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 2 人気のおんな




 緊急会議は一時間で終わり、ジュンとマサルはその場を後にしていたのだが、相変わらずあわただしい状況においても、記録係の仕事の不透明さは顕著になるばかりだった。


「渋谷の解体はそのまま進めて、補修はしばらくできないって話、そりゃそうだよな」

「まあ、あれだけの被害状況ですし、今はそこに裂く時間も費用もなにもかもが足りないでしょうからね」


 マサルの言葉に、ジュンは答えた。


「それに、姉ちゃんの体を乗っ取った異世界転生者・イヴだっけ? 異世界に転生するためにそんなことしてるのかよ。なんだってんだ」


 異世界転生の原理までの説明はなかったが、ある程度こちらに有利な情報になることには違いない。

ジュンは無言の返答をしていたが、それはそうと、マサルに聞かなければならないことがある。


「あのあと、どういう経緯いきさつでここにいるんですか」


 ジュンの疑問は真っ当だと自分で思う。

なにせ、あれだけの事件に巻き込まれ、姉である斎藤葵さいとうあおい――異世界転生者・イヴ――を殺害しようとしたのだから。


「あのあと、俺のもとにカンノさんが来たんだよ。それから、イイジマって上官? みたいな人。それで、記録係にならないかって」

「なるほど」


 と、答えてみたものの、やはり状況がつかめない。


「一人でも多くの適合者を置いておきたいらしくてよ。減給はされたけど、まあ、一番痛いんだけど。それで、俺をチュンちゃんと一緒にバディ組ませたかったらしいよ」


 マサルは言いながら余裕そうに欠伸あくびをしてみせる。

しかし、姉の事件からまだ日が経っていないことを考えると、彼の心の整理のほうが心配になってくるわけで。


「姉ちゃんだった、アイツ、今は軍が管理して尋問してるって言ってただろ。まあ、俺の中でも色々考えたし、って、んだよ。辛気臭い顔するなって」

「元からです」ジュンは即座に答える。

「あ、それはゴメン」


 軽い謝罪があって、ジュンはマサルを見つめながら「ジョークです」とつけ足した。

その意味が遅れて伝わったのか、マサルは立ち止まっていた足を速めて、ジュンに追いついた。

そのときだった。


「ユキちゃんって言うの? めちゃくちゃ可愛いじゃん」

「俺、タクヤって言うんだけど、よかったらライン交換しない?」

「んだよ、俺のが先に声かけてんだけど」


 そういうやりとりがハッキリと聞こえてきて、ジュンとマサルは足を止めた。

中央のエスカレーターの前で人だかりができている。

迷彩服がたくさん集まって、その中に一人、金髪ロングの髪を片方に流した女性がいた。


「みんな喧嘩しないのー。ユキとデートしたい人は、順番に並んでよねー。マナーなってない人、ユキ嫌いだよー?」


 ユキと名乗った女が言うと、人だかりが一列に並び始める。

それを見ながらマサルは他人事のように言った。


「男ってヤツはまったく、ああいうのが好きなのかな」

「マサルさんガン見してますけど」


 ジュンはすかさず鼻の下を伸ばしているマサルに指摘をした。


「そ、そりゃ、男だからかわいい子レーダーあるだろ! ビビビって!」


 ジュンは全くわからなかったので、否定も肯定もしなかった。

そのうちに、ユキがジュンを見つめてきて、男性陣の隙間で、ウインクをした。

すぐに視線が目の前の男性に戻される。


「な、な! いま俺にウインクしなかった? したよな、チュンちゃん!」

「気のせいだと思います」


 マサルの言葉を一蹴して、ジュンはカメラを手に再び歩き始める。

後ろから追ってくるマサルの足音がして、通りすがりの女性兵士がひそひそと言う。


「なにあの子、私だけかわいいってアピールなのかしら。イヤミじゃない?」

「あの子もともと水商売上がりらしいわよ。なんか歌舞伎町で男に酒飲ませてたって」


 帽子を深くかぶった女性兵士二人が交わす会話を、ジュンは無言で聞きながら通り過ぎる。

「女の嫉妬怖えな」とマサルが言うのだが、ジュンは歩く速度を落とすことなく歩き続ける。

マサルは何度か横で振り向きながら言った。


「でもさ、ああいう子がいると、こんな施設でも華やかになるよな」

「それじゃ。次は、あの人を撮りましょうか」

「え?」


 マサルの時が停止したようで、瞬きが何度かむけられる。


「いや、無理無理。芋虫が挑むような高嶺の花子さんだぞ!」

「大丈夫ですよ。ただ、あの人の記録をするだけですから。仕事がないなら、見つけなきゃけませんよね」


 記録係に対する指示もなく、ただ自由に撮ってくれと言われている。

あの日本刀のような研ぎ澄まされたイイジマから、言われている。

だから、好きに撮ることにしようとジュンは思った。


「それじゃ、交渉しましょう」


 ジュンはそう言って、迷いなくあの迷彩服の人だかりに向けて踵を返すことにした。


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