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 10 名残り


    ■


 魔力を通した監視によると、地上は混乱に呑まれていた。


「大規模攻撃魔法、イノセンス。この魔法を使うためにたくさんの命が失われている」

「へえ、イイ感じにぶっ壊れ始めてるな。それで、ここは問題ないのか?」


 背後から声がしたが、アキコは振り向くことなく映像を見て、


「問題ない。私の防御魔法は普通のソレとは違う」


 言った。

アキコは映像から視線を外し、薄暗い部屋の中でテーブルに手を置く。

術式がいくつも描かれた方眼紙を一瞥し、ようやくその男に向き合った。

ソファに腰かけた男は切れ長の目でアキコを見つめている。

その瞳には強く、黒い炎が見えた。

変わらず炎を燃やし続けることができる眼というのは、なかなかいないものだ。


「それで、アキコさんだっけか?」

「私の名前はデフィセレイだ。アキコはこの肉体の持ち主の名前だ」


 アキコ、という名前でこちらの世界では生きてはいるが、既に異世界転生者リストに載っているであろう。

だからこちら側の世界では息を潜めている。

そもそも名前は、デフィセレイであって、アキコという聞きなれない響きの音には違和感を覚える。


「呼びにくいからどっちでもいいじゃねえか。とにかくデフィさん、俺はこれからどうすればいい。魔法にそんなに詳しくないからな、俺は」

「今はまだじっと身を隠していろ。もうじき動く」


 アキコは言って、男から視線を外した。

映像に向き直ろうとしたとき、不意に指先がピクリと動いた。

自分の意志に反した動きに、アキコは自分の腕に視線を落とし、ゆっくりと指先を手繰り寄せた。

わずかに重たい息を吐く。


「どうやら私は会いに行かねばならないようだ。私の意志とは違うが、仕方のないことだ」


 この体の持ち主は、まだ未練があるようだった。

それがこの女の息子であることは一目瞭然で、解決する必要があることも確かだった。

アキコはコンクリート造りのこの空間に踵を鳴らしながら本棚に向かった。

一冊だけ、他の本と違って正面を向いている本があった。

くすんだワインレッドの本を手に取る。

デフィセレイとして生きてきた証とも言える魔導書をパラパラとめくり、視線を落とした。

それからすぐに本を浮かせて男の元へ運んだ。


「ショウリ。お主の体には、イノセンスを起こすことなど造作もないほどの魔力の蓄積ができる。魔導士の力とは、魔力の集め方、その集めた魔力を貯める肉体、それと術式の量だ。術式以外の項目でいえば、お前は現代で運命を司る魔法を扱える、唯一になるだろう」

「俺座学は難しいんだよな」


 言いながらショウリは本を手に取った。


「歴史から学ぶこともこれから魔法を扱うものの義務だ」


 アキコはこの本を託す唯一の人物を、ショウリに決めている。


「しかしこちら側の人間の魔力回路をこじ開ける方法が、科学とやらに隠されていたとはな。この世界の脳科学は実に面白い。この世界の法則はあちら側にはないものばかりだ」


 アキコは視線を伏せながら吐息をもらすように言う。

一度言葉を区切って歩きだしながらアキコはこう続けた。


「私が帰るまでに、目を通しておくことだ。そしてその魔導書は、お前に託した」


「アンタの大切な本だろ」

「利害の一致だ」


 アキコはそう言って、目の前に腕を伸ばす。

目の前に白くて細長い円を描いた空間が現れて、迷わずそこに入った。

次に見えた景色は地下鉄の駅で、アキコは左右を見渡した。

アキコの足取りだけが、混乱の中で唯一安定したリズムを刻んでいた。




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