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 2 特別講習

 


 数日間、自由に撮影しろとしか指示が与えられなかった。

ジュンはなにを撮るべきか迷ったが、入隊したばかりの隊員に特別講習が行われるとのことで、そこでカメラを回す許可を得た。

ジュンはカメラと教材一式を手に講義室を訪れるのだが、皆迷彩服の中に一人パーカー姿でいるとかなり目立ってしまう。

周囲の視線をかいくぐり、講義室――映画館だった場所――に入場し、席を見つけて腰かけた。

すると、後ろから唐突に声がした。


「あれ、記録係の兄ちゃん」


 振り向くと、先日声をかけてきたマサルがジュンをジッと見つめていた。

ジュンはとりあえず、と言わんばかりに「どうも」とだけ挨拶をした。


「隣空いてるなら移動しようかな」

「ただの講義ですよ」ジュンは横目を一度向けて言う。

「だから、だろ。この歳から勉強なんてムリムリ」


 そう言って、後ろの列から移動してくるので、ジュンは三脚を取りだしてカメラを固定する。

そうしている間に、横に腰かけたマサルが口を挟む。


「ねえねえ、アンタってテレビっ子?」

「いや、ほとんど見ないです」

「現代っ子アピールかよ! 俺は小さいころからテレビっ子でな、って聞いてる?」


 ちょっと忙しいんで、と答えたところ、マサルは言葉を探すような間があって、姿勢を正した。

その間にアームと三脚の固定を進める。

固定が完了すると、待っていたのかマサルが聞いてきた。


「名前は?」

「ジュンです。畠山隼はたけやまじゅんです」

「じゃあ、チュンちゃんで。スズメの鳴き声みたいな、そういう感じで」


 まったく理解ができなかったが、わかりました、と応じる。


「ちょっとー、こないだも話したけどお通夜みたいなヤツばっかなんだから、笑ってー」


 頬を膨らませてみせるマサルに困惑して、ジュンは無理矢理頬を持ち上げたのだが、


「こわいこわい、前言撤回!」


 とマサルに言われた。

内心少し傷ついた。

ジュンは昔から表情を変えることがあまり得意ではない。

自分なりに笑ったり怒ったりもしているつもりだが、どうやら周囲の認識とは差異があるようだ。


 日常会話をしている間に入場も終えたようで、モニターの前の檀上に一人のコート姿の女性が出てきた。

カツカツ、と踵を鳴らし、マイクを手にする。

紐の位置を整えたのち、咳払いをしてみせて、こう言った。


「静かにしてください」


 冷たい氷みたいな声だ、とジュンは思う。

間髪入れずに、彼女は口を開いた。


「今回、国の指令によりお集まりいただいた皆様に、心より感謝を申し上げます」


 集まった、というよりは収容された、が正しい気もする。

耳元で切りそろえた挑戦的な髪型に、鋭い目つきが、どこかイイジマと同じ雰囲気を感じる。

彼女は一貫して、瓦のような厳しい眉間のしわを作っていた。

ジュンはそれを撮りながら息をひそめながらカメラを回し続ける。


「さっそくですが、私は、対異世界戦線特別捜査隊隊長、菅野かんのさつきです」


 カンノと名乗った女性はそう言って、椅子に腰かけた兵士たちを見つめた。

ジュンも見つめられた気がして、背中が自然と伸びる。

そういう、ピリついた感じの空気を感じた。


「それでは本題にうつります」


 彼女の言葉に合わせて、彼女の後ろの巨大なスクリーンに映像が映し出される。

表題は、異世界転生者と表示されていた。


「まず、各地で確認されている異世界転生者の存在ですが、のべ六十一件が観測されており、うち五十件が射殺対応で処理されています。異世界転生者とは、こちら側の世界の人間の人格を乗っ取り、我々の社会に紛れ込みます。ここまではテレビで放映されている内容と差異はありません」


 そして、とさらに彼女は続ける。


「乗っ取られた元の人格は消え去り、乗っ取った側の人格だけが残ります。また、脳の魔力回路をこじ開けて、得意な力、〈魔法〉を扱います。しかし、この脳の魔力回路を開く方法は現代科学では解明できておらず、代わりに異世界物質を用いた兵器の開発を今も進めているところです。教材の三十二ページを開いてください」


