③
晃太は思い立った。
なんで避けられているのかは分からないが、モヤモヤするくらいなら自分から明日香を誘えばよいのでないか、と。
幸か不幸か神経だけは図太く、「避けられてるからこちらも深追いはしないでおこう」とは思わないのが晃太という人間である。
自分の日常に明日香がいなくなってから、却ってその存在の大きさに気付かされていた。
押してだめなら引いてみろの手本だな、などと思いながら構内をうろついていると、ずっと会いたかった存在を目の端に捉える。
こんないいタイミングで会えるなら、会いに行くしかないな。
晃太は唇を湿らせて、ゆっくりと明日香の方へ歩みを進めた。
ーーーーもう、この感情の名前は知っている。
「明日香さん、お疲れ様です」
今日は3限がなくて、そういえば大学の近くにずっと行きたいと温めてたカフェがあるんだよな、プリンが美味しいやつ、次の授業までスイーツでも嗜もうかしらとウキウキしていた明日香の前にぬっと大きな影ができる。
「あっ…と、お疲れ!」
巨大な影の主は晃太だった。
明日香は心の中で舌打ちする。なるべく大学構内で会わないことを祈っていたのに…。
「明日香さんも3限ないんですか」
「そうなの、これからスイーツでも決め込んでこようかな〜と思ってさ!晃太も3限ないんだねー」
「それ、俺もついてっていいですか」
…ん!?
当たり障りないキャッチボールで穏便に会話を終わらせようと思ってた明日香は、まさかの申し出に目を見張った。
「…えっ、なんて?」
「それ、俺もついてっていいですか」
えっ、食い気味におんなじセリフ言うんだ。
そんで聞き間違いじゃなかったんだ今の。
待ってこの人、私のこと苦手なんじゃなかったっけ。
期待させないでほしいのに、引き返そうとしているのに、なんなんだこの男は。
「…いいよ、1人だし」
それでも僅かな期待が尻尾を振る。
「やった。昨日の練習終わり、みんなは明日香さんとご飯行ったって聞いたんで」
「あー、声かけるタイミングで晃太いなくて、ごめんね」
ごめん嘘です、晃太がいないタイミングで声かけました。
ある種の好き避けみたいなもんかと考えながら目的のカフェへ歩き出す。
「明日香さんていつもこの時間は授業ないんですか」
おもむろに晃太が口を開く。
「そうね、水曜日の午後くらいはゆっくりしたくて前期は取ってないや」
後期は必修あるか確認しないとーなんて適当に話を繋げながら、隣を歩く晃太を横目で盗み見る。
頭ひとつ高いせいで喉元しか見えない。思えば隣を歩くなんて始めたかもしれない、やっぱ身長高いんだなーなどと考えている間に、喉仏が上下する瞬間が目に飛び込んできた。なにかいけないものでも見てしまったような気がして、慌てて目を逸らす。
クソッ、喉の動き一つに色気を感じてしまうなんて…ッ!!
顔が熱い。
ダメだこれ、結構重症かも。
もう全然好きになってます。このままじゃ諦められそうにないです。
ーーーだからこそ、嫌われたらしんどいんだよなぁ。
晃太の迷惑にならないためにも節度ある距離感大事、と改めて自分に言い聞かせる。
なのにこの男は。
「じゃあ今週から水曜の3限は付き合ってくださいよ」
なんでもないような口調で、人の決心をすぐにひっくり返させるようなことを言う。
心臓が跳ねすぎて口から出そう。晃太はどんな顔をしてるんだろう。
嫌われたくない自分と、晃太を独り占めできる自分と、わけが分からなくなって嬉しさのままに小さく頷くのが精一杯だった。