 楓がペコリと頭を下げると、母はにこにこして手を振ってドアを閉めた。


 急な来訪に結の頭の中は、「どうしよう、どんな顔してればいいの?」と同じ言葉がグルグルと回っている。

 それに比べて楓は相変わらず冷静で、結のいるベッドのそばに来るとストンと床に座った。

「体調、どうですか?」

 ジッと結の顔を見つめて楓は問いかけた。

「あ…うん。熱は下がったからもう大丈夫」

「よかった。先日はとても顔色が悪かったので心配しました」

 楓が優しく笑うと、結は胸がキュンとする。ああ、やっぱりこの笑顔が好きだなと思ってしまった。

「あの、その時のことですけど…」

「待って!ストップ!」

 楓が言いかけると、結は耳を塞いだ。

「聞いたらダメな気がするから、何も言わないで」

「いえ、聞いてください。このまま誤解されていたら僕の立場も悪くなるだけなので」

「…誤解?」

「はい、あれはデートではありません」

 楓はきっぱり言った。

「ずっと前に、結さんと映画を観に行った日。待ち合わせの前に駅でクラスメイトの女子たちに呼び止められたのを、覚えていますか?あれ、僕の友だちを紹介してほしいとお願いされたんです」

「私、てっきり楓くんが告白されているのかと思ってた」

「イルミネーションの前で一緒にいたのが親友の衣川いかわって奴で、彼女らはあいつ目当ての女子だったんですよ。僕はその待ち合わせ場所まで連れて来てほしいと頼まれたから一緒にいただけで、デートなんかじゃないんです」

 結は拍子抜けしたようにホッとして楓を見つめた。楓は結の手に触れると、キュッと優しく握る。

「黙っていてすみません。親友のプライベートのことなので言わなくていいかと思っていたんです。それと、最近そいつから受験に向けて勉強を教えろと急な連絡がきてて、朝も授業後もずっと付き合わされていたので結さんに連絡をすることもできずになっていました」

「そう、だったんだ。忙しかったんだね」

「僕があまりにスマホを気にするので、勉強している衣川と一緒にいる時は没収されてたんですよ。ひどい奴ですよね」

 困ったように言う楓に、結もクスッと笑う。

「結さんに何も言わないまま会えない日が続いて、昨日久しぶりに会えたのは本当に嬉しかったんです。でも、結さんを見て気づきました。僕は結さんに不安を与えて傷つけていましたよね。すみません」

「そんな事は…」


 しばらく沈黙でいると、楓はリュックから何かを取り出して結の手の平に置いてみせた。結が楓にいつか渡そうと思っていたプレゼントだ。

「それ、落として失くしたと思ってたの。どうして楓くんが?」

「結さんと一緒にいた桜井とか言う人が、僕に渡してきたんです。俺もお揃いだけどなって自慢げに言ってました」

「…ついでに言うなら、沙月ともお揃いなんだけどね」

 結は苦笑いしながら、もっと違うものを選ぶべきだったなと後悔する。

「僕へのプレゼントと思ってもいいですか?開けてもいい?」

「うん」

 結が頷くと、楓はラッピングのリボンをほどいて袋を開けた。

「ストラップだ。結さんもお揃いですか?」

「そうだよ。ここの石が誕生石になってるの。楓くんは4月生まれって聞いたから、ダイヤモンドの石なんだけど」

 結が自分のスマホに付けているストラップを見せると、楓は手に取ってジッと見つめた。

「結さんはガーネット、1月生まれですね。お揃いで嬉しいです。ありがとうございます」

 楓はにこりと笑うと、結の手を両手で握りしめる。

「結さん。僕はあなたよりずっと年下で、まだ子どもかもしれません。でも結さんへの気持ちは誰にも負けないし、この先も絶対に変わりません。だから、いつか聞いてくれますか?その時までもう少し待っていてもらえますか?」

