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大革命  作者: ふぁる
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安藤小春の不幸②

 児童養護施設に入所している児童にも、児童相談所の判断の下、家庭への一時帰宅が認められる。毎週末帰宅する子や、夏季休暇等の長期休みに帰宅する子など、タイミングは様々だ。

 大体は盆や正月には帰宅している中、幸太朗は帰る場所が無い為施設に残る。いわば、『居残り組』だった。


 だが、幸太朗にとっては自宅こそが恐怖の場所であった為、帰りたいと思ったことなど無かった。一時帰宅をする子供達にも羨ましいと思った事も無かったし、寧ろ帰らなくてはならない事に同情さえしていたくらいだ。

 とはいえ、長期帰宅では虐めっ子も含めて帰宅する為、幸太朗にとって最も平和となる期間であった。いつもは忙しない配膳の準備も、人数が少ない為あっさりと済む。ちょっとした特別メニューが出る事も嬉しかった。

 施設では年間行事を意識している為、世の中にはそういったイベントがあるのだと、押し入れに閉じ込められて育った幸太朗は初めて知ったのだ。


 ただ、私物の管理は厳しいものがあった。一時帰宅から戻った児童が、貰って来た小遣いや手紙等は全て没収されるのだ。他の子が羨む様な物は持たせないという徹底ぶりなのである。


 そういう意味では施設は明らかに『平等』だった。


 幸太朗には何も無かったのだから。


 ただ、『羨ましい』という感情すら無かったわけだが……。



◇◇



 安藤の子供が救急搬送された先の病院で、幸太朗は落ち着かない様子で待合室の椅子に掛けていた。安藤が医師から説明を受けている最中だが、幸太朗は部外者である為同席する訳にはいかない。


 暫く経って顔面蒼白のまま診察室から出て来た安藤の様子に、幸太朗は嫌な予感が増した。


「腸捻転が起きて、緊急手術をするらしいわ。もしかしたら人工肛門になるかもしれないって」

「……え」


 病に詳しいわけでもない幸太朗にとって、安藤の言う言葉の意味を深く理解することは難しかったが、とにかくかなり深刻な状況であるのは間違いないという事だけは理解した。


 手術室前へと安藤を支えながら移動し、長椅子へと座らせると、幸太朗は革命の指輪をそっと左手の親指へと嵌めた。


——この指輪の力を使えば、安藤さんのお子さんの病気もきっと良くなるはず……。


 幸太朗が指輪の力を使おうとした時、安藤が泣き出しそうなか細い声で言った。


「私のせいだわ……」


エアコンが効いているとはいえ、真夏の院内は決して寒くはないというのに、安藤は身体を小刻みに震わせていた。


「安藤さんは何も悪くなんてありませんよ」

「違うの! 私が悪いのよ! きっと罰が当たったんだわ!!」


安藤は幸太朗に頭を下げると、「本当にごめんなさい!!」と涙を零しながら言った。


 幸太朗はその様子を唖然としながら見つめ、ハッとした様に後ずさった。


「どうして僕に頭を下げるんですか?」


——僕は、社会にとって不要な人間なのに。僕なんかに、頭を下げる価値なんて無いのに……。


 幸太朗の中に根強く残る自己否定の感情が沸き起こり、悲しみが爆発しそうになって安藤を見つめた。


「安藤さんが僕に謝る理由なんて、一つもありません!」

「ごめんなさい!! ずっと謝らなきゃと思っていたの。須藤君が解雇されたのは、私のせいだから!」


 安藤の告白に、幸太朗は唖然として口を開けたまま、今彼女は何と言ったのかと脳内で反芻した。


——僕が解雇されたのが、安藤さんのせい? どうして? 僕は上司の汚職の濡れ衣を着せられて……?


 ……誰に……?


 一体、誰に濡れ衣を着せられた……?


「私、大澤部長と関係があったの。新井課長は事件を起こしたけれど、プロジェクトを進めるには必要不可欠な人材だったわ。だから、貴方に濡れ衣を着せる様に指示されたのよ。須藤君は施設出身者だから、法的な助言をしてくれるような人が周囲には居ないだろうからって」


 里親からの紹介先であった為、がむしゃらに頑張った。自分の不幸体質から回避しつつ、誰よりも早く出勤し、雑用も率先して熟した。未熟であるが故に叱られる事も多かったが、それも勉強だとポジティブ思考でしがみ付いた。


 それが、何の評価も得ないまま、『施設出身者だから助言してくれる者も居ないだろう』と、汚名を着せられて解雇されるとは……。


 幸太朗はどう答えたら良いものか戸惑い、目を泳がせながら口をもごつかせた。


「本当にごめんなさい。謝って済む事じゃないって解っているわ。でも、私も仕事を失うわけにはいかなかったの」


 勝手な言いぐさだ。誰もが生活をかけて仕事をしているのだ。幸太朗は二カ月経った今も尚、次の就職先が決まらずに苦しんでいる。


 日を追うごとに、自分なんか誰も必要としていないのだという思いが一層強くのしかかり、押しつぶされそうな程の劣等感を抱えているのだ。


——安藤さんも部長に命令されただけなんだから、責めることなんかできない。頭ではそう解っているけれど、でも……。


……僕の悔しさや悲しみの感情は、一体どうすればいい?


 どうしても、赦す事なんかできない!!


