【IF HAPPY END】辰樹√ 共依存
「なんで……? ただの人間が……。どうして私は、気付かなかった?」
「お前ら魔族が思っているほど、俺達人間は甘くない」
辰樹は、アストリッドに気づかれることなく、アストリッドの背後から、彼女の背中を大鎌で貫くことに成功した。
しかし、アストリッドは辰樹の存在に気づかなかったこと自体には動揺したものの、体に傷がついたことそのものには動揺した様子はない。
アストリッドにとってはこの程度の傷、なんてことはないのだ。
「ふふっ。アハハハハハハ!! 私の不意をついたって、結局人間は魔族には勝てない! お前はもう終わりだ!! このまま、クロの目の前で、グチャグチャに引き裂いてやる!!!!!」
アストリッドは、辰樹を蹴飛ばし、自身を貫いた大鎌に付着している血から、ギザギザの刃を持った剣を生成する。
腹を貫いている大鎌は、アストリッドの体から抜かれ、彼女の手によって粉々に砕かれてしまう。
「くっ…………」
「さて……このまま、お前を八つ裂きにしてジ・エンドだ」
アストリッドが辰樹の元へ、ゆっくりと歩いてくる。
わざとだ。
恐怖感を煽るために、わざと、ゆっくりと歩んでいるのだ。
しかし、その歩みは突如として、止まる。
アストリッドの足元に、突然桜の模様が入った黒い大剣が出現したからだ。
「生きていたのか、百山櫻」
アストリッドは、辰樹から注意を外し、櫻の方へ歩み始める。
地面に倒れ伏していた櫻は、顔を上げ、クロの方を向きながら、口を動かす。
声には出ていないが、口の動きから、櫻が何を伝えようとしているのか、それは分かった。
に げ て
たったの三文字。
ただ、それだけでも、櫻の心の優しさは読み取れる。
『たすけて』と、助けを乞うわけでも、恨み言を言うわけでもなく、ただ、『にげて』と。
その一言には、どんな思いが込められているんだろうか。
「今度こそトドメを刺してやる。ん……?」
そして、再びアストリッドの歩みは止められる。
アストリッドが下を見ると、左側の足はユカリが。右側の足は茜が掴んでおり、アストリッドの歩みを止めようと、必死に力をこめている。
「あー。頭に血が昇ってたせいで、殺し損ねてたのか。しかし馬鹿だね。死んだふりでもしておけば、もしかしたら助かってたかもしれないんだよ? それをわざわざさぁ。でも、そういうのも嫌いじゃないよ。ま、嫌いじゃないだけで、それ以外に何の意味も持ち合わせていないんだけど」
「まだ、生きてる………!」
クロは、櫻達が生きていることを知り、彼女らの元へ向かおうとする。
だが、クロが動こうとしたその瞬間、クロと辰樹の目の前に、巨大な光の障壁が出現する。
クロと辰樹は、アストリッドと櫻達のいる場所へ、行くことができなくなってしまった。
なんせ、巨大な光の障壁は、アストリッドと櫻達を囲むように円になって形成されていたのだから。
「なん、で……」
「クロ! 逃げて! どうせ私達はもう助からない! だから! 辰樹と一緒に、どこか遠くに!!!!」
真白は、シロは、口から血を流しながらも、必死にクロに訴えかける。
「いや、だ……まだ、いきてるのに、だめだ。だめだだめだだめだ!」
しかし、そんなシロの訴えに、クロは応じようとはしない。
「まだ生きてるじゃないか! 助かるかもしれないのに、何でこんなこと!」
「辰樹、お願い、クロを連れて、逃げて、それに、私は自業自得だよ。だって、最初に見捨てたのは、私の方、なんだから。だから、私はクロのこと、恨まないし、恨む権利もない。櫻達だって、クロには逃げきってほしいって、思ってる。私達はもう助からないの、わかって、クロ。おねがい」
シロがそう言っている間に、櫻、茜、ユカリにとどめが刺される。
3人は、完全に息絶えてしまった。
「急いで!!!! はやく!!!!!!!!」
「シロ!」
クロは、光の壁があるにもかかわらず、シロの元へ向かおうとする。
しかし
「ごめん、クロ」
クロは、突然辰樹に抱えられる。
「え?」
辰樹は、クロを抱えたまま、シロのいる場所からどんどん遠ざかっていく。
「たつ、き………なんで………なんで!」
「…………ごめん」
「……あ……あぁ……」
クロが辰樹に抱えられながら見た光景は、巨大な光の壁が、段々と崩壊していっている、シロの命が散ったことを知らせるかのようなものだった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
〜2年後〜
日本は、とある1人の吸血鬼によって、完全に支配されていた。
人類は魔族に敗北し、ほとんどは魔族の下僕と化し、一部の人間は、レジスタンスとして魔族に対抗し、細々と暮らしながら日々戦いに明け暮れていた。
各国からの傭兵や、米軍が介入するも、魔族の圧倒的な実力に敗れ、撤退した。
