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 9 ひとりひとりの世界の守りかた


 軍の踏ん張りと、小規模範囲での侵略だったためか、被害は最小限で済んだ。

それでも死者が出たこの状況と混乱は、ジュンをはじめ一般人上がりの兵士たちには記憶に鮮やかに残るものとなった。

被害状況については、ジュンたちにはまだ報告はされていない。

メディアでも特別な情報は流れていない。

総理大臣の緊急記者会見が開かれるなど、テレビではどこの放送局も取り扱っているにも関わらず、だ。


 あれから二日が経過した。

あれから施設は閉鎖に向けて生き残った機材などを運び出す作業が行われていた。

ジュンも駆り出されていたのだが、イイジマから指令を受けて、今、カメラを片手に立体駐車場に歩みを進めている。


「ねえねえチュンちゃん。なにか忘れてない?」


 背後から最近聞き馴染みのある声がした。

だから振り向かずに乾いた声で応じる。


「なんですか。俺はなにも忘れてませんよ」

「いやあ、忘れてると思うけどなあ。たとえば、大事な人のこととか、たとえば、相棒がいるよってこととか、相棒が誰なのか、とかさ」

「無視をしていただけです」

「ひどい!」


 背後から突然肩を掴まれて、ジュンはようやく足を止めて振り向いた。

すぐ真後ろには無精ひげを整えたマサルが立っていた。

今にも泣きだす演技でもしそうなマサルに、ジュンは内心ため息を吐いた。


「なんで置いていくのさ。俺たち相棒だろ? 相棒ってのはいついかなるときも一緒で、風呂もトイレも共にするって、海外映画でよくあるだろ」

「ありませんよ。緊急だったから、呼ぶ時間がなかっただけです」


 ジュンは素直に言ったつもりだが、納得する様子も見せない。

再び歩き始めて横に並ぶマサルは先日の事件からダメージを受けた様子もなく体を伸ばして、水で濡れ切った床を踏み、そのしぶきがジュンの足元に散る。


「とにかく、もう着きますから」


 ジュンの言葉があって、モールの建物を出た。

それからこの施設の周囲に張り巡らされた壁まではそう距離はなく、すぐにゲートにたどり着いた。

門兵が二人、銃を手にして見張っている。

そのゲートの前に、最近、見慣れた姿があった。


「それで、ユキさんは、大丈夫ですか」


 うつむいたユキの姿があった。「大丈夫」と、言いながらゆっくりとジュンを見つめるユキは、どこか表情に疲れを感じる。


「私、やっぱり無理だった。軍なんてムリ。これから訓練も始まるだろうけど、その前でよかったかもしれない」


 ユキはそう言って、いまにもつまずきそうな表情でジュンを見つめ続ける。

それからマサルに視線を向けて、


「アンタもいたんだ。マサルっち」


 言って、ようやく表情をやわらげた。


「今更かよ!」


 マサルの困惑した反応に、ユキは出し抜けに笑い始める。

ジュンは二人の会話にどういう言葉をかけるべきか迷って黙り込み、カメラを回し続けた。


「そういうワケだから、あの子を守るために、私は私の方法で、生きる。ごめんねジュンちゃん」

「それは、俺には必要ありませんよ」

「ううん、ジュンちゃんに、だよ」


 頬を無理矢理持ち上げているようにも見えない。

かといって、無意味な笑いにも愛想笑いにも感じない。

ユキの言葉に、ジュンは今度はきちんと返した。


「俺たちも違う形でこの世界を、俺は俺のやりかたで守りますから、どうか」


 諦めずに。

という言葉は飲み込んだ。

無言のやりとりがあって、彼女はなにかを乗り越えたような、それでいて覚悟を決めた眼をしていた。


「マサルっち。この戦争が終わったらデートしてあげよっか」

「こっちから願い下げだ。俺はおしとやかな子が好きなんで」


 マサルの鼻で笑うような言葉に、ユキはムッとした様子だ。


「なに様なんだよ、ヨッシーのくせに」

「クリボーのくせに」


 マサルの言葉にユキは再び笑ってみせる。


「クリボーは、おとなしくリトルクリボーのそばにいてあげることにします。仕事ばかりで、あの子に寂しい思いさせてると思うし。それで、私も腐れ縁の元カレとは縁切っちゃお」


 言って全身を伸ばしながら歩きだす。

門番のお辞儀になにも反応はしないユキだったが、ゲートが開けられて、ユキは振り向いた。


「なんだか疲れちゃったから、先に休憩もらうね。またね」


 言って、ニッと笑い、それから鼻をつまんでプーン、と音を一つ立てた。

今度こそ彼女は振り向くことなくあゆみを進める。


 さようなら、とは言わなかった。



 またどこかで会えるような、そんな気がした。



 きっと、気のせいだ。



    ■



 ユキはね、思うの。

絶対に間違ってたんだけど、間違ってなかったって。

だってあの二人に会わなきゃ、今こんな気持ちになんてならなかっただろうから。

もっと早く気づくべきだったんだけど、ユキってほら、モテるからさ。

それにしても、ほんっと、ここから歩くなんて。

まあ駅は近いけどさ。

とにかく元カレに預けたあの子に会いに行かなきゃ。

まずはそこから。

でも、横浜って遠いのよね。

色々肩も凝ったし、疲れたし、プライドも傷ついたし、サイアク。


まあ、いいか。

生きてれば、文句なんてないか。

今はいったん、そう思うことにする。


 ……。


 忘れてたな。


 あの子が生まれたときのてのひらのムニムニと、あの純粋な笑顔に助けられてたってこと。


 ユキの家族はみんな太ってるし、貧乏で、ロクデナシばかりだから、ユキは子供のためだって思って、美人のお母さんでいて、お金にも苦労させないようにしようって、優しいママになることに一所懸命だったんだけど。

美容整形外科にまで行って、色々やってたことも、結局はあの子のためって言って、ぜんぶ自分のためだった。


 だから、今度はちゃんとあの子に向き合って、自分のことも知らなくちゃいけないって思う。



 だって、もう、私だけの人生じゃないもの。


 私は私のために生きる。


 そして、あの子を守っていきたい。


 またいつか、会うことがあったら、あの二人に自慢したい。



 かかわった時間だけじゃ、きっとないよね。



 こんな世界だけど、私は私なりのやりかたで、世界を、ナツミの世界を守るから。






 それにしても。


 あーあ、マサルっち、ユキのタイプだったんだけどな。



    ■



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