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 2 予感



『何度か起こった侵略でアラートが鳴って、でも、一番近いシェルターまで、十五分も歩くの。いつ侵略? が起こるかわからないし、子供がいるから抱っこしながら歩くのはちょっと重労働すぎる。廊下に布団を敷いて寝る日々が続いているけど、それもいつまでもつかわからない。身体もボロボロになるわけだから』


『あのときは、遠くから聞こえる爆発音で寝れなくて、しばらくその音が耳にこびりついてた。私の家にまで被害が及ばないでって思ってます』


『よくないかもしれないけど、慣れて行くしかない。これが新しい日常だもの。そのあとは普通の人生が続いているんだもん。仕方ないじゃない』


『会社は休めないんですよ。二十四時間稼働しているし、僕の仕事はライフラインに直結するものですから、こういうときが一番、仕事をしなければならない。けど家族のことは心配でしたよ。ずっと、気が気じゃなかった』



 ジュンは撮りためた動画の編集をしながら海外の文字で囲まれたコーラを飲んでいた。

コン、と缶が乾いた音を立て、栄養バランスを計算したバーのゴミを、ゴミ箱に捨てる。

午前中に出会ったマツウラという男の名前が書かれた厚紙を尻目に、ジュンはどうするか迷っていたのだが、一度イイジマに相談するのも手かもしれない。

とはいえ、施設移動をしたばかりで、上司にあたるあの日本刀のような眼差しの男に頼るのは、少しばかり気が引けた。


「ねえチュンちゃん。俺そろそろ孤独死しちゃうよ」


 背後から声がして、ジュンは振り向くことなくマウスの左クリックを押した。

マツウラの動画が流れ始める。


「また単独行動してさ。俺おいてけぼりじゃん。動画編集だってチュンちゃんだし、俺記録係として仕事なにもできてないんだけど」

「そもそも、記録係に仕事内容の説明なんてロクになかったじゃないですか」


 ジュンは動画の切り替わりを確認しながらデスクに左ひじをついて言った。

右手のクリックが強くなる。

マサルはなにやら近づいてきたかとおもうと、海外製のコーラの缶を持ち上げた。

それからコツコツと爪で音を立て答えた。


「そう。だからこそ、バディは二人で一組。一緒に組んでんだから呼んでよ」

「なんですかそのあからさまなイジけは」


 雑に反応したな、と思った直後にはもう手遅れだった。


「俺の気も知らないで、もう知らないっ、メンヘラ男になってやる!」


 なってますよ、という言葉は寸前でのみこんで、ジュンは短くため息をついた。

それからパソコン作業はひと段落だと思い、立ち上がる。

ティーシャツ一枚では寒いだろうと思い、ジュンはパーカーを羽織って言った。


「少し、付き合ってもらえますか。イイジマさんに聞きたいことがあるので」


 ジュンがしかたなく言うと、マサルは飼い主が帰ってきた子犬のように目を輝かせ、何度も小さくうなずいた。

それからイイジマに電話をし、今はカンノと一緒に指令室、十一階にいることを聞いた。

すぐにエレベータで向かって、兵士に会議室に案内される。


「どうぞ。それで、わざわざ会いに来たってことは、電話じゃ解決できない用件なのね?」


 部屋に入るなり、カンノが目線を切って言った。

イイジマもカンノも座ってはいなかった。

窓際のモニターの前に立っていて、先ほどまで使われていたのだろう、リモコンがテーブルに置いてある。

ジュンは彼女の言葉に小さくうなずいたのだが、


「えと、チュンちゃん、いや、ジュンさんが」

「手早く聞きましょう。どういう要件かしら」

「それも、ジュンさんが」


 と、マサル。

マサルは通訳でもしているのだろうか。

ジュンはため息をこらえて、重たい口を開いた。


「外で取材をしているときに、マツウラさんという男性に会いました。探している人がいるとかで、行方不明者リストを見れないかと」


 特別必要のないことだったかもしれない。

しかし、どうにも放置しておくことができないと感じた。

イイジマはどこか先の辺りを先読みしたような鋭い視線をジュンに向けた。


「それで、探している相手の名前は聞いたのか?」

「はい。石上勝利いしがみしょうりさんというかただそうです」


 イイジマの重たい声に、ジュンが答える。

するとカンノがテーブルに置かれたパソコンに触れ、椅子に腰かけた。


「なるほど。少し調べるから待ってて」


 カンノはキーボードに指を走らせて、画面を見つめている。

ジュンが黙って待っている間、マサルが小声で耳打ちする。


「どういう意味だ?」

「あとで説明します」


 もう、とマサルがいじけた声を発した直後、カンノの表情がわずかに動いた。

カンノは唐突にジュンに視線をすえて、両肘をテーブルについた。


「カタカナで検索してリストには二件あった。一人は福岡県在住。もう一人は都内なんだけど、行方不明者リストとは違うリストね。その、マツウラという男性とはどういう繋がりか聞いたかしら?」


 いえ、と答えるジュンにカンノは瞬きを数回くり返し、再びパソコンの画面に視線を戻す。

イイジマに目配せして、その直後、


「単刀直入に言うわね」


 カンノは前置きをし始めた。


「石上勝利さんのリストだけれど、刑務所に入った人物のリストに名前があったわ。それも、量刑の重い人リストのなかに、ね」


 パソコンからジュンに向けて、細まった目が向いた。

それからすぐに両ひじをテーブルに乗せて、ジュンの様子をうかがいながら続ける。


「だけど、行方については記録がない。その後も服役していることになっているはずだけれど、マツウラさんは面会もできていないはず。なぜなら」


 一度言葉が区切られる。すぐにカンノの唇が動いた。




「この刑務所はあの渋谷事変以降、閉鎖したから」



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