【IF HAPPY ROUTE】 辰樹√ 馴れ初め
メス堕ち注意。
いつのまにか10,000字越えてた。メス堕ちの力ってしゅごい……
「クロ。最近は調子、どうだ?」
櫻達を見捨て、アストリッドから辰樹と逃げてから約半年後。
アストリッドによって日本の支配が開始され始めた。
クロと辰樹は、戦いの中で、家もなく、帰る場所がない状態になってしまったため、2人で合流し、共に暮らすようになった。
本来なら学校など、避難所に移動して過ごすはずなのだが、クロがもう人との関わりが嫌だ、とごねたため、辰樹とクロは人が来ない場所で2人でひっそりと暮らすようになったのだ。
最初は辰樹もクロから拒絶されていたが、何日も居座っていれば、いつの間にかクロも辰樹を追い出すことを諦めていた。
「うん。最近は、ぐっすり眠れてるし、大丈夫、かな」
ただ、結果としては、それはよかったのかもしれない。
アストリッドから逃げた後のクロの精神は、とても正常とは言い難かった。
支離滅裂な発言をしたり、急にナイフを取り出して自傷を始めたりするなど、放っておけば自殺しかねない雰囲気だったのだ。
辰樹としては、そんな状態のクロを放っておくことなど、到底できるはずもなく、今まで甲斐甲斐しく世話を焼いてきたのだ。
最初の頃は、クロは熟睡することができず、いつも悪夢を見ていたが、それもなくなってきたらしい。
「そっか。それは良かった」
「辰樹は、優しいね。あんな状態の私を、見捨てることもなく、そばにいてくれるなんてさ。そんなことされたら……………」
「?」
「ううん。何でもない。と、とりあえず! 今日の夕飯は、私が作るから! 辰樹は座って待ってて」
「クロ、熱あるんじゃないか? 顔真っ赤だし……。もし熱があるなら、今日は俺が準備するから。無理しちゃだめだ」
クロは何か言おうとしていたが、すぐに言葉を切り上げる。
顔が真っ赤に染まっていて、熱でもあるのかと辰樹は心配して、今日は自分が用意しようかとクロに提案する。
「あ、あはは。熱、あるかも。ごめん、じゃあ今日は、辰樹にお願いしようかな……」
クロはそのまま、自室へと入っていった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「はぁ………」
クロは自室で1人、ため息をつく。
クロと辰樹が住んでいる場所についてだが、実は地下で、いくつか部屋が用意されている。
入口を入ってすぐに、リビングらしき部屋があり、キッチンも付いている。左右にはそれぞれの部屋があり、トイレはちょうど二つずつついていて、リビングの奥にはバスルームもある。
水道、電気もついこの間まで通っていたのだが、最近は魔族の活動が活発になり、止まってしまっている。そのため、近くの水場に水を汲みに行ったりする必要があるが、クロが精神的に参っていて、動けなかった時期は辰樹がそれを全部やっていた。
そう、辰樹が全て、やってくれていたのだ。
掃除も、食材確保も、洗濯も、家事全てにおいて。
(甘えてばっかりだな、私…………)
改めてクロは、自分がどれだけ辰樹に頼っていたのかを実感する。
と同時に、辰樹に何も返すことができていない現状を見て、自分が嫌になる。
本当は今日から、料理も自分が作ろうと意気込んでいたのだが、結局それは叶わず、今日も辰樹に作ってもらっている。
「どうしよう………こんなんじゃ、いつ愛想尽かされてもおかしくない……」
このままでは、いつか辰樹は、自分のことを見捨ててしまうのではないか。そんな不安が、クロの中に広がっていく。
別にクロは、今の状態なら辰樹がいなくたって生活できていくことはできる。
ただ、今まで辰樹と過ごしてきて、クロの中でいつのまにか辰樹がとても大きな存在になっていったのだ。
今となっては、辰樹がいない生活など、とても考えられない。
(もしかして、これが…………好きってこと………なのかな………)
辰樹のことを考えるだけで、クロの胸の鼓動の脈打つスピードが、はやくなる。
