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大革命  作者: ふぁる
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麻田奈那子の不幸②

 幸太朗が室内に入ると、奈那子が身体の線がはっきりと分かる程にぴっちりとしたスーツ姿で出迎え、「いらっしゃいませ。姫子です」と言ってお辞儀をした。ワイシャツの隙間から胸の谷間が見え、幸太朗は思わず目を逸らした。


「あ、さっき会った人ね?」


 奈那子は嬉しそうに微笑んで、「キスしてもいい?」と言ったので、幸太朗は大慌てで首を左右に振った。


——何、この部屋。お風呂場との壁が無い……。


 亜空間にでも迷い込んでしまったかの様な気分で、幸太朗は唖然とし、「えっと、とりあえず座ってもいいですか?」と断って一脚しかないソファへと腰かけると、奈那子が幸太朗の前に跪いた。


——そうか、ソファが一脚しかないから。


 と考えて、奈那子の座る適当な場所が無いか室内を見回していると、か細い指を伸ばし、幸太朗のベルトに手をかけ始めたので、幸太朗は「ちょっと待ってください!!」と慌てて立ち上がった。


 キョトンとする奈那子の前で、顔を真っ赤にしたまま幸太朗はあわあわとし、「僕、奈那子さんと会話したくて来ただけなんです!」とバカ正直に言った。


「あれ? 私の本名知ってるんだ。どっかで会ってたっけ? 人の顔覚えるの苦手なの。ひょっとして、警察の人?」

「まさか!! そうじゃなくて……すみません。こういうところに来ておいて変な事言っちゃって……」


 奈那子はホッとした様に微笑んで、ベッドに腰かけた。


「全然いいわ。おしゃべりだけってお客さんも居るって噂は聞いた事があったけれど、都市伝説だと思ってたから、ちょっとびっくりしただけよ。それで、何のお喋りがしたいの?」


——しまった。ええと……!


「あ、今日はいい天気……」


 そういいながら完全に塞がれている窓へと視線を向け、気まずくなって「だった様な気がしますよね、多分……」と続けた。

 そんな幸太朗に奈那子はクスクスと上品に笑ってくれた。ベッドが揺れ、彼女の短いスカートから下着が見えた。幸太朗は自分が着ているジャケットを脱いで慌てて奈那子の膝に掛けて隠してやった。


「優しいんだね。えっと……」

「幸太朗です。須藤幸太朗」

「ふぅん? 幸太朗クンか」

「クンって……」


 奈那子は悪戯っぽく言った後、「だって、私よりも年下でしょ?」と、笑みを向けた。心臓が痛くなる程に可愛らしい仕草を見て、幸太朗はポカンとした。


「あれ? 怒っちゃった?」

「あ、いえ。そうじゃないんです。奈那子さんみたいに美人で可愛くて良い人が、どうしてこんなところで働いてるんだろうって不思議に思って」


 言った後、幸太朗は後悔した。

——『こんなところ』だなんて言って悪かったかな。好きで働いてるのかもしれないし。こう、男性に奉仕したいだとか、疲れを癒してあげたいだとか。


「ここは夢を売るところだから、ネガティブな話題は言わない様にしてるの」


 奈那子は「でも……」と、言葉を続けると、寂しげに笑みを向けた。


「幸太朗クンには話しちゃおうかな」

「教えてくれるんですか?」


 幸太朗のあまりに素直で正直な様子は、相手の心の壁をいとも簡単に壊す。幸太朗は自分が不幸体質であることを自覚していた為、出来るだけ他人とは距離を置く様に心がけていた。

