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大革命  作者: ふぁる
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須藤幸太朗の不幸

『キミは疑問に思ったことが無いのかい? この世の中には不幸な人間もいれば、幸福な人間もいるという不平等な事にさ。それだというのに全ての人間は100%同じ結末を迎えるんだ。“死”という誰もが平等に迎える結末をね』


 崇己の言った言葉が脳裏でこだまする。

幸太朗は左手の親指に嵌めた銀の指輪を、軽く握った人差し指でするりと撫でて、存在を確認した。


『キミは人生に於いて随分と不幸ばかりを体験してきたからね、その指輪には平等からはみ出た“幸福”が蓄積されている。その指輪の力を使って“革命”を起こした途端、キミは“不幸”から“幸福”になれるってワケさ』


——この『革命の指輪』があれば、僕は不幸知らずだ!


 幸太朗はぎゅっと歯を食いしばると、橋の上から飛び降りた。ダムに掛けられた跨線橋から水面までの高さは数十メートル。普通の人間はコンクリートの様な強度の水面に叩きつけられたのならば、無事で済むはずがない。


 それでも一瞬の躊躇もなく飛び降りた。躊躇している暇など無かったからだ。


 左手の親指に嵌めた指輪が、一瞬だけ眩い光を発した。



◇◇



「須藤君、ちょっといいか?」


 初めての就職先にがむしゃらになって業務に打ち込んでいた須藤幸太朗(すどうこうたろう)の元に、渋い顔を浮かべた男が声を掛けて来た。

 大澤部長だ。やり手で有名な彼が直接平社員に声を掛ける姿は見た事が無い。幸太朗は慌てて席を立つと、ドキドキしながら部長の後をついて行った。


——大澤部長が僕を呼ぶだなんて、一体何だろう!?


 入社して半年、自分なりに一生懸命仕事に打ち込んできた。高卒の自分を契約社員としてではあるが、異例にも採用してくれた恩があるし、話を通してくれた『里親』にも感謝している。


——ひょっとして、『よく頑張ったな!!』なんて褒められるのかな!? いやぁ、そんな事言われたら僕、もっと頑張っちゃうぞ!?


 幸太朗は楽観的な思考の持ち主だった。


 とはいえ、普段から運が悪い自覚はある。鳥糞爆撃を受ける事はしょっちゅうだし、エレベーターの故障で閉じ込められた事も一度や二度ではない。乗る電車はいつも遅延するし、歩道を歩いている自分に車が突っ込んで来る事ですら何度か遭った。

 不幸対策の為に歩く時は鳥が留まっている電線の下は避ける様にしているし、エレベーターは使わずに階段を使う様にしている。電車通勤を止め、自転車通勤へと切り替えて、車通りの少ない道を選び、朝早い時間から遠回りしてまで通勤している。

 それでも救急車で運ばれる事は数多く、最早常連といっても良いくらいの頻度で、救急隊員からは「また君か……」と、憐れみを込めた目で見られる様になった。


 ただ、幸太朗はめげなかった。不幸な目に遭おうとも、常にポジティブであろうと心がけているのである。


——ところが……。


 部長に連れられて入室した会議室には、重苦しい空気が流れていた。


 それもそのはず、幸太朗と同じ部署の係長から課長職の面々がずらりと首を揃えて椅子に腰かけ、難しい顔を浮かべているのだから、どれほどにポジティブ思考な幸太朗でも自分の置かれた状況が拙い事は明白であった。


「かけたまえ」


 部長に促されるまで、幸太朗は暫くの間出入口から動く事ができなかった。



◇◇



 上司の汚職に巻き込まれて会社をクビになり二月程経った。


 ギラギラと照り付ける太陽の下、アスファルトから立ち上る火傷しそうな熱に包まれながら、幸太朗は額に滴る汗を手の甲で拭った。

 中古の革靴の中はじっとりと蒸されており、背中を流れる汗はYシャツに張り付いている。


——とりあえず、何か飲まないと……。


 震える手でポケットをまさぐったが、数十円程の小銭しか見当たらない。財布をどこかに落としてしまった様だ。


「……詰んだ」


ポタポタと零れ落ちた汗は、アスファルトを濃いグレーに変える間も無く蒸発して消えていく。一度公園に避難し、ベンチに腰掛けようとした矢先、幸太朗はドウと倒れた。


 長い前髪で隠していた左頬が露わとなる。彼の後頭部から左頬、首筋や背中にかけては、酷い火傷の痕があった。


グサッ!


 鼻の孔に激痛を感じ、幸太朗は朦朧としながらも薄目を開けた。ぼんやりとした視界の中、何者かが自分を覗き込んでいる様子が伺える。鼻穴に感じる痛みから察するに、木の枝を突き刺している様だ。


「あ、なんだ。死んでいなかったのか。面倒くさいな」


 そんな物騒な台詞が聞こえ、幸太朗の顔や身体に、心臓が止まりそうな程に冷え切った水が、無造作にジャバジャバと掛けられた。


「つ、冷たい……」


 何が起こっているのかよく分からないままに思った事をそのまま口にすると、「そりゃあそうだろうね」とうんざりした様に言葉が返って来た。


 フワフワと心地の良い風が顔に当たる。幾分か視界がクリアになり、瞬きをしてみると、息を呑む程に端整な顔立ちをした男が迷惑そうな表情を浮かべ、書類か何かで扇ぎながら自分を見下ろしていた。


「キミは須藤幸太朗で間違い無いね?」


 眉目秀麗な男が言った言葉に、幸太朗は躊躇う事もなく「はい」と素直に答えた。その男の容姿に全く見覚えは無いが、恐らく前の会社での事件についてまだ事情徴収したい事柄が残っていて、幸太朗を探していたのだろうと理解した。


