6.後悔と喜び
「…でね、春の王国記念日なら、見張りに見つからずに抜け出せるんじゃないかって!」
「確かに、国を挙げてのお祭りだから王宮の庭までは、身分関係なく入ることができるしね」
今日の自由時間も、デイヴィットはアルビーの小屋へと訪れている。
今は、木の椅子に横並びに座りながら、王宮から脱出する作戦を考えているところだ。
アルビーの存在が友人二人に知られて1ヶ月、季節はいよいよ春に差し掛かろうとしていた。
春には王国創立を祝う式典がある。それに伴い王都の町並みは、露店や屋台に溢れいつも以上ににぎやかになるのだ。
今でこそ祝祭を前に王宮内の者達も落ち着きを取り戻しているが、数日前まではひどいものだったのだ。開戦を止めるべく、隣国へ赴いた交渉役からの吉報がなければ、この祝祭も中止となっていたかもしれない。
「…デイヴィット、僕を見つけてくれて…救い出してくれて、本当にありがとう」
「どういたしまして!でも、まだ抜け出せたわけじゃないんだからお礼はちょっと早いよ~」
いつになく強張った顔で感謝を伝えられ、緊張をほぐすように優しく小突く。
今回の祝祭は唯一、市民という隠れ蓑を利用できる機会である。
ゆえに、この機会を逃せば脱出の手段はより危険な手段ものしか残らなくなってしまうといえる。
しかし、この脱出方法の成功率が高いかというと、そうでもない。大勢の市民が訪れる分、見張りの目も厳しくなるからだ。また、招待状を受理した貴族であれば王宮への出入りは可能である。そのため、アルビーの顔を知る者が参加する可能性も高い。
それにデイヴィットには、式典の主催者側としてもてなす役割がある。
とてもを見送りの時間など取れそうになかった。
「きっと、当日は顔を見ることすらできないと思うんだ。だからあと残りの一週間、たくさん話しときたくて!」
アルビーに出会ってからの日々はあまりに目まぐるしいものだった。楽しい思い出ばかりかと聞かれたら、そうではないが。なにせ、王宮からの脱出の手助けや、自分の両親が関わる、王家の負の部分について追っているのだ、つらいのは当たり前だといえる。
しかし、そんな日々もアルビーが居れば、景色は色鮮やかになり、心地良いものに変わるのである。
最後の一週間ぐらい、友達として過ごす時間にしてもいいよね。
期待を寄せて、アルビーを見上げる。
「そうだね、僕も君についてもっとよく知りたいな」
アルビーはどこか眩しそうに眼を瞼を震わせると、ふんわりと微笑んだ。
「そういえば、ジェシカ嬢から聞いたよ。」
ジェ、ジェシカ!?…嫌な予感しかしない。
嬉々としてデイヴィットの失敗談や、アルビーには知られたくない部分を教えている姿が、容易に想像できる。
「そんな警戒する程のことじゃないよ。君が、僕やあの二人以外には猫をかぶってるって話さ」
「なっ!それは猫をかぶってるんじゃなくて、場面に応じて使い分けてるって言ってほしいな」
ここはしっかり訂正しておかねばと、むくれ顔で抗議する。
笑いをこらえようとして失敗している姿に、デイヴィットは怒ることもできず口を尖らしていた。
「はは…ごめんよ。君のことだから、誰にも同じ感じで話しかけてると思ってたんだ」
「おれだって、王族らしい振る舞いくらいできるよ!この自由時間だって、その甲斐あってもらえたものなんだから」
自由時間をねだって心からよかったと思える日がくるだなんて。
今でこそ友人達との遊ぶ時間に使っているが、その願いが聞き入れられたときはねだったことを後悔せずにはいられなかったものだ。
でも、遊ぶことに興味が湧くのも仕方なかったと思うんだけどな~。
何しろ、立って話せるようになった三歳の頃から、既に王太子としての教育は始まっていたのだから。
なんでも歴代の王子の中では、異例の早さだったらしい。この国では過去、病気や身体が弱いなどの理由で、幼少期に王子が亡くなってしまうことが少なくはなかった。
そのため、五歳になるまでは心身に負担のかかる王太子教育及び、王族教育は控えられていたのである。
しかし、その懸念が必要なくなる出来事がここ20年で起こったのである。
言わずもがな、魔術機器による革新的な技術発展だ。
よって、あらゆる面で驚異の進化を遂げた王国であったが、それは医療面も含まれていた。
皮肉なことに、医療の発達で赤子の王子が亡くなる危険性が薄れたことで、デイヴィットは三歳にして教育づくめの日々を送っていたのだった。
「えっ、もともと行動日程にあったものじゃなかったのかい?」
