4 植物園
イイジマの指示に従って、わけもわからず追跡班と合流したジュンは車の中に揺られていた。
車の中には、武装した兵士たちが並んで座っているのだが、一人だけジュンはラフな格好なもので、違和感を覚えた。
そして先ほどの講習会にて、最初に立っていた女性が、瓦みたいな険しい表情を浮かべている。
時おりジュンを見ては目を逸らすので、背中に緊張感がほとばしった。
車の中では、射殺もやむを得ない、といった緊張感のあるやりとりがあった。
一般人上がりの軍人に射殺ということだが、どうやらジュンが思っているよりも単純な話ではないらしい。
しかし、ジュンにはどうにも事情が掴みきれない。
ジュンは口を挟めない。
だから、ただカメラを回し続けた。
彼女の横顔から、どこか寂しさと、それを覆いかぶさるほどの巨大な怒りのようなものを感じる。
ジュンはこれを逃してはいけないと思い、映像を撮り続けることにした。
ジュンは自分自身が人の感情の動きに執着している気がして、なんだか変だと自分で思う。
自分たちのいる世界がどれだけ脅威に晒されていたとしても、世界がどう移ろうとも、人への興味関心からは逃れられない。
生きているんだな、と、端的に思った。
ジュンはスマホを取りだして、ラインを開く。
AKIKOと書かれた項目の、メッセージ入力欄に指を走らせようとして、寸前で止める。
すぐにスワイプで前の画面に戻り、キープメモの項目に、今度こそ入力する。
『元気にしていますか』
誰にも既読のつかないメッセージばかりが、こうやって溜まってゆく。
スマホの位置情報から、すぐに場所の特定ができたそうだ。
アルタ前を横切って、新宿御苑に到着する。
正面入り口から彼がいるとされる植物園に向かうそうだ。
到着までの数分の間に、ジュンはマサルのプロフィールを確認することにした。
斎藤勝、二十四歳、東京都板橋区のアパートに一人暮らし。
家賃滞納あり。
趣味はパチンコ、競輪、賭け事全般。
知らない一面を勝手にのぞいている気持ちになって、ジュンは気が引けた。
そもそも先ほどまで「またな」を言っていたマサルと、こうやって会うことになるとは。
ジュンは少しばかり寂しさを覚えた。
マサルがなにを考えているのか、については追及を避けた。
なにごとも決めつけて話を進めてはいけない。
見えるのはせいぜい二面程度の真実なのだから。
「そろそろ到着します。緊迫した現場になります。くれぐれも」
隊長から告げられたが、彼女は最後まで言葉を続けなかった。
彼女の眼がすべてを語っていて、ジュンは小さくうなずいて反応した。
要するに、前に出すぎるなということだろう。
カメラを持つ手に力が入る。
映像は十五分前から撮り続けている。
植物園に一番近い門が開かれて、車が停車する。
兵士たちの構えた銃が、いまさらにリアルだった。
思わず息をのむ。
彼らの気配を殺した歩きかたよりも、ジュンの着たパーカーの衣擦れのほうが、ずっと響いて聞こえる。
植物園の中はやたらと静かだった。
シダだかなんだかの葉の間から、様子をうかがう。
順路を進んだ先の広場に、軍服姿のマサルと、もう一人、女性が立っていた。
「お早いご到着ですね。さすが国の機関。びっくりたまげちゃいますよ」
マサルの明るんだ声と対象に、カメラの中に映る彼の表情は擦り切れた笑顔を浮かべていた。
「マサル、あなたの言う通りにここに来たけど、どういうこと?」
「斎藤葵、あなたも一緒だったのね。兄弟仲がいいこと」
隊長の、彼女の言葉にマサルは肩をすくめた。
しかし余裕そうなマサルに対して、アオイがいぶかしむ。
切りそろえた前髪に、軍服姿のアオイは、やたらと冷静だ。
マサルは全方位から囲まれているにも関わらず、手にした銃を迷いなくアオイの額に向けた。
同時に隊員たちが二人に銃口を向ける。
ジュンはカメラを二人によりフォーカスした。
マサルの揺れる瞳と、状況を理解しようとするアオイが映っている。
「どういう、ことなの?」
アオイの眉が寄せられる。
しかし、動揺している素振り一つ見せないアオイにジュンはどこか違和感を覚えた。
「コイツは、もう姉さんじゃない。だから、皆さん俺の手柄ですよ」
「なにを、言ってるの」アオイが一歩、後ずさる。
「姉さんのフリをするのはやめろ!」
マサルのがなり声に、アオイは今度こそ動揺したように声を発した。
「どうしてそんな酷いことを言うの。私、なにかした?」
アオイの必死の言葉に、隊員たちが距離を徐々に詰めている。
しかしマサルはそれも構わずアオイを見つめ、今にも顔を歪めそうなほどの揺らぎを見せながら言った。
「姉さんはな、酒をやめたんだ。だけど二日前、コイツは姉さんの体を使って酒を飲んでいた。おかしいですよね」
「だってそれは、この生活があまりに過酷だから。たまに、の息抜きじゃない」
アオイがマサルを真っすぐ警戒しながら見つめて言った。
マサルは鼻で笑って、感情を沈めながら唇を震えさせる。
「教えてやるよ、化け物。姉さんはな、俺のために酒をやめたんだ」
マサルの指が、銃の引き金に触れた、そのときだった。
「いいから手をあげなさい!」
突然響いた怒声が、植物園の中の空気を震わせる。隊長と思しき女性の声だった。
「たとえ異世界転生者、そうだとして、引き金を引けば二人とも始末するわ」
猟銃のような大きさの銀色の銃が、構えられる。
彼女の羽織ったコートの背中のしわが、ピンと張った。
隊員たちも含めたジュン以外の全員が、一点に対象を絞っていたとき、アオイがおもむろに口を開いた。
「なるほど。肉体の記憶はあっても、感情まではわからないとこうなる、か」
それまでアオイの声は戸惑っていたにもかかわらず、まるで他人事のような冷ややかな声色だった。
ワントーン低い声で言って、腕を上下に動かして、体の可動域を確認するような仕草をしてみせる。
それから周囲を見つめ、目を細めながらこう言った。
「守ってくれる弟がいて、嬉しかったんだけど。お酒を飲むと、魔力が増幅されて、つい力のために飲んでしまったのは、そうか。間違いだったか」
アオイの瞳が急に暗くなるのを感じ、全身の身の毛がよだつような感覚があって、
「対象、斎藤葵を撃て!」
素早く指示があったと同時、アオイの唇が不気味に、ハッキリと動かされる。
「ぜんぶ、燃やしてあげる――Fire」