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 1 探す男

 1 探す男


 一般上がりの軍人・適合者の訓練にあたって、施設を移すことが決定した。

以前のショッピングモールから港区六本木に位置する軍の本部のすぐ近くへと移送した背景には、青山公園南地区を拡張した日米共同基地が近くにあることだろう。

軍本部である元六本木ヒルズまで、目と鼻の先だ。

ジュンはひとまず簡単な訓練は受けるが、基本はこれまでと変わらないらしい。

それはマサルも同じのようだ。


 今度の施設は以前とくらべるとかなり小規模に感じるが、おそらくワンフロアの狭さが原因だろう。

二十階建てのビルで、天井も近い。

しかし以前から使われている施設のようで、機敏に動く人が多い印象だ。

そこでジュンはカメラを手にパーカー姿で立っているわけだが、


「すみません。あの、お話をうかがってもよろしいですか?」


 と声をかけても、相手にすらしてもらえない。

あからさまに目を細める人ばかりだ。

だからジュンはイイジマに連絡して、ここでも外出許可をもらった。

ゲートから外に出て、壁を抜ける。

しかし外を歩く人々も基本は軍人で、この辺りには一般人は少ないように感じた。

施設を取り囲む異世界物質トラフィックシナーを組み込んだ特殊カーボン繊維の壁の近くで軍事反対を掲げる人々がちらほらといる程度だ。

権力層だけ守られている、国民を見捨てるな、といった文字が目に留まった。

ジュンはひとまず段ボールやプラスチックのカードを掲げる数人の運動を横目で流す。

そこに、少し距離を開けたところに一人の男性が立っているのが見えた。

スリーピースの黒いスーツに、眼鏡をかけた男性だった。

年齢は、二十代後半くらいだろうか。

ジュンより年上に見える。

その男性の眼鏡の奥にある鋭い瞳がジュンをとらえた。

なに見てんだ、とでも言いだしそうなほどの細まった目がジュンを見つめているではないか。

視線を逸らすか迷った末、声をかけてみることにした。


「あの、少しお話を聞いてもいいですか」

「なんだ?」


 冷ややかな低音の声があった。

人間は第一印象が大切だ。

ジュンは怯むことなく踏み込むことにした。


「いまインタビューしてまして、もしよければカメラ回してもいいですか?」

「ええけど。お宅、マスコミの人間か?」

「いえ、違います」

「まあええか」


 男は両手をスーツのポケットに突っ込んで、今にもタバコでも吸い始めそうな雰囲気を持っている。「それで、なにが聞きたいんだ?」男のほうから話題に入ってきた。

ジュンは慎重に聞いてみる。


「あなたも、彼らの活動の一員なんですか」


 彼ら、シュプレヒコールを繰り返すフェンス前の人々のことを指した。

すると男性は、いや、と前置きして、目を細めて続けた。


「俺はこいつ等の活動に興味もない。ただショウリさん探してるだけだ」

「ショウリさん、ですか」


 ジュンは答えながら男性の視線の先を追った。

どうやら抗議の看板を持ち上げながら「戦争反対」の叫び声をあげている数人ではなく、もっと遠くの、施設よりも先を見ているような気がした。

ジュンは再び男性に目を向ける。


「命の恩人ってやつだ。あの人が刑務所《豚箱》に行ってから、それから音沙汰なしだったから。あの災害でどうなってるのかもわかんねえし」


 やはり遠くを見つめていた。

目の前の現実など目もくれていないといった感じを受ける。

ジュンが次の言葉に迷っていると、


「俺はマツウラって言うんだけど、アンタは?」

「俺は、ジュンです。畠山隼はたけやまじゅんです」


 自己紹介があったので、ジュンも名乗る。

軍にいることはあまり外部には言うべきではないだろう。

だから名乗るだけにしたのだが、どうやらマツウラの警戒心が薄れているのか、次の話題へ彼の言葉が向いていた。


「アンタ、あの災害、侵略でなにを失った?」


 失った、と聞いてジュンは答えられなかった。

マツウラは続ける。


「俺は平穏という感覚を失った。あれから常に隣には戦争があると思っているし、それに慣れてしまっている。ほとんどの人がそうだ。意識無意識は置いておくとして環境に慣れて、結果それを受け入れきれずにああいう連中が生まれる」

『戦争反対! 反対! 公共施設の基地化反対!』


 やけにハッキリと抗議運動を続ける彼らの声が聞こえた。

マツウラは続ける。


「アンタ、ユーチューバーとかか?」

「そんな、ところです」


 誤魔化した。


「それなら石上勝利いしがみしょうりさんのこと、聞いたことはないか」

「いえ、存じ上げないですね」


 ジュンは正直に答えた。

すると、マツウラはタバコの箱を取り出して一本吸うのかと思いきや、なにかを考えるような間があって、タバコを収めた。


些細ささいなことでもいい。なにかわかったら教えてほしい。頼む」


 最初の印象とは真逆の、真摯しんしな印象を受けた。

ジュンは頭を下げている彼に、小さく頭を垂れて応じる。

それからすぐにマツウラは名刺っぽい白紙の厚紙をふところから取りだして、名前と電話番号を手早く書いた。

それを差し出されてジュンはゆっくりと受け取った。

松浦忠まつうらただしと書かれている。


「なにかわかったら、連絡します」

「無理に探さないでいいからな。どうせ手がかりもねえから」


 そう言って、マツウラは背中を丸めながら歩き始める。

その背中を、ジュンは撮り続ける。


 世界を敵に回したような背中だ、と漠然と思った。



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