②
和田晃太は非常にめんどくさい男であった。
こだわりが強く自分のよいと思うもの以外は受け付けない。
ルーティン化されたものからはみ出すことを嫌う。
一方で自分の守備範囲外のことについては興味が薄く、どうでもいいと感じている。
そしてそれが周りに溝を作っている自覚もある。
一つ上のマネージャーである明日香についても当初は興味の範囲外だった。
もっと言えば誰にでもフレンドリーで自分とは全然違う、周りにはいなかったタイプで苦手意識すら持っていた。
もちろん先輩だし、部活の雑務を一手に引き受けてくれるマネージャーには感謝している。だが晃太の中ではそれ以上でも以下でもなかったのだ。
他のマネージャー達がそんな晃太への関わりに消極的になる一方で、明日香のサポートが心地よいと感じるようになったのはいつからだろう。
タオル、飲み物、氷嚢、練習着の交換、全てが求めているタイミングで渡される。入部当初から「推し」と称され可愛がられてはいるが、それにしてもタイミングがよすぎる。
彼女を目で追ってみれば、明日香の観察力に驚いた。マネージャーという役職は天職なのではないだろうか。
そのサポート力を尊敬すると同時に、その対象が自分だけではないというささやかな嫉妬心も芽生える。
俺だって、という気持ちに蓋をして、これまで自身で行なってきたテーピングも今日は明日香に頼んでみようかと思っていた。
「ごめん!ちょっと手が回らなさそうで、テーピングは他の人にお願いしてもらってもいい?」
最初は小さな違和感だった。
他のプレイヤーのテーピングをしながら申し訳なさそうに言われてしまえば、それ以上は言えない。
あ、じゃあ大丈夫です、と言ってから踵を返す。
思い通りにならなかったもどかしさとは別に、なぜか心はモヤモヤとしていた。
おかしい。
あれからずっと明日香の様子がおかしい。
マネージャー業務は普段通りにこなしているし、ただ普段よりコミュニケーションが取れないだけ。無視されているわけではないがこれまでの明日香とは絶対に違う。
…これは多分避けられてる。
俺、明日香さんになんかしたっけな。
記憶を辿るが心当たりは一つもない。
テーピングを断られる前までは大学構内でも部活内でも普通に、どころか他の部員よりも構われていた、と思う。
よく部活後のご飯のメンバーにも誘われていたし、構内で会えばなんか奢るよ、と言われていた。今更ながらかなり受け身に甘やかされていた自覚が芽生える。
自分の日常を崩されたことにモヤモヤしているのか、それとも明日香に避けられていることにモヤモヤしているのか。あの日から続くこの感情に名前をつけることができないでいる。
部活後、今日もさっさと洗濯に向かってしまった明日香の背中を眺めながら、晃太は言いようのない気持ちを持て余すのだった。
やばい、全然意識しまくってる。
洗濯機の中で回るビブスを見つめながら明日香は一人反省会の真っ最中であった。
いつもだったら嬉々として引き受けていただろうテーピングも、練習中の声掛けも、部活後の雑談も全て「もしかしたら本当は嫌なのかも」と思うとつい避けてしまう。
なるべく普段通りを装ったつもりだが、晃太からしてみればここ最近の明日香には違和感を覚えたに違いない。段階的に離れていかないと混乱するだろうな、と申し訳ない気持ちもあるがそもそも距離の取り方が分からないのだ。
自分の心を傷つけない距離と、晃太が迷惑に感じない距離のどちらが遠いんだろう。
「うう、どうしたらいいんだ…」
狭い部室に独り言ちる。
いままでの距離感では晃太にとっては「どっちかっていうと苦手」な相手になってしまうのだ。得意になってほしいとは思わないから、せめて「どちらでもない」に感じてほしい。
少なくともいつも誘ってしまっていた部活後のご飯はもうなしにしよう。苦手な先輩から毎度誘われるご飯なんて苦痛でしかないだろうし…ていうか昨日までの自分はなぜご飯に誘うことが喜ばしいことだと勘違いできたのだろう。思い出すだけで死ねる。
晃太の思いとは裏腹に、洗濯機の回る音を聞きながら明日香はさらなる深みにはまっていくのだった。