(いや、ない。それは、ない。だって、元々は男だったし……わた……俺はホモじゃなかったし………うん、それは、違う。多分、人肌が恋しいだけ)
クロは頭をぶんぶんと振り、考え事をやめにする。
「とりあえず、明日はちゃんと、働こう」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
次の日、クロは今度こそ自分が夕飯を準備しようと意気込み、早速調理に取り掛かっていた。
食材は、先日辰樹が外に出て調達してきたものだ。この食材で作れるのは、肉じゃがだ。こういう部分でも、辰樹に頼りっぱなしだったんだなと、クロは実感する。
ちなみに今も、辰樹は食材の調達のため、外へ出向いている。
今料理を作っているのも、辰樹がいない間に作ってサプライズをしようと思っているからだ。
そして、今日をきっかけに、これからはクロが料理をしていくことを辰樹に伝えようと、そう考えている。
(確か、男の胃袋を掴むって話で、よく肉じゃがが挙げられることが多い気がする………って、何考えてるんだろ。そういうのじゃないのに……)
クロは、手際よく包丁を動かしていく。
(辰樹、喜んでくれるかな)
クロの表情は、自然と穏やかなものになっていく。
(美味しいって、思ってくれるといいな……)
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
(遅いな………)
クロは、中々帰ってこない辰樹のことが、心配になってくる。
いつもなら辰樹が帰ってくる時間に出来立ての肉じゃがを提供できるように考えて料理したため、肉じゃがは既に冷めてしまって、出来てからかなり時間が経ってしまっている。一応ラップはしてあるが、美味しさは半減するだろう。
(辰樹、もしかして、魔族に襲われて………)
しかし、肉じゃがのことなど、もはやクロにとってはどうでも良かった。
1番大切なのは、辰樹の安否だ。
いつもなら帰ってくる時間に、帰ってこない。こんなこと、今までなかった。遅くて精々30分ほどだったのが、今日に至っては3時間も帰ってきていない。
(一応、『桜銘斬』は渡しておいたけど…………)
クロは、辰樹に護身用として、櫻の形見である『桜銘斬』を渡してある。
ただ、辰樹は魔法少女でも何でもない、ただの一般人。いくら武器を持っているからといって、魔族に敵うかと言われれば、答えは否だ。
(………しんぱい…だな………)
クロは、辰樹のことが心配で仕方なくなってくる。
段々と落ち着きもなくなってきて、次第に部屋をウロウロとしだすが………。
ガチャリッ。
その時、入り口が開く音がした。
クロは急いで、入り口まで出迎えにいく。
この場所は地下であるため、入り口は上についており、外に出るためには梯子を登る必要がある。
そのため、出迎えるとなれば、その梯子の前までなのだが。
「おかえり、たつ、き………えっと、その女の人は……」
クロが入り口まで出迎えた時、梯子から降りてきたのは2人だった。
1人は辰樹だ。これはクロもわかっていた。ただ、もう1人、辰樹の後についてくるかのように部屋にやってきた女性がいたのだ。
「帰りが遅くなってごめん。この人は、俺が外に行っている時に、魔族に襲われてたから、とりあえず家に連れてきたんだ。家に帰るのが遅くなったのも、暫くその魔族に追いかけ回されてたからなんだ」
「……そう、なんだ」
辰樹はそう言う。嘘は言っていないだろう。辰樹は、実はかなり正義感の強い人間だ。困っている人がいたら、迷わず助けるだろう。だが……。
(なんだか、モヤモヤ、する)
辰樹が人助けをした。それは、いいことだ。
けど、なぜだか、クロの心は、穏やかではいられない。
「あの、私、迷惑だと思うので、帰ります」
辰樹が連れてきた女性は、申し訳なさそうにしながら外へ出ようとする。
「外にはまだ魔族がいるかもしれないし危ない。だから、今日は泊まっていった方がいいと思いますよ。クロ、彼女、泊めてもいいか?」
クロとしても、辰樹の意見に同意だ。せっかく助けたのに、遠慮して外に出た結果、魔族に襲われたとなれば元も子もないだろう。
だから、辰樹の言い分には納得だ。