「……でも、違うんです。僕は本当に何も知らなかったんです」

「は? 何がさ」

「あの書類は修正するように指示されたんです。でも、そんな指示は出してないって言われて……」

「キミ、何を言ってるの?」

「僕が、社会的信用度が低いって事くらい解っています。でも、本当の事なんです」


 男は溜息を吐いた。その音に、幸太朗は自分が言った言葉などやはり信用されないのだと落胆した。


 暑さで朦朧として酷い頭痛の中、彼の中で必死に固持していたポジティブ思考にピシリと罅が入った。


 悔し涙が汗と共に、横になっている幸太朗のこめかみを伝った。脳裏に優しい笑みを浮かべた初老の女性が浮かび、『努力はいずれ報われるわ』と言った彼女の言葉が響き、その全てを溶かすかのように鼻の奥がツンとした。


「僕は努力したんです。期待を裏切ってしまってごめんなさい、『若菜さん』」


うわ言の様に言った幸太朗を見て、男はうんざりした様にため息を吐いた。


「……厄介だなぁ。けれど、これも仕事だし」


 男はそう言うと、ペットボトルの蓋を開け、幸太朗の頭に更に水を掛けた。思わず悲鳴を上げたくなる程の冷たさだ。


「あの、冷たいんですけど……」

「そりゃあそうだろうね。頭を冷やしてやっているんだから。普段はこんなことなんてしないんだから、大サービスだよ。私と出会う前に死んでいてくれたら良かったんだけれど、残念ながらキミは生きていたからね」


 再び物騒な台詞を聞き、幸太朗は不思議に思った。どうもこの男は前職の会社関係者では無さそうだ。今や様々なハラスメントに敏感となっている世の中で、おいそれと物騒な言動を発する様な者が会社関係者であるとは考えにくい。

 ゆっくりと起き上がると、幸太朗はベンチの背もたれに寄りかかり、まだ頭痛は酷いものの恐る恐る口を開いた。


「ええと、僕に汚職事件の事を聞きに来たんじゃないんですか?」

「興味無いね」


 男はケロリとした調子でそう言い捨てると、名刺を差し出した。


審判員(ジャッジメント) 空乃崇己(そらのたかみ)


そう書かれた名刺は、一見、紙の様な素材であるものの、指で触れた感触がまるでない不思議なものだった。


「審判員?」

「ああ、私はこの地区担当でね。()()()()()()()()()をしているんだ」


崇己がニコリと笑みを浮かべた。色白の肌に灰色のカラーコンタクトが良く似合っている。ハッとする程の美形だが、幸太朗は苦笑いを浮かべた。


——『人を平等にする仕事』だって? サラリと胡散臭い事を言ったぞ?


「あの、宗教の勧誘なら間に合ってます」


苦笑いを浮かべたまま幸太朗はそう言った。


——助けて貰っておいて難だけれど、変な人と関わっちゃったぞ……? 妙な壺でも売りつける気かな。僕、お金無いけど。


 不幸の塊である幸太朗は、これまで何度も詐欺に遭っている為、流石に警戒していた。


「まあ、普通そういう反応を見せるだろうね。詐欺師か何かだと疑りたくなるのも当然だろう」


 崇己はこなれた様に頷きながらサラサラと言葉を吐いた。


「『須藤幸太朗』十九歳。両親からの虐待を受け、後頭部や左頬、背中に至るまでの痕は母親が熱湯を掛けた事による火傷の痕。

 父親は母親により幸太朗の目の前で刺殺。身寄りが無く四歳から十六歳までを児童養護施設で生活し、十七歳の頃里親の元で生活をするも、里親の事故により再び児童養護施設に戻される。

 高校卒業と同時に元里親のツテで中小企業に就職するも、上司の汚職事件に巻き込まれて解雇され、現在に至ると。

 うーん、恐ろしいまでの不幸だね。『不幸太朗』に改名した方がいいんじゃないのかい?」


 幸太朗は唖然としながら崇己の言葉を聞き、眉を寄せた。


「どうして僕の事をそんなに知っているんですか? ひょっとして警察の方ですか? 僕は何も悪い事なんかしていない。無実なんです!」

「キミさ、私が警察官に見えるのかい? さっき名刺だって渡したじゃないか」


うんざりした様にため息を吐いた崇己は、サラリとした髪の毛をかきあげた。


 うだるような暑さだというのに、汗の一滴もかかず涼し気な顔をし、光沢のある薄いグレー地のスーツをベスト付で着込んでいる。左耳には大粒ダイヤらしきピアスが眩い程の輝きを放っており、銀色のネクタイにつけられた高価そうなネクタイリングは、十字の旗とラッパを持つ天使の紋章が刻まれていた。


——確かに、警察官にしてはちょっと派手かな。ということは……。


「それじゃあ、やっぱり詐欺師ですか?」


幸太朗の言葉に、崇己は無言で冷たい目を向けた。


「そう疑いたくなるのも解るけれどね。ただ、考えてみるといいよ。キミは最早何も無いじゃないか。騙されたところで失うものなんてないんだから、私の話を信じてみても損は無いと思うんだよね」


そう言って、透明なジップ付きビニール袋に入った何かを、幸太朗に強引に手渡した。袋には『須藤幸太朗』と書かれたシールが貼っており、中にはシンプルな形状の指輪が格納されていた。


 一見ただの銀の指輪に見えるものの、発光でもしているかのように神秘的な光を時折放っている。


 つい指輪にじっと見入ってしまった幸太朗を見て、崇己はニヤリと口元に笑みを浮かべた。

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