6 地鳴り
「それで話ってなに?」
ジュンとマサルはテーブルを挟んで座るユキを見つめている。
不思議そうに首をかしげるユキに、ジュンは迷ったあげく、一拍開けて切り出すことにした。
「ユキさんは、お金のために軍に志願したんですよね。適正検査の数値もあって」
「そうよ? え、もしかしてそういう類の話でユキを呼び出したの?」
ユキはテラスのテーブルの上に両肘をつく。
それから体を前のめりにしてジュン、マサルの順番に見つめてきた。
すぐに姿勢を戻してため息混じりに続ける。
「それに、クリボーって呼ばれないの、なんかショック」
「それは、今はそういう時間じゃないので」
「まあ突然クリボーって呼ばれたら周りの男どもが困惑するもんね」
ユキはモールの出入り口のガラス戸に視線を向けた。
テラスから先は入らないで、と予め指定いていたようで、数人の男性が待機している。
ジュンが視線を走らせたところ、睨まれたような気がして視線をすぐにユキに戻す。
これ以上時間を引き延ばしてもいいことはない。
そう判断して、ジュンは一直線に本題を持ちだすことにした。
「担当直入にお話します。ユキさんは、適性検査のレベルは既定の範囲ではなかったのでは、ないですか?」
「なにそれ」
明らかにユキの表情に陰が落とされた。
カメラは固定して回している。
彼女の視線がジュンから一度カメラへと向き、唇の端がわずかに下がった。
「ユキさんについての調査報告書です」
ジュンは用意していたイイジマからの書類をテーブルの上に置く。
困惑した表情を張りつけたユキは、ゆっくりとクリップ留めされた書類に手を伸ばす。
彼女の普段はピンと伸びた背中が、丸まっていた。
「なにこれ、全部デタラメじゃない」
「それは俺たちにはわからないことです。上司に、除隊の説明をするように言われました」
ジュンが『除隊』、と口にした瞬間、ユキの表情が固まった。
それでもジュンは続ける。
「もう一度聞かせてください。どうして軍に志願したんですか」
「たくさんお給料もらえるって話だったから、それだけって言ったでしょ」
ユキの口調が徐々に荒っぽくなるのを感じた。
「ユキさんには本当はお子さんがいらっしゃるんですよね」
「それは、知らない」
ユキはいない、とは言わなかった。
ジュンは次の言葉を探し、あくまで落ち着いた口調を保った。
なにかを隠していることは確かだが、無理矢理聞きだしても意味がない。
「家族のいる家庭には選択権があります。特に老人、妊婦、子供に関してと、生まれたての子供がいる方々にはある程度の配慮がされているはずです。混乱している状況でしたから、絶対にとは言えませんが」
「ウザ」
ジュンの言葉をユキが唐突に冷めた声で遮った。
ジュンは口を開いたまま瞬きをしたところ、ユキは赤い炎の灯った眼でジュンを睨む。
「なに調子乗ってんの? ただのブサ男と地味男がなにわかったように言ってんの? ふざけないでよ!」
「落ち着いて、いいから落ち着いてユキちゃん」
マサルが椅子から腰を浮かせてなだめようとしたが、ユキは構わず大声をあげる。
「気安く名前で呼ばないで! どんな状況でも生きていくにはお金が必要なの! あの子が大きくなるためにはお金が必要なの! ブスも貧乏もキライ! ぜんぜん信用できない!」
ユキの言葉は乱雑ではあったが、ある種の説得力を持っていた。
それが気迫から溢れたものなのかはわからない。
しかしジュンは青い炎を灯し続け、平坦な声で答える。
「適性検査をもう一度受けてもらえますか。除隊はそれから、」
「しょーもな。だったら上司連れてこいよ。ユキは絶対もらったお金は返さないから!」
白い華奢な腕がテーブルにたたきつけられる。
ユキは立ち上がったのち、一切視線を合わせることなく体を切って歩きだす。
ジュンとマサルが呆然と彼女の背中を見つめていた、そのときだった。
遠くから地鳴りが響いてきて、揺れてはいないにも関わらず、肌に感じる気配があった。
この感じに、ジュンは覚えがあった。
全細胞が警鐘を鳴らし、鳥肌が立っていたときには地鳴りが近づいていて。
次の瞬間、曇り空の真下に赤い幾何学模様が出現し、ジュンは思わず呼吸を止めた。
次話 7 死にたくない、死ねない




