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 5 小さな嘘



 イイジマに呼び出されたのは、二日が経過したときだった。

その間ユキに密着をしていたのだけれど、日常風景を映しているだけの日々になにか新しい命令が下るのかもしれない。

そう思いジュンとマサルはイイジマの部屋を訪れたわけだが。


新山雪にいやまゆきを今、撮っているそうだな」


 ジュンは切れ長の目をギラリと光らせるイイジマに無言でうなずいた。

それからマサルと目を合わせ、再び向き直る。

椅子に深く腰かけたイイジマはテーブルの上で両手を組んで、深刻そうにひとつ息を落とした。

机上には、新山雪の調査票と書かれた書類があって、なにやらただ事ではないことだけはわかった。


「調査に誤りがあったそうだ。彼女には子供がいるそうだな。それを隠し、魔力測定の数値を誤魔化してここにいることが発覚した」


 イイジマは姿勢を崩さず言って、ジュンとマサルをヘビの睨みのごとく見つめる。

なんの話だかさっぱりだった。


「つまり、どういう、」


 ジュンはようやく口を開く。

しかしなにを聞けばいいのかわからない。


「担当者を言いくるめでもしたんだろう。担当の男を揺さぶったら簡単に白状した」


 揺さぶった、という言葉になにか暗喩あんゆが隠されているような気がした。

ジュンは口に溜まった唾液をのみ込むのが精いっぱいで、とにかく事態を把握することに務めた。

ジュンは今度こそ聞き返す。


「それで、ユキさんはどうなるんでしょうか」

「決まってる。除隊だ」


 日本刀のような視線がジュンを切った。

次の言を失ったジュンの代わりに、マサルが瞬きしながら言う。


「えーと、というか数値ってそんな簡単に誤魔化せるものなんですか?」


 マサルの疑問にイイジマは一つ呼吸を置いて、今度は気だるそうに答える。


「緊急事態で、切羽詰まったあの状況だ。情報を書き換えるのは容易だろう。ただ検査して記録して、それで提出だからな」

「なんて管理がインスタントですこと」


 マサルはつい口を滑らせた、みたく背中を急に伸ばした。

だから今度はジュンが聞くことにした。


「それで、俺たちはなにをすればいいんでしょうか」

「たしかに。記録するだけならやってますからね。サボってませんよ、決して」


 ジュンの言葉に乗っかったマサルに、イイジマがこう言った。


「彼女に対する通告と、記録を継続しろ。それから除隊まで彼女から目を離すな。カメラを向け続けろ」


 一瞬静まり返った部屋のなかで、マサルの視線がジュンの頬に張りつく。


「俺たちは伝書鳩でんしょばと係ってことですか?」

「そうだ」迷いのないイイジマの言葉。

「いやいや、俺たちそんな人事でもないんですからヤですってー、ってこれは命令に不服とか、面倒だなとか、そういうんじゃないんですよ? クビを言い渡される気持ちは痛いほどわかるから、その役割を俺たちはしたくないなって意味で」

「わかりました」


 ジュンはすぐさま縦返事をする。

マサルは嘘だろ、みたいな視線を送ってきて眉をひそめているのがわかったが、それでもジュンはイイジマを見続けた。

彼の日本刀のような視線を、ジュンはただ見つめ返した。

自分を守るわけでもなく、すべてを受け入れているわけでもなく、ただ、純粋に。


 部屋を後にして、ジュンはマサルを置き去りにするほどの速さで歩き続けた。


「チュンちゃん、ちょっと待ってくれ」


 マサルの声にジュンは足を止めて軽く首を向けた。

両手を上に伸ばすマサルに、ジュンは視線を伏せる。

首からさげたUSBメモリのケースが視界に入った。


「ピザ屋のバイトのときクビですって言われて、トラウマなんだって」

「それなら、一人でやりますよ。待機していてください」

「チュンちゃん、ちょっとさ、もしかしたら恨まれるかもしれないぞ。周りの男たちにもさ。リスクしかないし、損な役回りだって」

「でもそれが与えられた仕事ですから」


 ジュンは意見を変えるつもりはなかった。

むしろマサルの言葉になにがそんなに不安なのかわからない。

ジュンは軽く頭を下げて再び足踏みしたときだった。


「あ、ジュンちゃんにマサルっち。お疲れさま」

「あー、タイミングうー」


 軍服姿のユキが立っていた。

マサルはジュンの隣で腰に手を当てて視線を宙にさまよわせている。

ジュンは彼女がどういう思いでここにいるのかを知らない。

突然切りだすのもどうかと思い、こう提案した。


「少し、テラスでお話しませんか」

「ユキをデートに誘ってるのかなー?」

「そんなところです」


 ジュンは迷いなく答えて、彼女の瞳を見つめる。

潤った唇が持ち上げられ、なにやらユキは気分がいいのか自然とほほ笑んでいた。

ジュンは視線を少しばかり張りつけて、それからすぐにカメラを彼女に向けた。


 レンズ越しに見える彼女は、実物よりも少し疲れているように感じる。



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