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8.悪役令嬢


 第一騎士団長以外その場から動くこともできず、辺りは静寂に包まれていた。しかしそれも束の間、明らかにこちらを目指している複数の足音が聞こえる。


 第一騎士団が捕縛しに来たのかな…こんなに早いなんて。


 あらかじめ計画されていたとしか思えない、段取りの良さに今は呻くことしかできない。


 一か八か、王子として捕縛の取り止めを命じてしまおうかと考えるも、味方のいないこの場では圧倒的に不利だった。そもそも、命令が通ったとして、父によって容易に覆されることは想像するに容易い。


 でも、ここで諦めたら…。


 今ここでアルビーを奪われてしまえば、再び救い出すチャンスなどやってこないことは明白だった。第一騎士団長の執念ぶりからも、よっぽど捕まえておかねばならない理由があるらしい。


 おれらだけじゃどうすることもできない! 


 何か策はないかと考えている間にも、足音は徐々に迫ってきている。



「…ニューベリー団長、このまま大人しく捕らえられるとお約束します。しかし一つだけ教えてほしいことがあるのです」

「ふむ…殊勝なお心掛け、なによりです。しかし、わたくしからお教えできることなどありましたかな?」


 先程まで項垂れていた様子とは一変し、アルビーはその瞳を潤わせながらも目尻を険しく吊り上げにらみつけていた。 


「ええ、貴方ならばきっと知っているはずだ。なぜ、僕がこの様に拘束されなければならないのか」


 20年もの間、地下神殿に置かれた水槽の中で一人眠り続け、その果てに歳を取ることもなく、一人置いてけぼりになってしまった。

 

 アルビーとしては、全く罪を犯した覚えなどないのだからその疑問はもっともだといえる。


 デイヴィット達も、様々な書物や記録から20年前のことについて調べたが、アルビーに関する情報はなかった。よって、本人から得られる断片的な話しか手掛かりがなかったのだ。


 固唾を呑み、どのような真相がその口から飛び出すのか、身構えるデイヴィット達。

 しかし、そんな期待もよそに第一騎士団長は幾ばくか申し訳なさそうな顔をすると、こう言った。


「なるほど、殿下はご存じなかったのでしたな。ええ!お教えしますとも…しかしねえ…」

「……ここでは話せるような内容ではないと?」

「ハハッ、お察しの通りですよ。なにせこの件自体に箝口令(かんこうれい)が敷かれておりましてね…拘束したのち然るべき場所に着きましたら、お伝えできるかと」


 箝口令…!だから記録どころか、全く耳にしたこともなかったんだ。


「お伝えしたいのは山々なんですが…口にしたら爵位どころか、首が飛びかねない案件ですから…お許しください、殿下」


 結局、こっちの望みは何一つ通らないってことか。


 知ることが許されるのは、既に拘束された時。

 あんまりな答えに苛立たずにはいられない。


「そう、か…結局のところ、僕の意志なんて……」

「っアルビー!」


 デイヴィットが呼びかけるも、俯いた顔はこちらに向けられることはない。


 

 とうとう騎士団が到着し、デイヴィット達の背後に足を止めた。


 悔しさや怒りでない交ぜになり、行き場のない感情に身を引き裂かれそうだった。

 無意味だとは理解していたが、我慢できず第一騎士団長を睨みつける。


 

 すると、少しばかり様子がおかしいことに気づいた。


 決してわかりやすいとはいえないものの、その瞳は少しばかり焦りに揺らいでるように見えたのだ。


 おれに動揺するとは思えないしなあ。


 かといって、後ろにはアンドリューとジェシカ、そして到着した騎士団や警護の騎士しかいなかったはずだ。

 何を焦ることがあるのかと後ろを振り向くも、やはりそこにいるのは予想通りの人員で、より謎か深まった。


「私は、…第一騎士団を招集させていたはずだが」


 えっと、じゃあ後ろにいるのは…。



「はっ!第一騎士団長、しばらくご部沙汰しておりました。我々、第二騎士団はエルマゴ王国との交渉から無事帰還したところでありますっ」

「……ああ、無事帰還してくれて何よりだ。カミングス騎士団長、開戦目前の決裂状態からよく交渉してくれた。…それで、ここには第一騎士団が来る予定だったはずだが?」


 なにやら計画通りに進んでいない様子に、耳を傾けていたデイヴィットであったが、なぜ第二騎士団では駄目なのか、頭をかしげる。


「どうやら、荷馬車が複数台転倒したようで、そちらの応援に向かったとのことです」

「貴殿らはその伝言に、ご丁寧にもこれだけの人数で駆けつけてくれたわけか」

「はっ!また、我が副団長から火急の用事があるのだと頼まれまして!」


 火急の要件…?


