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恋煩いにはソレが効く  作者: 久留まえび
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「遅くまでお疲れ様でした」

「いやいや、晃太こそ金曜なのに1人で自主練?えらいね」



そういうプライベートな話って全然聞けてないけど、彼女はいない、でいいのかな。

集まりでもらった書類のファイリングをしつつ晃太の様子をチラチラと窺う。きっと自主練やトレーニングでもしてシャワーを浴びた後だったのだろう。なんてストイックなんだ。

どことなくしっとりした様子の晃太に色気を感じ取ってしまう。



「…ウグゥ」

「えっなんすか」



ヤバ、変な声漏れちゃった。

書類がうまく入らなくてと無理のある言い訳をしながら、そういえばと思い出し、晃太の方へ向き直って口を開いた。あのあと航大から学部の催し物について開催メンバーに晃太をスカウトしたいから紹介してくれと頼まれていたのだ。



「そうだ、航大から相談されてるんだけど、来週って…」

「明日香さん、」



晃太は思ったよりも近い距離に立っていた。

真っ直ぐに目を見据えたまま、強い口調で名前を呼ばれる。

うわっ、顔良…



「そんな諦められないですか」

「へ…?」



血の気が引いた。

もしかして、明日香が晃太を諦めきれないことがバレているんだろうか。



「え…と」

「なんでそんな報われないことしてるんすか」



報われない。

本人から現実を突き付けられて視界がぼやける。慌てて顔を伏せた。こんな顔、見られたくない。



「…ごめん、気持ち悪いよね」

「気持ち悪いっていうか…なんでアイツなんですか」



…ん?

ジワジワと滲んでいた涙が引っ込んだ。アイツって誰?晃太は自分のことを言ってるんじゃないの。



「え、待ってアイツって」

「アイツ彼女いるんでしょ。なんで…」



待て待て待て。なんか、究極に食い違いが発生していそうだ。

晃太は私が誰か他の人を好きだと思ってるんだろうか。勘違いもいいところなので早いところ訂正したい。

それにしてもなんか報われない恋?をしてる先輩を怒ってくれるなんて、なんていい子なんだろう。

でも大丈夫、あなたが怒ってる先輩はしっかりあなたのことが好きなので。


と恋心は封印するのだと思っていたのに。




「…名前似てんなら俺でいいじゃないすか」



…へ。

脳内で独り言を展開し、うんうんと頷いていた明日香はその一言にフリーズした。

いまこの子、俺でいいじゃないですか、って言った?

日本語のはずなのに全然理解できない。晃太は一体何を言ってーーーーー




「俺の方が絶対大事にできる」



そんな顔、見たことない。

ちょっと困った顔で、でもその目は欲望を湛えていてーーーー



「う、うそだ」

「え?」

「だっ、て…苦手って、言ってた…」



ぽろ、と口から転げ出てしまった。

はっと我に返って慌てて口を押さえる。



「え?苦手って…どういうこと?」



お願い明日香さん、教えて、と請われたら私は晃太に逆らえない。

先日図らずとも立ち会ってしまった後輩たちの会話を正直に話すと、晃太は大きくため息をついてから申し訳なさそうな顔をして明日香を見下ろした。



「…すみません、往来でする話じゃありませんでした」

「や、いいのよ。聞いちゃった私が悪いから…」



怖い。

気まずげに視線を逸らして覚悟を決める。

本人から直接苦手だと言われるダメージは計り知れないようで、さっきから指先が冷たい。



「あんま周りにいないタイプだったんで…最初は正直、まあ」



ついに言われてしまった。立っている感覚が分からなくなってくる。手の感覚がない。まるで無重力みたいだ。



「そう、だよね、」

「いや、そうなんだけどそうじゃなくて」



焦ったように取り繕う晃太を尻目に悲しさで胸が苦しくなる。

何が悲しくて好きな後輩から拒絶されなきゃならないんだ。部室なんか寄らずに直帰すればよかった。

再び涙が滲んで伏せた目からぽた、と床に一粒落ちた。



「…参ったな、ほんとに好きなんだよ」



都合のいい幻聴かと思った。



「すみません。迷惑だとは思うんですけど、限界だったんで」



限界?なにが?

涙が止まらないまま顔を上げる。

晃太が目を見開いてこちらを見ている。ごめん、化粧とか崩れてビビってるのかもしれないけど勘弁して。



「へ、好き、って」

「全然気づいてなかったみたいですけど、俺好きでもない人間に毎週2時間も時間割けません」



まあ肝心の本人は気付いてなかったみたいですけどね。


そっと近づいてきて、そんな泣かないでください、と今日使わなかったのだろうタオルで涙をそっと拭ってくれる。優しいし、晃太の匂いがする。こんな時まで喜んしでしまう自分にちょっと引く。



「ほ、ほんとに苦手じゃないの?」

「ほんとすみません。めちゃくちゃ好きです」



諦めなくていいことに安堵する一方で、まだ疑心暗鬼になってしまう。



「そ、そんなこと言って」



ぐい、と晃太が拭ってくれたタオルを押し付け返し精一杯の反抗心を込めて睨みつける。

くそ、絶対顔が赤くなってるし、変な顔してる。



「それでやっぱり違いましたなんて言われたら、






ーーーー私死んじゃう…」



どんどん尻すぼみになって、声が上擦る。

ごく、と晃太の喉が上下した。



「それって」



晃太が手を伸ばす。



「ねえ明日香さん」




そのまま頬を撫ぜて、




「明日香さんも俺のこと、ちょっとでも思ってくれてた?」




両手で包み込んで、




「お願い、少しでも好きなら、チャンスちょうだい」




真っ直ぐ、目を見つめてーーーーー







「好きです。付き合って。」




頷く以外の選択肢が、私にあるだろうか。















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