「そうだよ!だから、必死に色々頑張って、四歳の誕生日の時に父上にお願いしたんだ」
きっかけは、当時ジェシカが自慢してきた、家族旅行の話だったことは鮮明に覚えている。
多忙な父が、仕事よりもジェシカのお願いを優先してくれたのだと嬉しそうに教えてくれたのだ。それまで自分の父にお願いだなんて、思いつきもしなかったデイヴィットは、すっかりその話に夢中になっていた。
なんでも、ジェシカは女の子の友人とのお茶会で、王都から離れた観光名所の話を知ったのだと言う。
そうして、誰から教えられることもなかった同年代の貴族の子達の話を、ジェシカづてに聞き、デイヴィットは自分との生活習慣の差に愕然としたのだ。
一番の願いは、デイヴィットもジェシカのように家族旅行へ行くことだったが、国王夫妻である両親にそんなことは無理だとわかっていた。
それゆえ、勉学以外での自由時間が欲しいと望むことくらいなら、許されるのではないかと思ったのである。
だから、誕生日のあの夜、父と母のもとに赴きねだったのだ。
『父上、母上!わたしは王太子教育が始まってから一年、勉学にはげみ教育係から求められる以上の成果を出せるよう、まいしんしてきました。ですから、お一つどうしてもかなえていただきたい、願いがあるのです』
『なんだい?…言ってみなさい』
初めてのおねだりに、とてつもなく体が強張ってしまうのを感じた。
しかし、いつもと変わらぬ微笑みでデイヴィットを待つ父にホッとして、とうとう口にしたのである。
『一日にわずかでよいので、自由な時間がほしいのです』
ひと思いに言い切って頭を下げた。
けれども、一向に返事が返ってくることはなく、無言の間に不安になった。願い事があると伝えたときの反応は、手ごたえを感じたため、その分落ち込みの度合いも大きかった。
も、もしかしたら、おれを驚かせようとわざと返事をしてないだけかも!
最後に僅かな期待をかけ、両親の様子を見ようと決心する。
ばれないよう、姿勢はそのままに目線のみ上げた。
のちにデイビットはこの時の行動を悔やむことになる。
勇気を振り絞って、目線を挙げたその先。
目にしたのは感情の読めない、無表情な顔の両親だった。
すぐにデイヴィットの視線に気づいた両親は、すぐにいつものにこやかな様子を取り戻していたが。
『もちろんだとも。デイヴィットは三歳の頃から頑張っているのだから。そんなこと造作もないさ……でも不思議だね、今までお願いなんてしたこともなかったのに』
先ほどの顔が脳裏にこびりつき、父の言っている話の半分も理解することができなかった。
しかし、最後の一言だけがやけに耳に残り聞き返してしまった。
『…変でしょうか?』
『いいや、おかしなことではないよ。私もよく、色々なことをねだって父を困らせたものさ』
『ふふふ、それに比べたらデイヴィットのおねだりなんて可愛いものではありませんか』
父の冗談交じりの言葉に、デイヴィットを庇うように思える母の態度。
『うれしいです、ありがとうございます…』
そんな感謝の言葉とは裏腹に、胸を占めるのは恐怖心と後悔だ。
おねだりなんてするんじゃなかった。
貴族の子達を羨むんじゃなかった。
勇気なんて出すんじゃなかった。
様々な思いが渦巻く中、再び両親の目を見て悟った。
父上と母上はおれを愛してなんかない。
今まで気づかなかっただけで、デイヴィットに対する慈しみなんて最初から存在なんてしていなかった。
冗談や庇う姿勢を見せておきながら、その瞳は確かに煩わしさに苛立ち、憤っていたのだから。
「そっか…じゃあ君はそんな大切な時間を僕に使ってくれていたんだね」
「でもアルビーだって祝祭まであと一週間しかないのに、おれの話に付き合ってくれてるしお相子だよ」
その言葉に、アルビーは申し訳なさそうにしながらも嬉しさを隠せない様子である。
三歳から王太子教育により、両親の本音に気づくようなことになってしまったが、アルビーに出会ってからは、少しは努力してきて良かったと思えるようになっていた。
おかげで、今もアルビーが喜んでることに気づけてるわけだからね!
「よしっ!次はおれが質問する番ね。じゃあ好きな食べ物について!」
「いいよ、えっと…僕が好きなのは…」
なかなか答えが見つからず、悩む姿を見つめ心の中でひとりごちる。
アルビーがそばにいてくれたら…きっと、自由な時間なんてなくても、王子の皮をかぶったままでも、耐えれる気がするんだけどなあ。