「別に、いいけど」
そう、納得しているはずだ。なのに、クロの口調は少しぶっきらぼうで、どこか不機嫌に聞こえる。といっても、注意して聞かなければ分からないほどのものなので、気のせいかと言われればそうかもしれない。実際、辰樹も特に気にしている様子もない。
「ありがとう」
辰樹はそう言いながら、女性の手を握ってエスコートしていく。
その光景を見ていると、なんだか耐えきれなくなって。
「先に部屋、戻ってるね」
クロは、その場から逃げ出すかのように、部屋に戻った。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
クロは自室のベッドに寝そべりながら、考え込む。
(何で、こんなに胸が苦しいんだろう………)
先程の女性と辰樹が、一緒にいる光景を想像すると、胸が苦しくなってくる。
何で苦しいかなんて、本当はわかってる。
ただ、それを認めてしまってもいいのか、いや、よくない。
(わかってる、わかってるんだよ、もう。本当は、辰樹のことを…………)
でも、この想いは抑えないといけない。
だって、こんな感情を持たれたって、辰樹にとっては、迷惑でしかないだろうから。
(別に、あの女の人と、辰樹がどうなったって、私には、俺には、関係ない。大丈夫。なんともない、鏡を見れば、わかる、だって、こんなにも………)
「あれ? 何で……目から水が出てるんだろう……。涙……? そんなわけ、ない。だって、全、然悲しくなんて、ないのに」
クロが鏡の前に立つと、そこには、目を真っ赤に腫らしながら涙を流す、真っ黒な髪を持った少女の姿が。
「違う、違う、違うの。そんなんじゃ……ない、から……」
いくら言葉で否定しても、心の底では、理解している。
自分が、辰樹のことが好きだと言うことを。
異性として、意識してしまっているということを。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
次の日の朝、クロはいつも通りに起床する。
涙は昨日、流し尽くした。目の腫れも、辰樹にわからないように化粧で誤魔化した。
クロはあまり化粧をするタイプではなかったのだが、最近になって化粧に興味を持つようになっていた。
これも確か、辰樹のことを意識し始めてからだったはずだった。
頭の中では辰樹への恋心を否定していたものの、心の奥底、深層心理では、辰樹のことが好きで、自分のことを意識してもらいたいと、そういう思いがあったのだろう。だからこそ、化粧品に手を出したのだ。
「大丈夫。いつも通り、振る舞えばいい」
クロは、自室から出る。
辰樹は既に起きていたようで、朝飯の準備をしていたようだ。
クロはリビングを見渡すが、昨日の女性の姿が見つからない。帰ったのだろうか。
「辰樹、昨日の女の人は?」
「あぁ。俺の部屋でまだ寝てると思うよ」
(え……?)
どうして、辰樹の部屋で寝ているのだろうか。
辰樹の部屋にあるベッドは、一つだ。
二つあるわけじゃない。
つまり………。
(一緒に、寝た……?)
クロの頭の中で、考えたくもないことが、次々に頭に浮かんでいく。
辰樹と女性が、同じベッドで寝ている光景。
同じ布団を被りながら、愛の言葉を囁いている光景。
そして、2人で、体を………。
「あ、そう、なんだ……」
クロの頭の中が真っ白になる。
昨日、その感情には決着をつけたはずなのに。
もう、大丈夫だと思っていたはずなのに。
クロの心は、激しく揺れ動く。
「そういえばクロ、なんか目、腫れてないか?」
そして、気づいてほしくなかったことにも、気づかれてしまう。
いや、本当は気づいてくれて、嬉しい。些細な変化にも、気づいてくれた。それだけで、クロは幸せな気持ちになれる。
はずだった。
しかし、クロはもう知ってしまっている。
辰樹が、つい昨日会ったばかりの女性と、一夜を共にしたことを。
半年間過ごしてきた自分は一度も、一緒に寝たことなんかないのに。手を繋いだことも、なかったのに。
今更、自分の変化に気づいてくれたところで、何の意味がある?