 ジュンは説明を聞きながら、胸の奥の炎が赤く変化してしまいそうだった。

それを寸前で抑えて、話を聞きながらカメラの映像をときどき確認した。

マサルが小声で言う。


「三十二ページって、うわ、全部で八十ページもあるってよ。うげ」

「静かにしましょう」ジュンはマサルをなだめる。

「もしかして、もしかしなくても優等生タイプ?」


 あまり目立ちたくなかったジュンは、冷ややかな視線をマサルに一度向けて、言葉を押し殺した。

膝の上に乗せた教材の三十二ページを開く。

異世界物質トラフィックシナーについて、という項目だった。


異世界物質トラフィックシナーを使った武器の適合率というものがあります。魔力回路を開けることはできませんが、人は本来〈魔力〉を持って生まれているという仮説があります。しかし、この肝心の魔力はこの世界では観測する術がありません。そこで、魔力を含んでいるとされる、異世界物質を使ったパッチテストが試作されました。数値が一定以上の方が、ここに集まったわけです。それが、ここにいる皆さまです」


 会場全体がざわつきはじめる。

しかし彼女は一向にかまわないといった様子で続けた。


「現在、異世界からのスパイ活動も数多く報告され、目的は明かされていません。しかし、我々はいつ隣の人が、愛する家族が、別の誰かに変わってしまう、そういう恐怖の元暮らしているんです。世界中が一致団結して協力をしなければ、この世界は、我々の文明は、またアイデンティティは滅ぶでしょう。つまり、」


 一度言葉を区切った彼女は会場の端から端までを見つめる。それから数拍後、


「第二世代、第三世代の子供たちや未来のために、犠牲となってください」


 その言葉にどよめきが広がった。

しかし彼女の眼がすべてを物語っているようにジュンには感じられる。

彼女が目を細めるたびに、視線を送るたびに、ひとりひとりの命が刈り取られるような感覚を受けた。

彼女の視線が、カメラのレンズを通してジュンの首元を掴むような。

わずか一瞬の視線だが、ジュンは思わず唾を飲み込んだ。


「私からは以上です。質問があれば、手短に」


 彼女は感情を一切消した声で言って、ジュンは周りの反応も気にせず手をあげようとした、その寸前だった。

隣に座ったマサルが先陣を切って手をあげる。


「どうぞ」


 冷ややかな声があって、マイクが係員から渡される。

マサルは視線を泳がせながら言葉を探して、こう言った。


「はじめまして。質問の機会をいただき、まことにありがとうございます」


 さっそくですが、と前置きをして、マサルは慎重に口を動かし始めた。


「単刀直入に申し上げます。異世界転生の人格乗っ取り被害にあったかたは、元には戻らないのでしょうか。また、どういう扱いになるのでしょうか」


 質問の内容に、ジュンは思わずマサルを見た。他人事の質問ではなかった。


「現在の技術では、戻りません。処分対象となりますので、迷わず射殺します」


 檀上の女性の今にも噛みつきそうな声に、ジュンは思わず唾をのみ込んだ。


「そうですよね、野ざらしにしては、危険ですし」

「魔力という言葉が、架空の存在として仮定した研究を進めています。ですから、肉体と精神の結びつきと、魔力というものについてを解明しない限り到底無理な話です。その前に、異世界侵略者たちに滅ぼされる」


 彼女の瞳には、炎が燃え盛っていた。

ほかに質問は、という言葉にマサルは「大丈夫です。ありがとうございます」と返し、マイクを係員に渡した。

ジュンは次に質問をするか迷っていたが、背中に滴った汗がそれを制止する。

ジュンはいつの間にか視線を伏せていた。

足元のソールの汚れを見つめる。

今、考えられることは少ない。

そもそも、異世界転生者六十一件のケースのうち、五十件だけが射殺となる、と、残りの十一件についてはそれ以外の処分が下されているはずだ。

もしくは、野放しになっているか。

なにかを隠していることだけはハッキリと理解した。

とにかく、ジュンはその後の説明を聞くことにした。


「まあ、軍人だけでも魔力測定には個人差がありますし、皆さまは全国から選りすぐりの精鋭ということになりますから、ご安心ください。必ず守ります」


 次の司会進行の穏やかな男性の、フォローする声があった。

しかしジュンはぼんやりと視線を落とし続けている。



 そして、スマホを取りだしてラインを開いてキーボードを操作する。



〈拝啓お母さまへ。いまはどこにいるのですか〉



 結局、その内容が送られることもなく。


 新たにメモとして追加されるだけだった。




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