8 暫定的な答え
青山のビル全体に、軍の捜査が入ったらしい。
ジュンはそのことをイイジマから聞いた。
数日が経過して、動画の編集とマサルのつまらないジョークに付き合う。
非日常が日常になって、もうすぐ半月が経過しようとしている。
大規模な異世界侵略があるとされる一月まで、残り十六日。
ジュンはそれでもなにも変わらず、ただ動画を撮って編集して、そういう一日一日を過ごしている。
ジュンはその日、民間上がりの兵士ではなく、施設の兵士にインタビューをしてみることにした。
邪険に扱われることもあったが、気さくに話してくれる人もいた。
タバコを吸っている人たちの動機、なぜ軍に志願したのか、自衛隊からこちら側に移ったのか、そういうことを日々記録している。
人の人生には様々な色があって、様々な暗闇もある。
そういうものを映像として残すというのは、確かに重要な役割なのかもしれない。
まだ世界が侵略に屈していない証拠とも思えた、し、この記録が後の世界で語り継がれるものになるかもしれない。
未来のことを捉えたことがないジュンだったが、わずかに未来というものを考えさせられた。
「チュンちゃん、俺思うんだよね。めちゃくちゃ重要なことに気づいてさ」
編集室、兼、自室でマサルは椅子の背もたれに肩ひじをついた格好で声をかけてきた。
ジュンはヒラメみたいなマウスの左クリックをくり返しながら動画を切り取って、編集する。
反応を待つような間があったので、ジュンは仕方なく答えた。
「なんですか。どうせまたくだらないことなんじゃないですか」
「人の話聞く前にくだらないって決めつけは良くないんじゃないかな。泣いちゃう」
マサルのいつものいじけた声に、ジュンは普段と変わらぬ接し方を貫く。「そろそろくだらないの統計が出そうですよ」するとマサルは口をとがらせて、
「俺イコールくだらないって言うのやめてよ。だって俺こう見えて生真面目に仕事もやってるし、なんだったら執事みたいにお茶運んだりしてるよ? あ、俺は奴隷か」
「じゃあ、コーラ。買ってきてください」
「ほらまた俺を助手みたいに使って! いいよ、ドクターペッパー買ってきてやるもん!」
子供みたいな発言には反応せず、ジュンはパソコンに向き合った。
動画の編集が、ちょうどあの手術室に閉じ込められたときの映像に差しかかっていた。
当然だがこの動画は既にイイジマに提出している。
「異世界転生」
ボソリ、と呟いた。
映像の中で光り輝く謎の文字と紋様。
恐らく、アキコの姿をした魔女――異世界転生者――から聞いた話と照らし合わせると、異世界転生の術式だろう。
考えてもジュンには魔法とやらはわからない。
しかし、どうしても。
アキコの発言が未だに引っかかっていた。
また出会うことになる。
確かにそう言った。
ジュンは無意識に胸元にぶら下がったUSBメモリを握っていたことに気づいた。
母親の姿をした異世界転生者に会いたいと思っているのか、自分でもわからなかった。
テーブルに置いたスマホを手に取る。
ピン留めされたAKIKOのラインはまだ残っているようで、タップして開いた。
ジュンはメッセージを入力する。
〈俺は、本当にまた会えるのでしょうか〉
入力した文章を送信しようとした、その寸前だった。
突然着信が鳴って、発信者名が表示される。
松浦忠と書かれていた。
ジュンは少し間をあけて、通話に応じることにした。
電話を耳に押し当てると、マツウラの第一声があった。
「マツウラだ。突然電話して悪い。少し話したくてな」
「いえ、大丈夫です。こちらも連絡しようかと思っていましたので。それで、要件は」
ジュンは相手の要件を聴くことにした。
「なんて言うか。俺は、ショウリさんを追いかけることの意味がわからなくなったんだ。だから、もう、いいんだ。それを伝えたくてな」
彼から出た言葉は意外なものだった。
ジュンは電話を少し強く握り、耳に押し当てた。
「この間思い知ったよ。俺は、守らなきゃいけないんだ。自分の奥さんと、子供を、こんな世界から。俺なりに、だがな」
ジュンは答えられない。
そうですか、と答えるのが精いっぱいで、視線がパソコンの画面に向いた。
マツウラは続ける。
「俺が知っていることなんて、きっとあの人の一部分に過ぎない。けど、ショウリさんは俺のヒーローで、英雄ってのはずっと変わらない」
マツウラの声が細くなっているような気がした。
ジュンはようやくそこで口を挟む。
「本当にそれでいいんですか」
え、だか、あ?、だかの声が聞こえた。
ジュンは一つ呼吸を腹に落として続ける。
「今はそう思うかもしれません。だけど、俺は多分色んな人を撮り続けます。そのうち、もしかしたらショウリさんのことも情報が得られるかもしれないです。だから、」
一度言葉を区切って、ジュンはUSBメモリを握る。
「暫定的な答えでいいんだと、思います」
そう言い切った。
マツウラの反応はすぐには返ってこなかった。
沈黙が続く。
なにかを噛みしめるような間に、ジュンはマツウラの反応を静かに待った。
「そうか。そうだな。今は、で、いいんだよな」
マツウラの言葉に温度が戻っているような気がした。
ジュンは何度か瞬きをして、「はい」と答える。
ひどく他人事のようにも感じたが、今ジュンにできることはそのくらいで。
「ありがとうな」
マツウラはそう言って、二人は通話を終了することにした。
スマホをテーブルに置く。
突然丸い空洞が胸に開けられ、風が吹き込んでいるような感覚があった。
なにか寂しさに似ているような、違うような、そういう妙な感覚だった。
ガチャ、と、扉が開く。
そこにはマサルの姿があった。
「ドクターペッパーどこも売り切れで、コーラしかなかった」
「ありがとうございます」
「え、それだけ?」
「はい」
なにを求めているのかわからなかったので、ジュンは短く答えて瞬きして応じた。
それからマサルはテーブルに海外の文字のコーラを置いて、自分のものも買ってきたのかプルタブを開ける。
「もうちょっと相手してよー。俺の渾身の頑張りもねぎらってあげてよ」
「検討しておきます」
ジュンは少しばかり自分の口角があがっていることに気づいて、パソコンに向き直った。