その結果として、日本は吸血姫アストリッドの国となったのだ。
そんな中、廃墟と化した学校で、ひっそりと暮らす男女の姿があった。
クロと、辰樹だ。
「クロ、翔上中学の近くにあったあの拠点、バレて潰されちまったらしい。そろそろここも危ないかもな」
辰樹は使い古された自作の地図を見ながら、クロにそう告げる。
「みたいだね。それで、あいつの情報は?」
2年前は精神的にボロボロだったクロだったが、辰樹と一緒に過ごすうちに、徐々に元の状態に戻っていった。
辰樹がいなかったら、クロは今頃、自殺していたかもしれない。
「今のところ、まだって感じ。まあ、仮にあいつの居場所がわかったところで、今の俺達じゃ勝てそうもないし、とりあえずは、俺達以外の生き残りを探して、戦力を集めるしかなさそうだ」
「そっか。私は、ずっと辰樹と2人でもいいんだけど………」
「俺だって、クロと2人きりでずっといれるならそれが一番いいよ。けど、今のままじゃ戦力が足りない。せめて後1人でも魔法少女がいれば………」
「女はダメ」
「………はぁ。わかった。嫉妬してくれるのは嬉しいけど、それじゃいつまで経ってもあいつには勝てないぞ」
「わかってる。4人の仇を討つっていうのは、私達の人生の目標だしね」
クロは、手に持っている髑髏の面を抱きしめる。
これは、ユカリとの思い出の品で、形見だ。腰には桜銘斬が帯刀されており、こちらは櫻の形見となっている。
茜の形見については、茜が使っていたステッキを、クロが使うことにしたため、現在クロが使っているステッキが、形見となっている。シロの方も同様だ。
「でも、できれば仲間は欲しいんだよな。来夏とかでもダメか?」
クロはうーん。と唸りながらも、質問に対する答えを捻り出す。
「来夏とか八重なら多分、大丈夫だろうし。いいよ。あ、でも、辰樹が手を出したりしちゃダメだよ?」
ここ2年で、クロは辰樹は仲を深め、恋人となった。
そのため、クロは、辰樹が女性と話しているところを見ると、正直耐えられない。
だが、来夏や八重なら、辰樹とそういう仲になる心配もないし、純粋な仲間として、共に戦うことができるだろうと考えている。
「流石にわかってるよ。それに何度も言ってるだろ。俺はクロ一筋だって」
「そっか。そうだよね………。ねぇ、辰樹。もし、皆の仇を討つことができたらさ、その後は私達………」
「それ以上は、あんまり言わない方がいい気がする」
クロが、辰樹に対して何か言おうとするが、辰樹がクロの言葉を遮る。
「確かに。今言っちゃうと、死亡フラグみたいになっちゃうもんね」
「そういえば、薬は足りてるのか?」
クロは2年前、双山魔衣の診断によって、寿命が長くもたないことが判明した。本来ならば、生命維持装置がなければ生きることができないのだが、双山魔衣が、クロの寿命を伸ばすための薬を開発したため、クロは2年経った今でも生きながらえることができている。
ただ、薬がクロの体に有効なのは、後5年ほどで、生命維持装置も所在は不明。あったとしてもおそらくもう機能はしないだろう。
つまり、5年後にはクロを延命する手段はなくなってしまうのだが、現状ではクロは生きることができる。
「うん。この前貰った分がまだ余ってるから。でも、もしもがあったら困るし、また貰っておくよ」
「双山先生だっけ。俺は正直、あの人のこと信用できないんだけどな……」
「それは、先生が魔族だから? 利害は一致してるんだし、少なくともアストリッドを倒すまでは協力できると思うけど……」
そうして、クロは、髑髏の仮面を顔につけ、魔法で二つの大鎌を形成し、両手に持つ。
この格好をしておけば、魔族からも人間だということがバレにくい。
普通の人間であれば、魔力がないため、街中を歩けばすぐに魔族に人間だということがバレてしまうが、魔法少女に関しては、変装さえすれば魔族達の中に潜り込むことも可能だ。
「じゃあ、食料調達も兼ねて、今日も見回り行ってくる。もし、誰か人がいたら、連れてくるね。女性だったら、ここじゃなくて例のあそこの方に避難させるから、浮気はできないよ」
「今日はクロが見回りの日だったか。後、浮気はしないって。まあ、気をつけて行けよ」
辰樹の場合、なぜか魔族に感知されにくい体質を持っているため、わざわざ変装しなくてもある程度なら街中を歩ける。
そのため、周辺の見回りはクロと辰樹で交互に行っているのだ。
「うん。行ってきます。あ、それと、この髑髏の仮面を被ってる時は、『クロ』じゃなくて、『死神』って呼んで欲しいって何回も---」
魔族に支配された世界で、二人は生きている。
二人は生涯をかけても、おそらくアストリッドを打ち倒すことはできないだろう。
しかし、
意志だけは、受け継がれていく。
今までも、これからも。