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 記録をする者


 胸の内側で青い炎が揺らめいている。赤い炎のように攻撃的なものではなく、静かに、理性と感情の狭間で揺れて、燃えて、輝き続けている。



    ■



 突然地鳴りが遠くのほうから押し寄せてきて、渋谷駅前のモニター以外が一瞬、静まり返った。

Jアラートは鳴っていない。

地鳴りが止んで、スクランブル交差点で信号を待つ人々がざわつきはじめる。

ジュンは首からぶら下げたUSBメモリの入ったケースを握った。

と、同時のことだった。

空に、赤い円陣が描かれている。

見たことのない幾何学模様が、ビルの群れと青空の間に広がって、点滅を繰り返している。


「なんだ、あれ」


 その場にいた誰もが空を見上げ、同じ感想を述べていたであろう。

ジュンはカメラを取りだして映像を撮影し始めた。

渋谷のざわつきが、拡がりはじめる。

人々の混乱が高まるよりも先に、幾何学模様が太陽光よりも強い、赤い光を発した。

4D映画で聞いたような甲高い音が、鼓膜をつんざいて、激しく揺さぶる。

思わず片耳で耳を塞いだ、その直後、空から無数の物体が落ちて、人々を押しつぶし始める。

最初はなにが起きているのかわからなかった。

おそらく、その場に居合わせた誰もが同じ反応だったが、すぐに人々が逃げ惑い、悲鳴をあげはじめる。

人のカタチをしたモノだった。

熱を持っているのか、赤く点滅したソレがアスファルトを歩くたび、ジュウ、と音を立てている。

表面は濃いグレーで、ずっと昔長野に住んでいたころに作った泥団子が思い出された。

記憶を振り払い、逃げ遅れたジュンはただひたすらに、動画を撮り続けた。

懸命に、青い炎を灯して、赤く燃え盛らないように、ただただ、撮り続けた。


「異界自衛軍、畠山隼はたけやまじゅん


 閉じていたまぶたを開いた。


「聞いているか?」

「はい、聞いています」


 ジュンは、これから上司となるだろう軍服姿の男を見つめて答える。

今にも一瞥いちべつで首をはねてしまいそうなほど鋭い目、それから鍛え上げられていることがわかる首筋の浮き出た血管。

イイジマと名乗った目の前の男は、椅子に腰かけ、テーブル越しにジュンを見つめ、左手のゴツゴツした指で書類の端を触って続けた。


「お前は今日からこれから記録係だ。つまり、カメラマンをするということだが」


 神様は違う形で夢を叶えてくれた。

ジュンはピンと背中を伸ばす。


「これから起こること、兵士たちの記録を余すところなく撮るんだ」


 わかりました、とジュンは答え、パーカーのフードの位置を直す間もなく、ゆっくりと両手を後ろで組んだ。

軍隊のルールというものは、一般人にはやはりわからない。


「推定、一ヵ月だ。異世界からの侵略までの期間、死刑囚の転生組、脱走兵、一般あがりの軍人たち、すべての人間を記録するんだ。わかったか?」

「わかり、ました」


 イイジマの言葉に反論も質問の隙もなかった。

目の前の首切りキラーのような男、イイジマの指示に、肯定しかできない。

ジュンが頭を垂れたときだった。


「なにも、お前だけがここにいるわけではないことを、忘れるな」

「はい」ジュンは顔をあげて答える。

「今は、世界中、特に日本全土でこういう状況だ」

「はい、そうですね」


 当たり障りのない答えかたをした。


「だから、無理にでも笑え」

「善処します」


 ジュンは「失礼します」を言って、イイジマのいる部屋をあとにする。

廊下ですれ違う人々を見つめた。

歩きかた、所作を見れば、軍人か、一般人かの区別がハッキリとできた。

ジュンは静かに、胸の内側で灯った青い炎を抱き、前を見つめながら首からさげたUSBメモリのケースを握る。



 ジュンは映像クリエイターになりたかった。

ずっとカメラで生活をすることが目標だった。

しかしそれは、まったく違う方法でかなえられた。



 これから、この世界に起きたできごとと、人々の様子を、記録してゆく。

 どんなに困難でも、どんなに過酷であろうと、この世界に起きるすべてを。




 ジュンは、軍から支給されたカメラの一式を手にする。





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