【IF BAD END】眷属
アストリッドに支配された世界で、俺……いや、もう今は私の方がしっくりくるか。そう、私と辰樹は恋人同士になった。魔族に支配された世界で、私と辰樹は二人三脚で今まで生活をし、水面下でアストリッドを倒すための作戦を練っていた。
そして、私達はとうとう、アストリッドの弱点を知ることができた。
その情報を持って、私と辰樹の2人は今、アストリッドの目の前へとやってきていた。
勿論、アストリッドの根城にも部下のような存在はいたが、そいつらの相手は来夏達に任せてある。
さあ、ここからが、人間の反逆の始まりだ。
「アストリッド、覚悟しろ。今日でお前の命は終わりだ」
「辰樹、私があいつの気を引くから、辰樹は後ろから“アレ”をお願い」
「わかった。気をつけろよ」
「うん」
辰樹の言葉に、私の胸は自然と暖かくなる。心配してくれている、そう感じとることができたから。
「力を貸して、櫻」
私はその手に『桜銘斬』を持ち、アストリッドに対峙する。
ずっと、この日を待ちわびていた。
「さて、やるか」
アストリッドが、私に向かって飛んでやってくる。
私はアストリッドの攻撃を交わすが、奴はその動きすら捕捉し、私が避けた方向に血の刃を出現させる。
「っ!」
私はかろうじてその血の刃を手に持つ『桜銘斬』で弾き飛ばすが、当然奴もそんな私の動きを見逃すことはなく……。
「甘いね」
「あっ……ぐっ……」
無防備になった私の体に、再び血の刃を突き刺した上で、私の首を掴んできた。
でも、これでいい。
何とか、奴の注意を私に向けることができた。これなら……。
「くらえっ!」
アストリッドの背中に、辰樹が杭を打ち込む。
これが、アストリッドの弱点。これを打たれて仕舞えば、アストリッドは魔力を扱うことも、人間の数倍もある筋力を発揮することもできない。
勝った。ついに、これでアストリッドを倒せる!!
櫻、茜、ユカリ、シロ。仇は………。
「いったいなぁ。あぁ。そういえばいたね、もういいよ、君」
言った瞬間、辰樹の体に、一本の血の刃が差し込まれる。
「がぁああああ!!」
「辰………樹……」
助けに行きたい。けど、首を絞められていて、それどころじゃない。
後ろには、さっきの攻撃で気を失ってしまっている辰樹の姿。
あぁ、これ。
負けだ。
苦しい。
私、死ぬのか……。
悔しい。
辰樹も、やられた。
嫌だ。嫌だ嫌だ。
「ふふっ。いいこと思いついた」
ふと、何を思ったのか、アストリッドは私の首から手を放し……。
「このままだと、君も辰樹も、私の手によって殺される。けど、殺さなくてもいいかな、なんて思ってるんだよね。君がある条件さえ飲んでくれるのなら」
私は、キッと、アストリッドの顔を睨みつける。
心では、負けたくはない。
たとえ、何があっても、心だけは屈したくない。
こんなやつに。
「反抗的な目、いいね。でも、いいのかなぁ? 君がこの条件を断れば、辰樹の命は、ないけど?」
そう言ってアストリッドは、辰樹の首根っこを掴み、血で作り出したナイフを、その首に突きつける。
「やめて!」
「そうか、殺されたくないのなら、条件を飲んでくれないと、ねぇ?」
私が死ぬ分にはいい。でも、辰樹だけは………。辰樹だけは、殺されたくはない。
「条件って、何?」
「クロ、君が欲しい。是非、私のしもべになってくれないかな?」
屈辱だ。
こいつの言いなりになるなんて。
でも、それでも。
他の人間はどうなったっていい。魔族が人間を支配しようが、どうでもいい。
でも、辰樹だけは……。
辰樹だけは、失いたくない。
死んでほしくない。
だから……。
「わかった。ただし、条件がある」
「ほう? 立場がわかってないみたいだね。まあいいよ。君の“人”生もこれで最後なんだ。多少の我儘くらい、許してあげようじゃないか」
「今ここで、辰樹を殺すのは、当然やめて欲しいけど、私が貴方のしもべになった後も、辰樹には手を出さないで欲しい。勿論、部下にも手を出させちゃダメ」
ここだけは譲れない。
今ここで見逃されても、次ここにきた時に殺されたんじゃ意味がない。辰樹は多分、私のために何度もアストリッドに挑むことになるだろうから。それに、部下にも殺させないようにしないと、『私は殺さないって約束したけど、部下に殺させないとは約束してないよね?』なんて言われたらどうしようもできない。
あと、最後にもう少しだけ。
「辰樹……」
私は、気絶している辰樹の元へ行く。
アストリッドは、そんな私の行動を、咎めることはない。
最後だから、多少のわがままは許してくれるんだろう。
私は、辰樹の頬に触れ、自身の唇を、彼の唇へと近付ける。
長いようで、短い時間。
私と辰樹の唇は重なり合う。
彼の意識はないけれど、でも、恋人になってから、何度も口付けしてきた。一瞬だけでも、感覚だけで彼の唇だと判別できるくらいには。
私は口付けを終えた後、彼の顔を見る。
「ありがとう………辰樹……。愛してるっ! またね」
さよならは言わない。またきっと会えるから。
辰樹なら、何度でも私のことを助けにきてくれるだろうから。
だから、これは、しばらくのお別れ。
きっとまた、会えるから。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
クロを取り返す。
そのために、俺は再び、アストリッドに挑もうと考えていた。
最初は、アストリッドを倒そうと考えていた。
けど、もうそれはいい。
俺は、クロさえそばにいてくれれば、それでよかった。
櫻達の仇は、取りたくなかったといえば、嘘になるけど……。
でも、それに固執しすぎて、大事な人を失うなんてのは、ごめんだ。
だから、多分、今回クロを取り戻すことができたら、俺はもう、アストリッドに挑むことはなくなるだろう。
クロを取り返すだけだ。変に戦う必要はない。まずは、アストリッドにバレないよう、奴のアジト内を探索して………。
「やぁ、辰樹君」
は………?
