⑦
「晃太は年上キラーすぎるね」
「ハスミキラーなだけだろ」
学食の机に突っ伏して今日も航大に惚気(自称)を撒き散らかす。
あれから毎週水曜日の密会を続けて1ヶ月が経とうとしている。いまやお昼の時間も使ってまるまる2時間半を一緒に過ごすことになっていた。いつか晃太の友人どころか部活の同期にもバレるのでは、と勝手にハラハラしている。
とはいえ水曜日以外での遠い距離感が定着しつつあるせいで、2時間半の濃密さが明日香に奇妙な感覚をもたらす。親しいような、親しくないような。特別なような、特別じゃないような。
「でも付き合ってくれるわけじゃないんだよな…」
自分で呟いてから途端に恥ずかしくなって「やっぱ今のなし…」と付け加える。晃太の一挙手一投足に心が乱されている様を思い知らされて居たたまれなくなってしまった。
「そこまで一緒にいてなんにも進展しないのが不思議だわ」
「いやもう私も分かんないんだよ向こうがどう思ってるのか」
がば、と顔をあげて不服そうな顔を航大にむける。
そう、本当に晃太がどういうつもりなのかが分からない。勘違いしそうなほど距離を詰めてきたかと思えば、急に突き放すようによそよそしかったりする。明日香の2時間半を欲しいと言ってきたかと思えばそれ以上を望まない。
やっぱり都合のいいおサイフくらいにしか思われていないんだろうか。それでもいいと思いたい一方で、それはそれで傷付く。
もしかして、という思いと、勘違いするな自分、という思いが入り乱れる。
「くそ、年上を弄びやがって…」
「まあどうかな、確証持てないうちは踏み込むの怖いもんよ」
茜ちゃんは結構はっきり意思表示してくれてたからこっちも行きやすかったわと航大が惚気る。
全然状況が違いますが、と思いつつダブルスタンダードな自分にも気が付く。
「…私も茜の爪の垢煎じて飲もうかな」
「自発的にそういう奴初めて見た」
とはいえ好意を小出しにすれば晃太は離れていってしまうのではないか。いまの苦しくて心地いい距離感を壊してしまうのが怖い。
得意教科は国語のはずだったのに晃太の心情が全く分からない。心臓がぎゅっとなって、今だけは人を手玉に取れる能力がほしい、と嘆きながら明日香は再び机に沈んだ。
晃太は珍しくイライラしていた。
今日の部活はあまり調子が出なかったし、明日香も大学体育会の集まりとかで不在だ。練習後ご飯に行くという同期の誘いを断ってトレーニングルームに篭る。
というのもなかなかに明日香と航大の仲が深そうなのだ。晃太と一緒に過ごしている間も航大の話を嬉しそうにしてくる。
やれ航大と何をしただの、航大がこう言っていただの、いい加減報われない恋はやめた方がいいと何度口から出かけたことか。
俺は毎週水曜日しか時間を貰えないのに、航大は基本毎日明日香と一緒に過ごしている。
航大の彼女は大学が違うようで、実情を知らなければまるで2人がカップルのようだ。贔屓目に見なくともそれほどの距離感と優先具合だと感じている。
「…こんなに意識されないもんかな」
自分で言ってて情けなくなるが、明日香がこちらを意識する様子は一向にない。自分でもちょっと引くほど物理的にも心理的にも踏み込んでいるつもりだが、相変わらず明日香からは一線を引かれた対応をされる。
分かりやすく好意を示している気でいるが、とはいえ向こうにその気がないのであればこれはただの迷惑でしかない。
明日香はどういうつもりで晃太と過ごしているのだろう。察しのいい人だから、自分の好意には気付いていそうだが…。
「クソ…」
なんて一方通行なんだ。俺はこんなに好きなのに。
誰もいなくなったトレーニングルームで頭を振って、ため息をひとつこぼすのだった。
急いで体育会の集まりから戻ってきたはいいものの、金曜日だからかみんな早々に帰宅したようだ。
明日香は体育館を覗いて誰もいないことを確認するとそのまま部室に向かった。
しんと静まり返った部室棟に明日香の足音だけが響く。ガチャ、と部室のドアを開けると、ーーーーーーそこには半裸の晃太がいた。
「!??!!!え!?ごめん!!!」
パニックになってとんでもない勢いでドアを閉める。
えっこれってラッキースケベ??神様ありがとー!いつも体育会の会議だるいなって思ってたけど今日頑張ってよかった。
とはいえ荷物は中だしどうしようと扉の前で右往左往していると、部室のドアが開いて申し訳なさそうな晃太が顔を覗かせた。よし、ちゃんと服は着ている。
「…すいません、今日はもう誰も来ないと思って」
「いや、私もごめん…ノックとかすべきでした…」
もう大丈夫なんでどうぞ、と招かれ部屋に入る。
見慣れた部室が今日は少し違う表情をしているような気がした。