 だが、崇己と出会った事で以前より人と関わる事への恐怖感が和らいだ。尤も、幸太朗自身あまりそのことを自覚していない。


 奈那子は幸太朗の明け透けな様子に声を上げて笑った。彼女の素が垣間見えた瞬間だった。


「そうね、教えちゃおうかな。でもきっと、幸太朗クンに幻滅されちゃうだろうなぁ」


 幸太朗は常連になりそうにない客だと奈那子は判断した。それなら、偶にはこの僅かな時間だけ好き勝手してしまおうという衝動に駆られたのだ。


「私、『人殺し』なの」


予想だにしなかった告白に、幸太朗は唖然とした。


「……え?」

「あ、ほらね。退いたでしょ?」


 チロリと舌を出して悪戯っぽく奈那子が笑ったので、今彼女が言った言葉は嘘だったのかと安堵したが、「でも、本当に人殺しなの」とサラリと奈那子が追い打ちをかけた。


「一体どうしてですか? 何か理由があったんですよね? 正当防衛だったとか」

「幸太朗クン、例え正当防衛でも、相手を殺しちゃったら過剰防衛で犯罪者になっちゃうんだよ?」


 奈那子は冗談めかしてそう言いながらも、瞳は悲し気だった。


「私、人身事故の加害者なの。信号を見落としちゃって、横断歩道を歩行中だった夫婦を跳ねちゃった。奥さんの方は一命を取り留めたみたいだけど、旦那さんの方は駄目だった」


 奈那子は唇を震わせながらも、自分を落ち着かせようと深呼吸をした。息を吸う音すら緊張で震えている。


「とんでもない事しちゃった。若くて馬鹿だったから、任意保険にも加入してなかったの。だから、慰謝料を支払う為にここで働いてるのよ。でも、最近奥さんの方も亡くなったらしいの。子供も居なくて相続人も無いから、慰謝料を支払う相手が居なくなっちゃったんだけど」


 幸太朗はその話を聞いて、顔面蒼白のまま席を立った。


「……幸太朗クン? ああ、やっぱり退くよね。ごめんね、こんな話しちゃって」


 奈那子の言葉に振り返る事が出来ず、幸太朗はふらつく足取りで部屋の出入口へと向かった。



◇◇



「知ってたんですか?」


 マンションに帰るなり詰め寄ってきた幸太朗に、拓斗は観念した様に「ああ」と言った。


「彼女は……奈那子さんは、若菜さんの旦那さんを殺した殺人犯じゃないですか! 若菜さんにも大怪我を負わせて、僕はそのせいで施設に戻された!!」

「俺を責めるなよ。崇己の野郎が依頼したことだ」

「彼女は人殺しなのに、自分が悪いのに不幸だから『平等』にしろだなんて、そんなのおかしいじゃないですか!!」


 まくし立ててくる幸太朗を見つめながら、拓斗は溜息を吐いた。

 奈那子を『平等』にする為には、革命の指輪の力を使った方がずっと簡単だったに違いない。指輪の力を使わないとなると、幸太朗は彼女を『赦す』ことを余儀なくされるのだ。


 拓斗は苦々し気に瞳を伏せた。崇己は恐らく幸太朗を荒療治でもいいから早く立ち直らせたいのだろう。

 この試練に必ず打ち勝つのだと信じているのだ。


「……なあ、幸太朗。『犯罪者』は、幸福になっちゃいけないのか?」

「罪を償わない限り駄目に決まっているでしょう!!」


 幸太朗は自分の事も責め続けているのだ。そんな彼に、奈那子を赦すことは難しいだろう。


「罪を償い終えるのは一体何時なんだ?」


 拓斗の言葉に、幸太朗は返す言葉を失った。聞く耳を持つ気になったのだろうと判断して、拓斗は言葉を続けた。


「網走監獄って、知ってるか?」


 突然何の話をするつもりなのだろうかと思いながら、「聞いた事はありますけど」と答えると、拓斗は静かに頷いた。


「あの時代は徳川幕府から明治政府に政治が移ったとかで、とにかく日本中内戦だらけだった。そんな世論なもので、政治犯だ国事犯だととにかく犯罪者が日本中に溢れ返っちまって、その中でも重罪人を北海道の網走監獄に収容したっていうんだけどな」