もう、意味なんてない。
(それはそうだよね………。病んでた時期のこと考えれば、私が辰樹の立場でも、あんな女ごめんだって思うし……。しかた、ないよね)
「今日は、お腹空いてないから、私の分はいいよ。部屋、戻っておくね」
クロは、そのまま自分の部屋のドアノブに手をかけるが、後ろにいた辰樹に、腕を掴まれる。
「お腹空いてないって言っても、朝ごはんは大事だから、食べた方がいいよ。それに、いつ食糧不足に陥ってもおかしくないんだから、食べれるうちに食べておかないと」
辰樹は、どこまでいってもクロのことを心配して、気をつかってくれている。
普段なら、そんな辰樹の気遣いは、嬉しい。
ただ、今は、そんな辰樹の気遣いが、むしろ辛い。
「放っておいて。私の分は、あの女の人と食べればいいじゃない」
クロは、少しムキになりながら、辰樹を突き放すかのようにそう言う。
「何でそんなこと、言うんだよ」
辰樹としては、クロと一緒に朝食を取るのが、毎日の楽しみだった。美味しそうに朝食を食べるクロの姿を見るのが、好きだった。
だから今日もいつも通り、クロと一緒に朝食を取ろうと思っていたのだが、突然クロから突き放すように言われたことで、少し傷つく。
「何でって………」
クロは、言うかどうか一瞬迷うが、今のクロには、感情に整理をつける余裕がない。だから、つい、思ったことをそのまま口に出してしまう。
「辰樹はあの人と寝たんでしょ? だったら、あの人と仲良くすればいいじゃない。私は邪魔者でしょ?」
「は……? 何言って」
「もう、私に構わなくてもいいよ。あの女の人と、幸せになったらいい」
「クロ、お前何か誤解して…」
「私は適当に避難所に行くから、辰樹はこの場所、好きにつかっていいよ」
クロは、辰樹が何か言いかけていることに気づきながらも、耳を貸さずにそう告げる。
もう、これ以上辰樹の声を聞きたくないのだ。
顔を、見たくない。
(はやく、出ていかなきゃ。今、出て行かないと、絶対に諦めきれなくなる)
少しでも声を聞いてしまったら、顔を見てしまったら。
この想いを、誤魔化すことなんてできないだろうから。
「クロ、待ってくれ!」
クロは、そのまま地上へ出て行く。
「なんで、こうなるんだよ……」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
クロは、地上へ出た後、人影の少なく、誰もいない道を、当てもなく歩き続けている。
辰樹には避難所へ向かうと話したが、クロは避難所に向かうつもりはなかった。
だって、もう、生きていく意味なんてないんだから。
元々、半年前の時点で、もって後2年と言われている命だった。
仮に今日死ぬとして、どうせ長くて1年半分の人生がなくなっただけなのだから、何も変わらない。生きていく意味を、見出せないから。
「寒いな………」
現在の季節は冬。そのため、外は当然のように寒く、朝であるため、昼間に出歩くよりも辺りは冷えている。
「お? ほぉ。こんなところに野良の人間のガキがいるじゃねぇか。ケケッ、こりゃ駆除しねぇとなぁ?」
そして、運の悪いことに、魔族に見つかってしまった。
(いや、むしろ運はいいかも……)
ここで魔族に見つかったことで、凍死だとか、餓死だとか、そんな孤独で寂しい死なんかじゃなくて、戦いの中で死ぬことができるようになった。
戦ってる間は、嫌なことを考えている暇なんてない。
だったら、丁度いいじゃないか。ここで、この魔族と戦って、散ろう。
クロは、両手に大鎌を出現させ、目の前の魔族との戦闘に入ろうとする。
そして…………
フラっ
突然、立ちくらみを起こしてしまう。
「ハッハッハッハ! 死ねェ!」
そしてそのまま。
魔族の持っていた武器で、体に傷をつけられる。
クロの体から、赤い液体が流れていく。
致命傷ではない。かすり傷程度だ。多分、目の前の魔族は、遊んでいるのだろう。痛ぶって、じっくり殺そうと、そう考えているのかもしれない。
だから、今から全力で逃げれば、まだ魔族には殺されずに済むだろう。
だが、逃げたところで、結局助かることなんてない。なぜなら
(もうとっくに、余命なんてなかったんだ………)
クロは、半年前に余命宣告をされている。
その時に、長くて後2年。
そして、今年中に命が尽きるかもしれないと、そう言われていた。
もう既に、年は越している。今日は1月4日。
余命宣告をされたのは、7月4日だ。つまり、丁度半年、過ぎている。
本来なら、去年中に死んでもおかしくない状態だったのだ。年を越せただけ、よかったのかもしれない。
そして、今日、クロは魔族と戦おうとした時、立ちくらみがした。その時に、気づいたのだ。今日が、その日なんだと。
(あぁ、そっか、でも、よかった。辰樹に、気づかれないまま、死ぬことができて。あの女の人には、感謝しないと)
辰樹には、余命が残りわずかとだということを知らせていない。
その理由は、クロの中で知らせても辛いだけだって言い訳してきたが、本当は、違う。
第一、知らされない方が辛いだろう。だって、死んだ時に初めて気づくんだから、悲しさと、悔しさで、やるせない気持ちになってしまうわけだから。
本当は、辰樹に愛想を尽かされたくなかったからだ。
もし、余命宣告を受けていることを、素直に告げたとして、死ぬとわかっている赤の他人に、最後まで付き添おうと思う人間がいるだろうか?