 先の読めない展開に身構えていると、副団長らしき人物が前に進み出てくる。


 

 あれ、どこかで見たような?



 副団長は、濡れ羽色の髪に深緑の瞳の女性騎士のようだった。

 どこか冷たい印象を受けるその深緑は、怒りと悲しみに満ちている。


 重く深い感情をない交ぜにした、深い深いみどり…。

 

 しかし、見かけたことがあるだけか、忘れてしまっているだけなのか思い出せずにじっと見つめていると、ふと目が合い背筋に緊張が走る。


 それにこの緊張感…なんか覚えがあるんだよね。

 

 デイヴィットが騎士の正体を掴めず悶々としていると、「クローディア?」と問いかける声があった。


「……っクローディア、君なのか?」


 アルビーは必死に確かめるように目を一杯に見開き、ポロポロと涙をこぼしていた。 



 副団長はというと、視線はアルビーに向けはしたが、特に答えるでもなく目を細め微笑むと第一騎士団長へと向き直った。

 

「それで君の用件とは何かな?生憎、立て込んでるんだ。またの機会でいいかな?」

「……それは申し訳ありませんでした、ニューベリー様。わたくし、ここに殿下がいるとお聞きしまして捕縛しに参った次第でございます。」

「…殿下については、第一騎士団が首尾を取って動いている。だから、ここでは私に花を持たせてほしいのだけれど?」


 こちらのことなど、眼中にないとでもいう様に繰り広げる会話に、やはりどちらにしろ捕まる運命なのかと落胆する。



「ふふ…ニューベリー殿、わたくしがそのような戯言を聞き入れると思いまして?」



 副団長のその言葉を皮切りに、辺りがとてつもない緊張感に包まれたのがわかった。


「わたくしはね、この日をずっと…待ち焦がれてましたのよ?あの日奪われた日常を…大切なものを、取り返すために」


 ギラギラとその深緑に深い憎しみをちらつかせ、真正面から挑むその姿勢とその言葉にデイヴィットは思わず息を呑む。



 一度だけ剣術の指南をしてくれた、あの騎士だっ!


 両親からの愛が仮初のものだったと気付き意気消沈していたあの頃、本調子でないデイヴィットのために呼ばれたのが彼女だった。



 驚いている内にも話は進んでいき、唐突に問いかけられる。


「デイヴィット殿下…第二騎士団というよりもわたくしが捕縛するとなると、幽閉場所は王宮外になるのですがよろしいですか?」


 ど、どういうことだ?そんなこと…。


「そのようなことがまかり通るはずがないっ、き、きみは!王家の意向に逆らうつもりか!?」

「はぁ、わたくしニューベリー様には聞いておりませんのよ?…さあ、お選びください。王宮内の見当もつかない場所か、わたくしの手の内か」


 

 差し迫る二択に戸惑うも、アルビーを捕まえようとする二人を見比べ、決心した。


「第二騎士団副団長、貴方の手でアルビー第四王子を拘束してください」


 デイヴィットが静かにそう命じると、満足げに頷きアルビーのもとへと歩いて行った。

 

 

 副団長の登場で計画がお釈迦になった第一騎士団長はというと、まだその事実を受け入れられないようだった。支離滅裂なことを必死に言い募ったり、考えを改めるよう促している。


「そんなことをしたら、きみは破滅するぞ!?今度こそ20年前のようにはいかない、今だって危ういんだ。王宮で…王宮で監禁しておくからこそ意味があるんだ!!」



 吠えるような叫び声に怯え、背中を丸め縮こまるアルビーを副団長はギュッと抱きしめ、言い返す。


「はぁ、今さら何を言うかと思えば…破滅?20年前とっくにしてますわよ、殿下を失った時点で。それにちょっとした横暴くらい通して見せますわ」

「ク、クローディア駄目だ。破滅なんて…」


 破滅という言葉にギョッとしたアルビーが、ひょいっと顔を出し震えている。


「ふふ、ありがとうございます。殿下はあんなことがあっても優しいのね……どうかご安心を、だってわたくし、殿下のための悪役令嬢ですから」





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