 難しい話をしだした拓斗を、幸太朗はつい感心した目で見つめた。あまり歴史に興味を持つ様なタイプではないと思っていたからだ。

 しかし、この知識は崇己の受け売りだった。勿論、崇己に叩き込まれた内容より随分と端折っているわけだが。


 拓斗はコホンと偉そうに咳払いをすると、話を続けた。


「開国したての日本は、広大な土地である北海道の開拓をしようって息巻いたんだが、何しろ金がない。そこで、網走監獄に収容されていた重罪人をこき使えばいいって考えたってわけだ。どうせ『犯罪者』なんだから、死のうがどうなろうが誰も悲しむやつもいねぇし、死んだら死んだで監獄にかかる金の節約になるだろうってな」


 幸太朗はゾッとしながらその話を聞いていた。自分も同じ『犯罪者』で、世が世ならそんな扱いを受けていた可能性もあるのだから。


「冬はマイナス三十度にもなる極寒の地だ。常に鼻を揉んでねぇと凍傷で腐り落ちちまう。そんな中、食いモンも満足に与えられずに過酷な労働を強いられた。あまりに辛過ぎて逃げようものなら、その場で切り殺されたって話だ。看守も含めて相当な人間が死んだらしい」


「僕、別に奈那子さんもそんな目に遭えばいいだなんて、言っているわけじゃありませんよ!」


 幸太朗の言葉に、拓斗は「解ってるって」と頷いた後、真剣な眼差しを向けた。


「幸太朗。もう一度言うが、『犯罪者』は、幸福になっちゃいけないのか? 監獄に収容された囚人は、娯楽も赦されず、手製のトランプすらも取り上げられたって話だ」


 明治二十七年に、『囚人は果たして二重の刑罰を科せられるべきか』が国会で追及され、囚人による過酷な労働は廃止された。


「既に十分過ぎる程に人生や心、身体までも捧げてる彼女に、お前はこれ以上何を望むんだ?」


 部屋に入るなり、下僕の様な従順な態度でお辞儀をしてきた奈那子の様子を思い出し、幸太朗は居た堪れない気分になった。


「例え今後どんな人生を歩もうと、お前や彼女の記憶から辛い過去が消えるわけでもなく、それは一生背負っちまう痛みだ。それでもう、十分なんじゃねぇのか?」


 拓斗の言葉に、幸太朗は静かに頷いた。

 拓斗は安堵しながらも、こんなことをさせた崇己を憎らしく思った。それと同時に、一見クールに見えるあの男が、幸太朗にやけに肩入れする様子を微笑ましくも思った。


「実は、奈那子さんにはもう慰謝料の支払いは不要だと話してきたんです」

「……へ!?」


 唖然とする拓斗に、幸太朗は恥ずかしそうに続けた。


「でも僕、なんだか拓斗さん相手に腹が立ってムキになっちゃって。赦すことを強要されたような気分になってしまったんです」

「おい! それを先に言えよ!! 俺が馬鹿みてぇじゃねぇか!! あー、クソ!! 無駄に偉そうに語っちまったじゃねぇか、小っ恥ずかしい!!」


 拓斗はガシガシと頭を掻いて喚き、幸太朗はその様子を笑みを浮かべて見つめた。


——拓斗さんは、『崇己さんの依頼』だと言っていた。崇己さんはきっと全部知った上で僕を巻き込む様に指示したに違いない。全く、敵わないな、あの人には。


 それでも、僕はまだ指輪を使うわけにはいかない……。


「よし、語っちまったついでに飲みに行くぞ! おごってやるから来い!」

「え!? 待ってください、僕は十九歳なので飲酒はできません!」


 拓斗は強引に幸太朗を誘うと、「俺は飲むぞ! あんな真似させられたんだ、飲まなきゃやってられっか!」と言って、ムッとした様に唇を尖らせながら外へと出て行った。

 幸太朗は笑みを浮かべると、「ソフトドリンクでよければ付き合います」と言って、拓斗の後を追った。

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