(私と辰樹の関係性は、ただの元同級生。友人と言えるほど、関わりが深かったわけじゃないし、恋人ってわけでもない。ここ半年は、私が世話されてばかりだったから、対等な関係とも言えない)
そう。クロと辰樹の関係は、あやふやで、何故一緒に過ごしているのかと問われれば、なんと答えていいのか、わからない。
だからもしかしたら、余命が残り僅かであることを伝えてしまえば、辰樹は、クロのことを見捨ててしまうかもしれない。それが怖かったから、クロは何かと理由をつけて、余命の話を辰樹に一切してこなかったのだ。
(自分勝手で、辰樹のこと何にも、考えてなかったんだ………。それはそうだよね。辰樹も、私なんかより、別の女の人との方が……良かったんだ)
「ちっ! 反応鈍いなぁ。つまんねぇ。もう殺すか」
理解はしている。納得も、一応、できている。
でも、それでも。
(あんな別れ方、したく、なかったな………)
クロに向かって、魔族が、武器を振り下ろしてくる。
(できれば、もう一度……)
クロは、自分に振り下ろされる武器を直視できず、目を閉じる。
側から見れば、それは祈っているかのようにも見えたかもしれない。
(会いたい……)
「クロ!!」
魔族の攻撃が、横から飛んできた、桜の模様の入った刀によって、遮られる。
飛んできたのは、櫻の形見である、『桜銘斬』だった。
クロは、護身用として、辰樹に『桜銘斬』を持たせている。
ということは、つまり、クロを助けにきたのは……。
「たつ、き……?」
「ごめん、誤解されてたみたいだから。それに、これは、俺の思い込みかもしれないけど…………両想いかもしれないから」
「?」
最後の部分はよく聞き取れなかったが、何やら誤解を解きにきたらしい。
クロとしては、今更助けにきたところで、もう。
「辰樹、逃げて。あの魔族には、辰樹じゃ敵わない」
「ごめん。今俺、もう逃げないって決めた。ずっと引きずってたんだ。あの時、櫻達を見捨てて逃げてきたこと。それに、今ここで逃げたら、俺はまた、失うことになる。クロには、伝わってなかったのかもしれないけど、俺にとって、クロは、とても大切な人、なんだ。恥ずかしいけどさ。だから、守らせてほしい」
(そんなこと……言われたら………)
期待してしまうじゃないか。
諦めきれなくなってしまうじゃないか。
(やめてほしい………もう………)
そんなの辛いだけだ。
苦しいだけだ。
結ばれたとしても、悲しい結末が待っているのだから。
もうこれ以上、期待させないでほしい。
(たつき…………)
意識が、朦朧とする。
かすり傷程度だと思っていたけれど、それでも案外、それなりに体にダメージは入るらしい。
クロは、魔族に立ち向かおうとする辰樹の姿を見る。
(かっこいい、な………)
もう、隠すことなんてできない。
本当は、全部最初から分かってた。認めたくなかっただけ。でも、もう、最期なんだ。これで、終わりなんだ。
認めたって、いいじゃないか、最後くらい。
(やっぱり、私、辰樹のこと、好き、なんだ……)
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「全然、歯が立たないな………」
「当たり前だろ。お前は所詮人間だ。俺達魔族に勝てるわけがない。その刀は中々出来は悪くはないみたいだが、使い手が悪かったな」
魔族はそう言いながら、辰樹にとどめを刺そうとする。
「まだ…‥まだ終わってない!」
辰樹は、『桜銘斬』を握りしめ、魔族に突進していく。
まるで、リリスに立ち向かった時のように。
あの時は、結局クロを攫われ、自分は何もできないままに終わった。
だから、今度こそ。
「俺が、クロを守る!」
「そこまでよ」
辰樹は、全力で『桜銘斬』をつかって、魔族を斬り込みに行こうとするものの、突如、地面が凍ったことで、足を止められてしまう。
