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 6 手術室



「それは、どうして言い切れるんですか。公開されていない情報のはずです」


 ジュンはカメラのアームを握る手が強まった。

全国的なニュースにはなっていたものの、犯人の情報が未だ手がかりがない、と世間ではなっている。

その裏にはなにか隠しているような感じは、確かにあった。

手術室の設備が、妖しく光る。

ジュンの疑問に、マツウラはゆっくりと振り向きながら言った。


「俺はショウリさんを探すために、探偵を雇った、というのもあるけどな。渡米歴があったショウリさんを追って、俺はアメリカに渡った。それからたどり着いた先で得た情報だ。それから俺は、日本に帰ってきた。それで、教団についてを調べ始めた」


 マツウラは視線を伏せたのち、手術室に向き直って足を進める。

ジュンとマサルは慎重にゆっくりと後を追った。

マツウラは続ける。


「この場所も、日本でも活動している宗教団体だから、調べるのは苦労しなかったんだ。ほら、こっちだ」


 マツウラに促されて入った手術室の壁には、様々な模様が描かれていた。


「異世界転生の、儀式場だ」


 手術台には拘束具があり、赤い文字と模様がびっしりと天井にまで描かれている。

異様な光景だった。

床には血痕のような黒いシミがあったが、なにが行われていたのかはわからない。

とにかく魔術の術式、それも、異世界生物がまとっていたものと似ていた。

もしくは、渋谷上空に現れた赤い円陣。

ジュンが顔をしかめていると、マツウラの言葉の先がジュンとマサルにしぼられた。


「アンタら、ユーチューバーじゃないだろ? だから、ここに連れてきた。けど、アンタらは一体何者だ?」


 正体を明かすか、迷った。

しかし彼に嘘は通用しないのだろうと、なんとなく、感じた。


「俺たちは、対異世界の自衛軍です。一般上がりで、こうやって記録を撮ってます」


 そうか、とマツウラのあいまいな反応があって、ジュンはさらに続けた。


「アメリカで逮捕されたのであればそのまま向こう側の法律で刑が執行されるはずですが、石上勝利さんの記録は日本の刑務所のものでした。それと」


 一度言葉を区切って、カメラをマツウラに向けた。


「彼は、行方不明者リストにも載っていました」


 しかし想定以上にマツウラの動揺は少なかったようで、両腕を組んで考える仕草をしてみせる。

短い吐息まじりの声で、独り言のように言う。


「なんらかの理由で、アメリカから日本に移送されたってことか」


 マツウラはしばらく視線を泳がせて、少し間を置いた。

ジュンはマサルにチラリと視線を向ける。

マサルはなにが起きているのかわからない様子ではあったが、話の筋は理解しているのだろう。

手術室を見渡して、スマホで写真を撮っている。


「俺が追いかけているのはあくまでショウリさんだ。それが、まさかこんなところにたどり着くと思っていなくてな。どうしたものかと、今も考えている」


 ジュンは言葉を探した。

沈黙したままマツウラを見る。

疲れ切っているように見えるが、内側の炎は静かに揺らめいている。

そう、瞳が物語っていた。

ひとまずジュンはカメラを回し続ける。

この紋様が刻まれた部屋を撮り続ける。

拘束具に、知らない言語で書かれた壁と天井、それから床。

撮りながらふと疑問が湧いた。

なぜこの場所が放置されていたのか、鍵もかけられていないのか、そして政府が放置していたのか。

そのときだった。


『あら、この場所に入ってくる若い魔力はたくさんいたけれど、今日は違うみたいね』


 突然首元を舐めまわされるような女の声が、頭の中に直接響いてきた。

どうやらマサルとマツウラも同じようで、三人は目線を合わせる。


『異世界転生に使われた魂は一方通行で、どの肉体に入るかなんてわからない。相手の世界をうまく観測していなければ、下手をすると魂はうまく肉体に入らず、霧散して消える。永遠に世界をさまよって、誰にも観測できなくなる。永遠の孤独を味わい続ける』


 声は側頭部から後頭部にかけてまとわりつくように聞こえる。

しかし、目の前の廊下を一人の女性が歩いてきているのが見えた。

この部屋には逃げ場がない。

ジュンはカメラを握りながら、警戒心を高めた。


「そろって心臓の音が早まっている。警戒しているのね。正解、でも無駄ね。この施設がなんのためにあったか知ってる? まあ術式は間違っているけれど、応用すれば使えるレベルかしらね」


 女が言い終わると同時、扉がひとりでに閉じた。

扉の内側にも紋様が刻まれており、黄色い光を放っている。


「なにが起きている」

「おそらく、あの人も魔女かと」


 マツウラの言葉に、ジュンは淡々とした口調で答えた。

扉は一つしか用意されていない。


「ちょっと待って、これなんかだんだんと光ってるんだけど!」


 マサルの声にジュンとマツウラは部屋を見渡した。

刻まれた紋様が、徐々に光を強く放ち始めている。「なにをした!」マツウラが扉を叩いて叫ぶ。

しかし光は強くなってゆく一方だった。

再び、首筋で声がした。


『あなたたち、転生のことを少なくとも他よりも知っているみたいだし、マテリアルとしてはまあまあ価値があるわ。私は助けてあげてるのよ、異世界転生失敗者の成れの果てにならないように、ちゃんと使ってあげる』




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