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 4 くだらない中に隠れた大切



「それじゃ、逆に質問していい?」

「どうぞ」

「いいよ、どんと質問してこい」


 アンタじゃない、とユキがマサルに言って、マサルは両手を大げさに持ち上げて肩をすくめた。


新山雪にいやまゆきって私言うんだけどさ、ジュンちゃんは彼女いるの?」

「いや、いませんよ」

「じゃあ彼女候補にジュンちゃんさ、ユキはどう?」

「知り合ったばかりですし、まだわかりません」

「優等生の回答だね」


 口をとがらせて言うユキに、ジュンはわずかに視線を伏せる。

頭に手を押し当ててしまった、とでもいいそうな仕草をするマサルにジュンは横目を向けた。


「そうなんだよ。コイツ優等生だからな」


 マサルを無視してすかさずユキが言った。


「でも、だから合格。特別にユキのことあだ名で呼んでも呼び捨てでもいいよ」

「あだ名、ですか」


 ジュンは困った。


「そ。ジュンちゃん考えてよ。なんでもいいよ。マリオとか、ヨッシーとかなんでも」


 気さくに呼ばれることまではよかったが、あだ名となると少しばかり気が重くなった。

ジュンはうつむいたり視線をメニュー表に落としたりした。

生ビール八百円の表記が無駄に高く感じる。

しかし今はニックネームを考えなければならなくって、マリオとヨッシーから連想されたものを口にした。


「クリボーで」

「え、そこいくの?」


 ユキは頭を一つ前のめりにしてみせる。


「なんでもって言ったので」

「ピーチ姫とか色々あったじゃん! てかなんならそっち期待してた」

「だけど、クリボーのほうが忙しいですし、日常にこそ俺は色んなヒントが隠れてるんじゃないかって、思って。それで、クリボーです」


 ジュンの生真面目な発言に、ユキは目を丸くしてみせた。

それからふっと笑い、徐々にその笑いが大きくなってゆく。

そうなると今度はジュンのほうが目を丸くするわけで。


「やっぱ、ジュンちゃん最高! 最初はなんだって思ったけど、最高だよ」


 ジュンはさっぱりわからなかった。

とにかくユキが喜んでくれていることだけはわかる。

だからジュンは内心少しホッとしながら、オレンジジュースを口に含んだ。


「俺はさっぱり二人の空気感に入れないんだけどな!」


 瞬きをしながら言うマサルに、ユキがすかさず答えた。


「ここで線引きされてるから」

「俺も入れろ!」

「ヤダきもい、来ないで」


 本気でショックを受けるマサルに目配せして、ジュンは記録用のカメラの映像をチラリと確認する。

彼女の本心から出たであろう笑顔は、映像に記録されている。

こういう瞬間が、きっと、大切なのだろうと漠然ばくぜんと思った。


 それからお会計を済ませ、二時間後には店を後にする。

ユキから特別なにかを聞きだしたというわけではなかったが、ジュンは三人の会話のなかに生まれた分かち合いのようななにかが、とても心地がよかった。

それはマサルとユキも同じようで、コロコロと表情を二人は変える。

二人ともお酒を飲んでいたので、ふらふらと歩いている。

その後ろ姿をジュンは見守りながら歩を進めた。


「楽しいじゃん、なに、めっちゃおもろいんだけど。マサルっちクリボーの物真似してよ」


 クリボーの物真似、と、想定外の単語が出てきた。

ユキの言葉に、マサルが返す。


「いや、自分が手本見せろよ。クリボー」

「なに気安く呼んでんの? マサルっちがやれ」

「ヤダね! 俺ヨッシーだから!」


 二人のそういうやりとりがあって、ユキは唐突に両腕を三角にして、頭の上に置きながらおにぎりの形をして、行進し始めている。

ジュンはカメラを離さないように気をつけた。

マサルが腹を抱えて笑う。

ジュンも唇の端が自然と持ち上がり、わずかにほほ笑んだ。


 東京の日暮れは赤く、強く、遠い。ユキはときどき遠くを見つめている。なにか大切なものを探すような、遠い目だ、と、ジュンは思った。


「あの、ユキさん」


 ジュンはその眼が気がかりで、声をかけた。

すると、


「ユキじゃない、クリボー、でしょ!」


 当然のようにユキが言い返した。

やはり目を丸くするのはジュンのほうだったりする。

結局言葉を呑んだジュンは「なんでもありません、クリボーさん」と返して二人に追いついた。



 もちろん、いまこの瞬間もすべて、映像を撮り続けている。



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