それを行ったのは、たった今、辰樹と魔族の間に割って入った魔法少女、蒼井八重だった。
「貴方様は……アストリッド様の側近の…!」
「そうよ。彼らの対応は、私がする。彼ら、ちょっと事情が特殊でね」
「わかりました。貴方様が言うのなら」
魔族は、八重の登場により、この場から去っていく。
「お前、魔法少女、か?」
辰樹は、八重に対して、最大限の警戒心を持ちながら、問いを投げかける。
「ええ、そうよ。まあ、厳密に言うと元魔法少女、なのだけれどね」
そう言いながら、八重は口を開け、自身の長い歯を指差す。
「今は吸血鬼。アストリッド様の側近のね」
「…っ! クロに手を出すな! 指一本でも触れたら……!」
「…………ん……」
「クロ…?」
辰樹は、八重に注意を払いつつも、唸り声を上げたクロの方へと向かう。
「傷は……そんなに深くない、はずだ。大丈夫だ、きっと助かる。一緒に逃げよう」
「辰樹、無理、だよ。もう、助からない。だって、私にはもう………」
傷は、素人の辰樹から見ても、そんなに深いものじゃない。致命傷でもないし、感染症に気をつけてすぐに処置すれば、死に至るほどのものじゃあないはずだ。
なのに、クロはもう、生きることを諦めているかのような目をしていた。余命のことを知らない辰樹には、なぜそんな目をしているのかが、分からない。
「貴方、クロの余命の話、聞かされてなかったの?」
「は? 余命? なんだよそれ、聞いたこと、ないぞ」
「クロは元々、私の妹の千鶴、いえ、貴方には、真白って言った方が伝わるかな。その真白の、クローンとして誕生したの。でも、クロは魔法少女のクローンとして生み出されたせいで、生命維持装置なしで生きていられる期間が、とても短いの」
そんな話、一度も聞いたことがなかった。
櫻や来夏に聞けば、教えていてくれたのかもしれない。けど、辰樹としては、クロの身の上などは、クロに直接聞きたいと考えていたのだ。
「じゃあ、もう、クロは………」
辰樹は、地面へと崩れ落ちる。
今まで、クロの側に居続けたのに。
ずっと、クロのことを支えてきたのに。
結局、いくら尽くしたところで、クロが近いうちに死ぬ事実は、変わりはしなかったんじゃないだろうか。
「全部、無意味だったのかな……」
辰樹は1人、絶望する。
別に見返りが欲しかったわけじゃない。
ただ……。
好きな子が、幸せに生きていければ、それでよかったのに。
「無意味なんかじゃ、ないよ」
しかしクロは、辰樹のその言葉を、否定する。
「私は、辰樹のおかげで、この半年間、生きていこうって思えた。辰樹が、私のことを支えてくれたから、この半年間、とても、楽しかった。人間は、魔族に虐げられるようになっちゃったけど、それでも、こんな世界でも、私は辰樹のおかげで、生きていこうって思えた。だから、無意味なんかじゃない。少なくとも、私の心は、もう、辰樹に救われてる」
「クロ……」
「だから、ありが、とう」
クロはそのまま、意識を失う。
「クロ………嘘、だろ……? なぁ……返事してくれ………俺のこと、嫌いになってくれてもいいから…………何でも、何でもするから、だから、生きて、くれよ……」
辰樹は、冬の寒さで、どんどん冷えていくクロの体を、暖めるかのように抱きしめて、涙を流しながらも、そう言う。
「本当に、クロのことが好きなのね。貴方なら、クロのこと、任せても、いいかな」
八重は、そう呟き、そして、辰樹に語りかける。
「クロはまだ生きているわ。もし、このままクロを死なせたくないなら、私にクロを、預けて頂戴。信用できないというのならそれまで。けど、貴方だって何もしないまま、クロを失いたくないでしょ?」
辰樹としては、今あったばかりの少女、しかも、吸血鬼の言うことなんて、全然信用もできない。
でも、それでも。