 初めて顔を赤くしながら、楓は結を見つめて言った。

「私、待っていてもいいの?」

 結の目から涙が零れる。まだ中学生の楓には4つも年上の結の気持ちは重いだろうに、それでも楓は精一杯受け止めてくれようとしている。その気持ちが嬉しかった。

「お願いします。頑張って、早く大人になりますから」

「焦らなくていいよ。ちゃんと待ってるから」

 涙を拭いながら答える結を、楓はそっと抱きしめたのだった。



7.恋する2人


 ゴーン、ゴーン…

 12月31日、23時40分。近くのお寺で除夜の鐘が鳴り響いていた。

「お待たせ~、結」

 いつもの駅前にいると、沙月が遠くから手を振ってくる。隣りには桜井の姿もあった。

「そんなに待ってないよ。桜井くんも一緒だったんだ」

「そこでバッタリよ。もう、なんでコイツとの遭遇率が高いわけ?」

 イヤそうに沙月が言うが、桜井はまったく気にした様子もなくニコニコしている。


「結、聞いたよ。沙月の弟と、とりあえず順調なんだってな」

 桜井と会うのは、あのプレゼント交換の日以来だった。おそらく沙月がそれとなく話をしていたのだろう。桜井の横で沙月は「ごめん」と言いたげに両手を合わせたジェスチャーをしている。

 結はクスッと笑った。

「そう言っていいかはわからないけど、桜井くんにはお礼を言わなくちゃと思ってたの。あのプレゼント、拾ってくれて楓くんに届けてくれてありがとう」

「当然だろ。俺は結の友だちだからな。友だちの恋は応援する!」

 威張って言う桜井の横で、沙月は複雑な表情をした。

「あたしより結の親友みたいな顔をするの、やめてくれない?男女の友情は成り立たないって言ってるでしょ」

「冷たいなぁ、沙月。俺は沙月の恋だって応援してやるのに」

 桜井がしょんぼりしたように言っても、沙月はツンとしている。

「結構よ。あたしは理想が高いの」

「結、沙月が俺をいじめる~」

 桜井が冗談ぽく結の体に触れて後ろに隠れると、

「勝手に触らないでもらえますか」

 パシッと桜井の手を叩いて楓が言った。


「おお、やっと来たか。楓くん、待っていたよ」

 ムッとしている楓とは逆に、桜井は無駄に明るい。

「あなたに待たれる覚えはありませんけど。早く結さんから離れてください」

 楓は結の手を引いて、桜井の元から引き離した。そのまま繋いでいる手にキュッと力を込める。

「楓くん、手が冷たい…」

「すみません、手袋を忘れました」

「じゃあ、マフラーはしてね。寒がりなんだから」

 クスクスと笑いながら、結は楓がずっと前に貸してくれた青色のマフラーを首に巻いてあげた。

「結さんだって寒いでしょ」

「大丈夫。手を繋いでたら温かいよ」

 そう言って、結は再び手を繋ぐ。

「お母さんもご一緒ですか?」

「うん。でも近所の人に会ったから、初詣終わったら合流しようって言って向こうへ行っちゃった」

「じゃあ、それまでは手を繋いでても大丈夫ですね」

 楓はにこりと笑う。

「やれやれ。お邪魔のようだから、あたしはあっちへ行くね」

「沙月、俺も一緒に行くよ」

「やだ、付いて来ないでよ!」

 そう言い合いしながら、沙月と桜井は結たちから離れていく。


「あの2人は、昔からあんな感じなんですか?」

「そうだね。私と桜井くんが付き合う前から、ずっとあんな調子」

 楓が訊くと結は頷いた。

「桜井くんには私よりも、沙月のほうが合ってるかもしれないってずっと思ってた」

「それはないですね」

 楓が即答する。

「沙月には昔から想っている人がいますし、桜井さんもきっとそれに気づいてますよ。だからこそ、あんなふうに言い合える関係なんじゃないかな」

「そっか。私って勉強不足だよね、恋って難しい…」

 しょんぼりする結に、楓は「僕もです」と言って笑う。

「僕もよくわからないので、これからは2人で考えていきましょう。一歩ずつ、ゆっくりと」

「そうだね。一緒なら心強い」

 寄り添ってそう言ってくれる楓の優しさが、結は嬉しかった。


 ゴーン、ゴーン…

 除夜の鐘が鳴り続いている中を、人並みは初詣の参拝のための列が長く伸びていた。次の新しい年まで、あと数分。

「僕たちも並びましょうか」

 参拝列を見て楓が提案すると、結は頷いた。

「うん。来年もよろしくね、楓くん」

「こちらこそ。来年は結さんと、一緒に過ごせる日が多くなるように頑張ります」

 独り言のように小さく楓が言うと、結の胸は熱くなった。

 年下で、まだ彼氏彼女の関係ではないけれど、楓とならこの気持ちを育んでいけそうな気がする。

 2人は繋いだ手を楓のコートのポケットに入れると、ゆっくりと歩き出した。


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