「……わかりました」


 幸太朗はそれだけ言うと、ぎゅっと歯を食いしばり、くるりと踵を返して安藤の前から立ち去った。


◇◇


「やぁ、元気かい?」


 公園のベンチでぼうっとしていた幸太朗の前に、サラリとした髪を風に靡かせながら、崇己が姿を現した。日が陰っているとはいえ、外はじっとりとした熱気に包まれている。それでも相変わらず涼し気な顔をし、灰色の瞳を幸太朗へと向けた。


「……元気な様に見えます?」

「へぇ? 珍しくネガティブじゃないか」


 崇己は機嫌良さそうに笑みを浮かべ、幸太朗の隣へと腰かけた。


「崇己さん、『(ゆる)す』って、なんですか?」


幸太朗の質問に、崇己は灰色の瞳をしぱしぱと瞬いて、「相変わらずキミは唐突だね」と小首を傾げた。


「それは、つまり『赦す側』の立場のことかい?」

「ええ、まあ……」


唐突な質問過ぎたかと後悔し、幸太朗は俯いた。


「すみません。なんだか、どうしても赦せない事があって」

「お人好しのキミが珍しいじゃないか」


幸太朗は首を左右に振ると、悔し気にぎゅっと拳を握り締めた。


「僕はお人好しなんかじゃありません! 母の謝罪も、安藤さんの謝罪も受け入れる事なんかできませんでした。赦せなかったんです。どうしても。頑張ってみたけれど、どうしても赦す事ができませんでした。苦しくて、本当は赦して忘れてしまいたいのに……」


必死に涙を堪えようとしながら、幸太朗は更に強く拳を握り締めた。肩が震え、呼吸を整えようと瞳を閉じる。


「鏡を見る度に。他人から気味悪そうに見られる度に、あの頃の苦しみを思い出すんです。仕事をしている人を見る度に、羨ましくて仕方が無いんです。赦せなくて、頭がおかしくなりそうになるんです! 僕は、お人好しなんかじゃありません」


「赦さなきゃ、いけないのかい?」


崇己はそう言うと、ぼんやりと浮かび上がっている月を見上げた。月明かりが崇己の姿を照らし出し、嫌に神々しく見える。


「謝ったら、絶対に赦さなきゃいけないのかい? 謝られても、キミはちっとも嬉しくなんか無いのに? 赦さなければ、キミは悪人なのかい? 傷ついたのはキミなのに?」


崇己はそう言うと、ふっと小さく笑った。


「謝罪は赦すことへの強要なんかじゃないさ。キミの傷は癒えたのかい?」


——そうだ。僕は深く傷ついたんだ……。


 崇己の言葉がじんわりと幸太朗の心に染みこんでいく。


「……赦さなくても、いいんですか?」

「さて、ね。時間が解決することかもしれないし、少なくともキミ自身が努力してどうにかなることじゃないんじゃないかな」


——僕が努力してもどうにもならない……? 確かに、考えれば考える程に心の中の葛藤が沸き起こる気がするけれど。


「傷が癒えない限り、許す事なんか出来るはずないじゃないか。その傷が深ければ深い程に、癒えるのにも時間がかかる。それは自然の摂理なんだ。キミが悪い所なんか一つもありやしない」


崇己は立ち上がると、ニッと少年の様な笑みを幸太朗へと向けた。


「けれどね、少なくとも私はキミを『お人好し』だと思っているよ。それも、痛い程のね」

「……どうしてですか?」


幸太朗の質問に崇己は溜息を吐くと、すっと幸太朗の左手の親指を指さした。銀色の指輪が月明かりに照らされてキラリと光る。


「それ、使っただろう?」


 安藤の子は、今頃奇跡的に手術が成功したと歓喜していることだろう。


「私は審判員(ジャッジメント)だからね。キミが革命の指輪の力を使えば、検知するのさ。だからこうしてここへ来たというわけだけれど」

「え!? GPSとかついてるんですか? プライバシーの侵害じゃないですか!」


素っ頓狂な声を上げた幸太朗に、崇己は冷たい視線を向けた。幸太朗はすっかり気を持ち直し、いつも通りのポジティプ思考へと戻った様だ。


「キミにプライバシーを気にする様なデリケートな事象なんて無いよね? 全ての人にキミの行動を公開したって問題無いくらいじゃないか」


 幸太朗の行動範囲といえば、自宅かハローワークくらいのもので、恋人も居なければ友人もいない。会社の同僚すらいないのだ。


「勿論、GPSなんかついていないし、今回はキミがたまたま力を使った時に、私も野暮用で近くに外出していたから寄っただけさ。私だって暇じゃない。キミばかりを相手にしているわけじゃないんだからね」


 心外だといった風に言う崇己を見て、幸太朗は微笑んだ。

 どんな形であれ、崇己は幸太朗を気にかけてくれるのだから。


「僕、初めて『親友』が出来ました」


嬉しそうに笑みを浮かべながら言った幸太朗に、崇己は他人事の様に「へえ? 良かったじゃないか」と言い、幸太朗は満足気に頷いた。


「崇己さんって、良い人ですね!」


幸太朗のその台詞に、崇己は頬をヒクつかせて苦笑いを浮かべた。


「……は? いや、ちょっと待って。親友ってまさか」

「僕、幸せだなぁ!」

「キミ、何か誤解していないかい!?」


月明かりの下、満面の笑みを浮かべる幸太朗の前で、崇己は必死になって否定した。

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