たとえ1%でも、可能性があるなら。
「………信用して、いいんだよな………?」
これでもし、クロの体を、悪用でもされたら、それこそ、取り返しがつかない。
でも、これで助かるのなら。
そしたら、誤解を解いて、今度こそ、想いを伝えたい。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「ん……ここ、は……?」
クロが目を覚ますと、真っ白で、一切見覚えのない天井があり、周りを見ると、どうやらここは研究室のような何かだということがわかった。
クロが辺りを見渡していると、1人の女性と目があった。
「おや? 目が覚めたみたいだね。よかったよ」
クロは彼女のことを、知っている。
クロが通ったことのある、翔上中学校の保健の教師、双山魔衣だ。彼女は、真白の保護者でもあり、クロに余命宣告をした人物でもある。
「私は………」
「あぁ。何で生きているのかって? まあ、簡単に言うと、私が延命したんだよ。あぁ、ただ、勘違いしないでほしい。あくまで延命だ。君の余命が、少しだけ増えただけ」
「そう、ですか……」
もしこれで、これから先、普通に生きていくことができるようになったのなら、辰樹に想いを伝えることができるかもしれない、そう思っていたクロだったが、人生そんなに上手くはいかないようだ。
「ただ、私からも少しアドバイスをしようと思ってね。これでも教師だから」
双山先生は、人差し指を立てながら、言う。
「まず、恋は若いうちにしておけってこと。年老いてからじゃ、相手もいなくなっちゃうしね。それと………」
双山先生は、机の引き出しを上げ、薬の入った袋を取り出す。
「この薬を毎日飲み続ければ、後6年ちょっとくらいは、延命できるはずだ。結局、6年後には君は死ぬことになるが、それでも、私は、君が後悔しないように生きるべきだと思う。好きなんだろう? 彼のことが。だったら、正直に想いを伝えた方がいい。後悔しないように、生きるべきだ」
その通りだ。
結局、クロは、最後まで辰樹への想いを伝えることができなかった。
もし、辰樹に想いを伝えなかったら、多分、後悔で死後も化けて出るかもしれない。
「そっか、いいんだ、ね……もう」
どうせ、今まで散々、辰樹に甘えてきたし、迷惑をかけてきたんだ。
今更それが、一つ増えたくらいじゃ、何も変わらない。
「そうだよ、後悔しないように、しないと」
クロは、自分に言い聞かせる。
結局クロだって、ただの1人の人間なんだ。
聖人でもなければ、悪人というわけでもない。
善だとか、悪だとか、そんなものでは測れない、ただ1人の人間なんだ。
だから、自分の想いを押し付けよう。
相手を思いやることが、大事だというのはわかる。でも、それで自分の幸せを掴み損なうなんて、悲しいだけだ。
(ああ、滅茶苦茶自己中だな………でも………)
この想いは、止められない。
「先生、その、ありがとうございます。私、今から、辰樹のところに行ってきます。それじゃ」
クロは、双山先生から、薬の入った袋を受け取り、部屋を出て行く。
「道、分かるのかしらね」
クロが出て行ったのを見計らって、物置部屋から、八重が出てくる。
クロをここまで連れてきたのは八重だが、彼女はクロのことを避けていたようだ。
「本当によかったのかい? もう、二度と会えないかもしれないのに」
「二度と会えないからこそ、ですよ。クロのことを助けたせいで、私が死んだってなっちゃえば、クロは多分、また自分を責め始めてしまう。折角、自分のために生きようって思ってくれたんだから、それは避けたかったの」
そう、八重がクロと顔を合わせようとしないのは、八重がもう、アストリッドによって始末されてしまうからだった。
クロの所在は、もう既にアストリッドにバレていた。その上で、クロの対応は全て、アストリッド自身が八重に任せていたのだ。
