【if〜BADEND〜】皆仲良く
クロに向かってゆっくりと、リリスが歩みを進める。
ザクッ
ザクッ
ザクッ
ザクッ
段々と足音が近くなってくる。
もうおしまいかと、そうクロが思った時、遠くから声が聞こえてきた。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
この声を、クロは知っている。
「辰樹!? ダメ! 戻って!! 殺される!」
クロは止めようとするが、辰樹は止まらない。
臆することなく、一直線に、リリスへと向かって行く。
「ふんっ。小僧が。お前なんかに興味はないわ」
言ってリリスが魔法を発動しようとする。
(まずい、このままじゃ!)
「まがん……むこうまほう!」
咄嗟に『魔眼・無効魔法』を唱えようとするが、先程リリスに全ての魔力を取られたせいで、発動することができない。
もう間に合わない。
辰樹の命もここまでか。
クロは目を瞑る。
ドゴンッ!
広い運動場で、人1人が空高く舞い上がる。
打ち上げられたのだ。
誰が……?
決まっている。
辰樹だ。
当たり前だろう。
あくまで広島辰樹は一般人だ。魔法を扱えるわけでもないし、怪人などとの戦闘経験があるわけでもない。
対してリリスは、魔法少女すら凌駕する魔力を持ち、さらには多数の魔法少女の死体を所持し、使役までしている実力者だ。
それに加えて、辰樹は子供だ。
いくら女性であるとはいえ、大人であるリリスに力で勝てはしないだろう。
叶うはずがない。
(まずい……助けなきゃ……動け………動け……!)
クロは最後の力を振り絞り、宙に舞った辰樹の元へ駆けつける。
(間に合わない…!)
このままでは、辰樹の体は地面に叩きつけられ、見るも無惨な姿へと変貌してしまうだろう。
(あぁ……もう…………誰も………)
が、辰樹が地面に叩きつけられることはなかった。
間に合ったのだ。
クロではない他の誰かが。
「シロ…?」
シロによって救出された辰樹は、ふらふらとおぼつかない足取りではあるが、その場に立った。
空高く舞ったため、少し目が回っているのだろう。
「クロ。あの女、見た感じ私達で勝てる相手じゃない。あの女が貴方の組織と敵対関係にあるなら、組織を頼った方がいいと思う………」
シロはこう言っているが、組織に頼れる者などいない。
ユカリならクロのことを助けてくれるだろうが、連絡を取る手段がない。
今のクロは組織を一時的に抜けている扱いだからだ。
「ごめん。今組織を頼れる状況じゃ………」
ギュっ。
クロの言葉は途中で遮られる。
突然シロに抱きしめられたからだ。
「クロ……今まで……ごめんなさい………1人で、勝手に組織を裏切って……クロのこと……見捨て……て…………ごめん………なさい……」
シロは涙を流しそうになりつつも、その瞳から雫が垂れることはない。
クロのことを見捨てておいて、身勝手に泣く権利などないと、そう思っているからだ。
「シロ………」
シロの言葉を聞き、クロも何か言葉をかけようとするが、それは叶わない。
リリスがやってきたからだ。
「ふふっ。いい家族愛ね。そうだわ。2人一緒に私のペットにしてあげようかしら。2人一緒なら、寂しくないでしょう?」
「クロ、逃げて。今度は、私が貴方を守るから」
シロがクロの前に立ち、守る姿勢をとる。
「真白も、クロも、戦わなくていい。逃げろ。俺がやる」
しかし、さらにその前に辰樹が出てくる。
その様子を見たリリスが、顔を顰める。
「家族水入らずのところに、どうしてこんなクソ生意気なガキが……殺すか」
リリスが何かをしようとしている。
「辰樹!!」
咄嗟にクロが辰樹に声をかけるが、その僅か0.1秒後。
辰樹の体が、バラバラに裂けた。
目の前の出来事がうまく飲み込めない。
(しん……だ……?)