何だここは。
俺はさっきまで、全く別の場所にいたはずじゃ……。
「いや、中々私の元に来てくれないからね。こちらから呼ばせてもらったよ」
「遅かったね、辰樹。私ずーっと待ってたのに」
そこにいたのは、吸血鬼アストリッドと、俺の恋人の、クロだった。
クロの容姿は、以前の俺の知るものとは異なっており、背中には漆黒の翼が生え、八重歯は異様に長くなり、その瞳は真っ赤に染まっていた。服装も、ミニスカートに、へその出たお洒落な服を着ていて、耳にはハート模様のピアスがついている。
正直、魅力的だと思った。俺は、彼女のことが、大好きだから。
でも、その姿は、彼女の趣味とはかけ離れていて……。
アストリッドが何かしたのだろうということは明白だった。
「アストリッド……お前、クロに何を……」
「クロ、彼の処理は任せるよ。あぁ、一応殺すのはナシね。人間だった頃の君との約束だからさ」
「そんな約束、守らなくてもいいのに。私にとって大切なのは、アストリッド様だけだから」
そう言って、クロは舌なめずりをしながら、俺の方へと歩いてくる。
本能は、戦わなきゃやられる、そう訴えかけてきている。
だが、俺は……。
クロに攻撃なんて、できない……。
「何も反撃して来ないんだ。面白くないね。はぁ……人間の頃の私は何でこんな男が好きだったんだろう。あーやっぱり、アストリッド様の魅力に気付けてなかったからかなぁ………。愚かだったなぁ。あの頃は。今思えば、辰樹って頼りないし、惚れる要素どこにもないよね。はぁーあ。馬鹿らしい。まあいいや。抵抗されないなら楽でいいし」
クロは、ゴミを見るような目で俺のことを見下している。
違う、クロはそんな目、俺にむけてこなかった。違う……。
そんな、そんなはずは……。
「じゃあね、ノロマ」
そのまま、俺の意識は暗闇へと落ちていった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「アストリッド様ぁ〜♡ ここら辺とか攻めるのどうですかぁ? ここ、私があのゴミ男と一緒に住んでた時期があってぇ。多分また人間が住んでると思うんですけどぉ」
「うーん。アリだね。だとしたら、人員は…………」
結果として、俺の命が尽きることはなかった。
けど、正直、死んだ方がマシだったと、常々そう思う。
俺の体はボロボロの状態で拘束されていて、食料と水は死なない程度に与えられ続ける。
自殺はできないように魔法をかけられていて、それでいて、俺は毎日、かつての恋人が、憎き敵に媚を売って可愛がってもらっている様子を、延々と見せ続けられている。
俺にも見せていなかった、完全に堕ち切った表情を、あんなやつに向けている。
その事実だけで、胸が締め付けられそうで。
食べるものも、着るものも。
全てアストリッドの好みになるようにチョイスしているらしいし。
それに、ことあるごとにアストリッドと俺を比較しては、俺のことを貶めている。
本当に、辛い。
あの時、アストリッドに挑むんじゃなかった。
確かに、そこら中に魔族が入り乱れる世界ではある。
だけど、俺は隣にクロがいて、彼女が俺に笑いかけてくれる。それだけで、幸せだった。
戻れるなら、戻りたい。あの頃に。
もう一度、あの頃に戻って、何気ない日々を、彼女と送りたい。
ああ、嫌だな。
もう、生きる希望もない。
死なせてもくれない。
俺は、どうすればいいんだろう。
なぁ、櫻。教えてくれ。
俺はあの時、どうすればよかったんだ?
あーあ……。
でも、馬鹿だなぁ。
俺、こんなになっても、まだ、クロのこと、好きだ。
本当、どうしようもない。
救いようがないよな、俺。
はぁ……。
「こ、今夜も、一緒に寝るんですか…?」
「寝る? いーや。眠らせないよ?」
向こう側で、楽しそうに話すクロ。あぁ。やっぱり、あんな状態になったクロでも、可愛いな。
どうしようもないな。本当に。
あーあ。
「クロ……。愛してる……」
俺の寂しい囁きは、彼女に届くことはない。
だってもう。
彼女の心は、もう、俺には向いていないのだから。