『クロの手助けをしたら殺す』という条件付きで。
「しかし、良く私を信用したね。分かっているんだろう? 別に私はクロのことを思ってああ言ったんじゃないってこと」
「ええ、分かっていますよ。アストリッド様、いや、もう、様付けなんてしなくてもいいかしら。アストリッドを、倒すため、でしょ? 別に、貴方の本性がどうであろうと、それでクロが助かるのなら、私は構わないわ、だってクロは---」
---私の大切な、妹だから。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「ただいま、辰樹」
「おかえり、クロ。無事で、よかった!」
2人は互いに抱き合う。
お互いの体温を確かめるかのように、しばらくの間、抱き合ったまま、無言の時間が過ぎて行く。
どれくらいの時が経ったか、お互いに満足したのか、辰樹とクロは、お互いを抱きとめている手を、それぞれの体から、どけていく。
「ねぇ、話したいことがあるんだけど、いいかな……?」
「待ってくれ、先に俺から、言わせてほしい」
辰樹は、深呼吸をして、それからゆっくりと、口を開いて行く。
「はじめて会ったときから、今までずっと、好きだった」
「………え………?」
「気持ち悪いよな、俺。クロのこと、今まで支えてきたのも、全部、クロが俺に振り向いて欲しくて、俺が、クロと恋仲になりたくて、やってたことなんだ。最低だよな。この気持ちには、答えてくれなくていいから、だから……」
「違う。そうじゃない。最低なんかじゃ、ない。少なくとも、私は、辰樹のおかげで、救われた。辰樹がいたから、今の私がいる。だから、そんなこと、言わないでほしい」
「でも…………んっ!?」
突然、辰樹の唇が塞がれる。
クロの、口付けによって。
「でももだってもない。しつこいよ? 私も辰樹が好き。だから、この話はもうおしまい。私と付き合って。ね?」
あまりにも強引で、自己中心的なクロの行動に、思わず辰樹は笑ってしまう。
「そっか。はは。両想い、だったのか………」
そんな辰樹に対して、クロは手を差し伸べてくる。
「?」
「手、貸して」
辰樹は、クロの差し出された手を、そっと、優しく握りしめる。
「そうじゃない。ここは、恋人繋ぎじゃないと」
「こっ……! こいびとつなぎ……」
「うん」
そう言ってクロは、困惑する辰樹のことも気にしないで、強引に手を絡めてくる。
「じゃ、ホテル行こっか」
「???????」
急展開すぎて、辰樹はクロとの認識の差に、クロとの間に時空の歪みでもあるかのように錯覚する。辰樹とクロのペースには、かなりの違いがあるだろう。
ただ、1つだけ、2人に共通するものがある。
それは、2人とも、お互いのことを好いているということ、そして。
「ねぇ、辰樹」
「何だ?」
「私、今、今まで生きてきた中で、1番幸せかも」
「あぁ、俺もだ」
互いに、今が1番幸福だということだ。
ちなみにこの世界線だと束は自殺。
来夏、去夏はレジスタンスとして活動。
アスモデウス&パリカーは八重の母親を救出した後(クロの所在を知るために、八重をアストリッド側から引き抜こうとしていた)、待ち伏せしていたアストリッドによって八重の母親もろとも殺害され、
朝霧千夏はDr.白川に魔族変装セットを作ってもらって、大人気アイドルとして魔族から支持されています。
リリス陣営はリリス以外全滅。『ノースミソロジー連合』はリーダーのオーディン以外は全員アストリッドの部下になりました。ルサールカやイフリートも同様。
百山椿は櫻が死んだことで精神を病み、弱っていたところを殺されます。
朝太とか末田ミツキあたりは多分レジスタンスもしくは魔族に殺されてるでしょう。
八重もこの後アストリッドの手で殺されるので、クロと辰樹以外は割とバッドエンドだったりします。