何故
(俺のせい………か………)
クロを、守るために。
「あ………ぁう…………ぅぷ……………オ“ェ”ェ“ェ”エ“エ”エ“!」
罪悪感からか、はたまた目の前の残虐な光景からか、クロは思わず嘔吐してしまう。
「あら? 少し刺激が強すぎたかしら。可哀想。でもそっちの白い子は案外大丈夫みたいね」
「クロは……私が守る!」
「無駄よ。『傀儡呪術・マジカルロブ』」
シロがリリスを食い止めようとするも、『傀儡呪術・マジカルロブ』を使われ、全ての魔力を奪われる。
「そんな………」
「さぁ! 貴方も死んで、私のお人形になりなさい!」
シロに、手を出される。
ダメだ。これ以上……自分のせいで誰かを犠牲にしたくない。
「待って………待って、ください!」
「あら……? どうしたのかしら?」
「大人しく、従います。私を……支配したいなら…‥従います。殺したいのなら………ちゃんと、受け入れます。だから……これ以上……他の皆には手を出さないでください……!」
それにもう。死んでしまいたいのだ。
死んで、辰樹が死んでしまったことに対して、償いをしたい。
それで、許されることではないのかもしれないけれど。
「そこまで言うのなら……そうね。貴方の命だけで勘弁してあげるわ」
クロは精一杯懇願する。
そしてそれは、リリスに伝わったかのように見えた。
だが、リリスは約束を守るつもりはない。
(ふふっ。死ぬ時に憎悪を感じれば感じるほど、その死体の持つ魔力量は大きくなる。黒い方……クロと言ったかしら? そちらを殺すふりをして、逆に先に白い方を殺してやるわ……そうすれば、クロの恨みを買える……質の良い死体ができるわ!)
リリスが手を振り上げる。
(辰樹………ごめん。許してくれ……)
「『特別召喚・ワイバーン』!」
しかし、その手は無情にも遮られてしまう。
組織の幹部、パリカーが助けに来たからだ。
(ああ、どうして……………)
(もう、死なせてほしいのに…)
しかし、既にクロにはもう。
生きる希望がなかった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
リリスの学校襲撃から数日後。
クロはシロとの同居を始めた。
組織から生命維持装置と引き換えに、命令に従うことを要求され、ユカリも人質に取られたが、もはやクロの目にはユカリすら映らなかった。
脳裏によぎるのは、ただあの時、辰樹がミンチにされた光景ただ一つのみ。
後は、ただ只管僅かな余命を浪費するだけの人生。
クロは、廃人と化していた。
「クロ……今日の、ご飯……食べよ?」
シロがクロに話しかけるが、反応はない。
クロの目は虚で、呼吸をしているのか疑いたくなるほどに無機質だ。
シロがクロと最後に言葉を交わしたのは、同棲を始めてすぐだった。
『殺して欲しい』
シロとしては、もう生命維持装置がないとこれからクロが生きていくことは不可能だとわかっていた。
だからこそ、組織から生命維持装置を盗むか、どこから生命維持装置を入手するかを考えていた。
その矢先に、この発言。
シロには、耐えられなかった。
辰樹の死によって、クロは精神を摩耗し、壊れてしまった。
それほど衝撃的な出来事だったのだ。
当然、シロも少なからず精神的なダメージは負っていた。
それでも、クロが生きていてくれるなら、これから一緒に暮らせるなら、と、精神を保ってきたのだ。
だが、クロが死にたいと、そう言ってしまった時。
ギリギリまで保っていた、シロの精神も、壊れてしまった。
「美味しくないよね。気分転換に、どこか出かけよっか」
シロはそう言って、クロを車椅子に乗せて運ぶ。
ゆっくり、ゆっくりと、時間をかけながら2人が向かった先は、自殺の名所として知られている、高い高い崖。
「クロ、ここから落ちたら、また、辰樹にも会えるよね………皆仲良く………一緒に過ごせるよね……」
クロからの返事はない。
けれども、シロには、クロに肯定されたような気がした。
次の瞬間には、崖の上に人影は残っていなかった。
彼女らは、果たしてどこへ消えてしまったのだろうか。
地獄か、はたまた天国か。それとも、どこか遠い遠い場所なのか、どこへも行かなかったのか。
それは、誰にも分からない。