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サクラリアスの祭壇

作者: 野狐禅

サクラリウス――それは村人にとって神そのものだった。父なる山神オロスは堅固で揺るがない守護者、母なる雨神ユドールは気まぐれにして豊穣をもたらす恵みの象徴。そして、その二柱から生まれた川の神、サクラリウスが村を潤し、大地に命を運んでいた。


だが、父と母の調和が崩れるとき、サクラリウスは怒りを顕現させる。流れは荒れ狂い、村を滅ぼす力となる。


ある日、サクラリウスの水が濁り、流れが荒れる兆しを見せ始めたとの報せが村に届いた。村人たちは広場に集まり、長老の言葉を待った。


「父なるオロスと母なるユドールの調和が乱れた。サクラリウスが怒りを示しておられる。このままでは村は滅びる。神の座に祭壇を築き、供物を捧げねばならぬ。それ以外に怒りを鎮める術はない」


「神の座」――それはサクラリウスが父母と交わるとされる聖域であり、村の源流となる神聖な場所であった。


フォティウスは一人、村人たちの冷たい視線を背に神の座へ向かった。かつて彼はサクラリウスの怒りを鎮めるために祭壇を築いたが、それが崩れ、洪水が村を飲み込んだ過去を持つ。その罪は未だ許されておらず、村人たちは彼を忌み嫌っていた。


だが、彼は知っていた。父と母の調和が再び整わなければ、村は救われない。父なるオロスが与えた堅固な基盤と、母なるユドールが注ぐ命の雨。この二つが交わる場所――神の座でこそ、祭壇を築かねばならない。


道中、彼は足を止め、神の座を見上げた。遠くからも見える滝が激しく轟き、その下には岩と流れが渦を巻いている。そこに到達するには危険な岩場を越えなければならない。


神の座にたどり着いたフォティウスは、祈りを捧げると同時に祭壇の構築を始めた。父なるオロスの象徴として大岩を積み、母なるユドールを象徴する文様を刻む。その周囲には村から持参した供物を並べ、儀式の準備を進めた。


フォティウスは祈りを込めた声で語りかけた。

「父なるオロスよ、母なるユドールよ……あなた方の調和をこの祭壇に戻したまえ。そして、子サクラリウスよ、この怒りを鎮め、再び恵みを運びたまえ。」


川の流れは激しく渦を巻き、彼の声を掻き消すかのようだった。だがフォティウスは一心に祈り、村人たちから託された供物を祭壇に捧げた。


雨が降り始め、激流がさらに勢いを増す。フォティウスは、最後の供物を捧げるために激流の中心へ足を踏み出した。足場が崩れ、濁流が彼の足元をさらおうとする中、彼は進み続けた。


「父と母の調和が戻らねば、この地は滅ぶ。私の命でその証を立てる!」


供物を捧げると、川の渦は一瞬、さらに激しく巻き上がり、そして徐々に静けさを取り戻していった。サクラリウスの怒りが鎮まったのだ。


だが、フォティウスの姿は濁流に飲み込まれ、その後の姿を見た者はいなかった。


村に戻った村人たちは、サクラリウスの流れが穏やかに澄み渡り、大地を潤す姿を目にした。村の田畑には新たな肥沃な土が流れ込み、村人たちはその恵みを感じ取った。


長老は村人たちを集め、神の座に祠を建てることを提案した。

「父なるオロス、母なるユドール、そして子サクラリウス。三柱の調和がこの地を守り続ける。我々はその教えを忘れてはならぬ。」


祠の前では、フォティウスの名を刻んだ石碑が立てられた。彼が祠の完成を見届けることはなかったが、村人たちは川の静かな流れに耳を傾け、その調和に感謝を捧げ続けた。

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