9 花火
風の強い夜で、窓ガラスがカタカタと音を立てていた。
マツウラは妻であるミサキと家に帰って、ジュンに連絡を取った。
それからすぐにソファに腰をかける。
ミサキは真っ先にキッチンに向かって、夕飯の用意を始めていた。
タバコを吸いたかった。
料理をたまには手伝いたかった。
だけどこの場所から動く気になれない。
どうしても、動けなかった。
「ねえ、タダシくん」
ミサキが呼んだ。
マツウラはぼんやり見つめていた虚空からミサキに焦点を合わせる。
エプロンをつけながら出てきたミサキは、不意に口元を緩ませて笑った。
「ショウリさんのこと、諦めてないんでしょ?」
「どうしてそれを」
「だてに奥さんじゃないからさ、私もさ。さっきの人たちも、その関係でしょ?」
ミサキの推測に、マツウラは敵わないな、と思う。
胸からため息をついて、小さく力なくうなずいた。
「ショウリさん、今ごろなにしてるのかな。私たちのこと、すごく喜んでくれてたのに、どうして急にいなくなったのかな」
ミサキが壁際の写真立てを見つめて言った。
マツウラも同じように視線を向ける。
今、自分がどんな顔をしているのか想像すらできなかった。
「タダシくんをここまで連れてきてくれた恩人だもん。私も会いたい」
「もう、会える気がしないよ」
久しぶりにミサキに弱音を吐いた気がした。
「会えるわよ」
即座にミサキの言葉が返ってくる。
マツウラは思わずミサキに視線を向けた。
すると、彼女は頬を持ち上げて、ひまわりのような笑顔でこう言うのだ。
「だって、会えるその日まで、それからも私がいるんだから」
やはり、彼女には敵わないのだと思った。
マツウラは肩に圧しかかった重みが徐々に薄れてゆくのを感じて立ち上がる。
ありがと、と返すと、ミサキは重ねるように再び笑った。
それからエプロンを完全に着て、両手をポン、と合わせる。
「夕飯用意しなきゃ、あれ?」
ミサキの視線が、マツウラの肩越しに向いた。
「なんか外、明るくない?」
ミサキの言葉に振り向いた先のカーテンの隙間から、オレンジ色の光が差し込んでいた。
もう時間も夜で、光が差し込むことなどあり得ない。「花火でもしているのかしら」ミサキが言いながらカーテンを開いた、その瞬間だった。
「なんだ、コレ」
光の球が無数に空に浮かび上がり、ゆるりゆるりと地上めがけて落ちてきている。
地上に届いた瞬間、遠くの辺りで発光しているのが見えた。
花火大会でよくあるような、時間差で爆音が鳴り響く。
無数のオレンジ色が空に再び現れる。
「ミサキ、逃げるぞ」
「え?」
「いいから逃げるぞ! 避難用のリュックを持って、今すぐ!」
遅れてサイレン音が鳴り響きだした。
その間にも爆音が遠くのほうで鳴り響いていて、鼓膜をひどく揺さぶった。
マツウラはリュックと写真立てから一枚写真を手に取って、ミサキの手を引く。
これは、間違いなく始まりの合図だ。




